残念令嬢の恩返し~婚約者に浮気されている公子様、あなたにお味方いたします!~

伊簑木サイ

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【2】お礼をしにまいりました。

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 心臓のドンドコが鳴り止まない! 

 しばらく黙って歩いた。なにかもう、胸も頭もいっぱいで、何も話せない。……だって、気付いてみれば、隣を歩く人は見上げるような身長で、触れている腕は頼りがいがあって、家族ではない紳士にエスコートされるのは、シュリオス様が初めてで……。

「セリナ嬢」

 馬車の前で声を掛けられて、彼の腕に添えていた手を離した。

「エスコート、ありがとうございました。荷物も……」

 受け取ろうとしたのだけれど、籠は渡されずに手を取られて、腰にもそっと手をあてられ、押し上げられた。ステップを上るのを手伝ってくれる。

 流れるような動作ですね! さすがです! 紳士な振る舞いが板についていらっしゃる!

「そこ。気をつけてください」

 んうっ!? 囁き声に耳をくすぐられて、体がビクッとなった。ステップにつまづく。体が傾ぐ。転ぶうううう!
 と思ったのに、腰を引かれて、抱き留められた。

「大丈夫ですか?」
「だだだだ大丈夫です、ありがとうございます」

 抱きしめられたままステップを上っていく。

 なあああああ!? 頬がくっついている胸が広い! た、たくましくて、いい匂いいいい! 顔どころか、胸もお腹も腰も、あ、足まで、密着しているううう!?

 落ち着くのです、私! シュリオス様は、段の高さが違うところで声を掛けてくださっただけ! なのに、あまりにいいお声を受け止めきれなかった、自分の新米淑女ぶりに顔から火が出そう! これ以上、せっかくの気遣いを台無しにしては駄目! セリナ・レンフィールド、淑女の仮面を被るのですー!!

 そっと椅子に下ろしてくれた。前に膝をついて、急いたように眼鏡を外して、顔を覗き込んでくる。

「足は挫きませんでしたか? どこか痛いところはありませんか?」

 私はコクコクと頷いた。淑女の振る舞いをしなければと思うのに、それがどんなものだったか思い出せない。

 美しい緑の瞳が心配げに細められている。それ、私のためなのですよね……? ありがたいと申し訳ないと尊いがぐるんぐるんに混ざって、言葉が出ない……。

 頷いてみせただけでは、憂い顔を晴らしてもらえなかった。というより、口の利けない私の様子に、もっと心配そうになっている。

 大丈夫なんです、どこも痛くないんです、本当です、元気です! むしろ、憂い顔があまりに麗しくて、心臓がドッドッドッドッて、聞いたことないような音立てていて、息がしにくいだけで!
 どうにか早く心配ないことを伝えなければ!

 とっさに手を上げて、上げてからどこを掴もうかと考えて、手も目もうろうろとさまよわせた。
 肩? いえいえ、なんのつもり。二の腕? いいえ、勇気が出ない。胸? 無理ー! それは絶対無理ー!

「セリナ嬢?」

 シュリオス様がその手を取ってくださった。助かった! さすが紳士!
 ぎゅっと握り返して、大丈夫ですと心の中で叫びながら、安心していただけるようニコッとして見つめる。
 シュリオス様が目を見開き、動かなくなった。

 あれ!? 失敗した!? もしかして、私のお顔、引き攣っている!? 礼儀作法の先生が教えてくれたお顔になっていない!? ええええ? ええええ? ど、どうしよう……。

 永遠にも等しい時間が過ぎて、我に返ったように彼の視線がはずされる。
 いつもにこやかなシュリオス様が、気まずそう。いやああああー! 大失敗したああああーーー!!!

「あなたという人は」

 溜息のようにおっしゃると、シュリオス様の視線が戻ってきた。上目遣いだ。んん、ちょっと可愛いですね。
 握られた手が引かれていく。持ち上げられて、チュッと指の背に唇が落とされた。
 !?!?!?

 触れられたところから奔った何かが、心臓を射貫いた。バックンバックンと鼓動が暴れ、ぶわああと熱がせり上がってくる。どこもかしこも熱い。次々湧き上がる熱に、今にも破裂しそう。

 そんな私を見て、楽しそうにシュリオス様が笑んだ。ぱあっと光が放たれているかのような笑みに、息を呑むことすらできない。息を止めて見つめるしかできなくて、頭の中がガンガン鳴りはじめる。

 うあああー! ドンドコガンガン、ドンドコガンガンがやってきたー! どんどん大きくなっていくのが止められないー!
 ……だから。

「またぜひ遊びに来てください。楽しみにしています。祖母も、……私も」

 彼の顔が近付いてきて、頬に蝶が留まるようなキスをしていったときも、動けなくて。
 侍女が乗り込んできて、ぱたんと扉が閉まり、馬車が動きだしてしばらくしてから、ようやく呆然とキスされたところに手をやった。

 あれ? やはりここは、唇の上?

「にゃああああああーー!?」

「お嬢様!? いかがなさいましたか!?」

 ただのお別れのキスなのに、唇にされるかと思ってかたまってしまったとか、そんなわけないのに、体感的に三分の一は唇に引っ掛かっていた気がするとか、思わず奇声をあげてしまった理由を言えるわけもなく。
 ただただ自意識過剰な自分の恥ずかしさに悶えて、膝の間に突っ伏した。
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