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第二章 水の都 王都アティアナ
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髪を乾かす時間も惜しく、高い位置で束ねた、真っ黒く真っ直ぐなそれは、肩甲骨の辺りについてしまう。上着がいくらか濡れてしまうその状態で、この屋敷での私室になる部屋に案内された。
一階が食堂や浴室、台所、その他家事室等があり、一階の一部と三階部分が領民たちの部屋、二階に領主の私室と来賓室があった。
ソランの部屋は三間続きで、入ってすぐが居間、隣が寝室で、そこに小さな衣裳部屋が付属していた。領地の私室とよく似た感じに仕上げてあって、初めての場所なのに落ち着く。
ソランはソファに座り、マリーはその背にまわって、未だ諦めず髪を乾かそうとしていた。
「マリーの部屋は?」
「隣の建物の三階。右側の半分全部なんですって」
溜息を吐いている。振り返ろうとして止められ、仕方なく、窓から見える王都の景色を、横目で見た。
「ああ、あちらに住んでいる人たちもいるんだ」
「ええ。ここ何年かこちらの仕事が増えて、うちみたいに家族ごと来ている人たちも多いから」
「そうみたいだね。心配していたんだけど、みんな元気そうで少し安心した」
「ソランも弟たちに会ったでしょう? 相変わらずうるさいったらないわ。心配なんてぜんぜん必要ないわよ」
「うん」
それでも心配だった。領民たちは、祖父の部下として、様々な場所に潜り込んでいる。
さっきのラルフのように船頭をしていたり、他の領主や大商人の下だったり。もちろん王都だけでなく、必要とあらば国中のあらゆる場所に入り込み、情報を掴んでくる。
昔はそうやって金目の物を盗んできた。今は情報を国王に売る。金より命の方が大事だと言い聞かせてあるから、滅多なことはないが、過去に何人も死んだり怪我をしたりしていた。
「あとでマリーの部屋に行ってもいい?」
「え? ええと、そうね、いいわよ」
歯切れの悪い返事に、あまりよくなさそうだと察する。
「さっきも溜息吐いていたけど、どうしたの? そんなに酷い部屋だったの?」
「まさか! その逆。あんなに何部屋もまだいらないのに」
「何部屋もあるんだ。ああ、そうか、イアルと一緒だから」
途端にマリーの手が止まった。つついてはいけないポイントだったらしい。今夜しか共にいられない二人のために、マリーが意地になりそうな話題は、回避することにする。
「家具はもう入っているの?」
「うん。お母さんたちがだいたいそろえておいてくれたから。布類は結婚祝いでみんなが作ってくれたので間に合うし、あとは細々したものだけ」
「そっか。じゃあ、部屋がマリーの満足いくように調ったら、お茶に招待してくれる?」
「ええ、もちろん」
「ドライフルーツと胡桃の入ったケーキが食べたい」
「ごろごろするくらいいっぱい入れたのね」
「うん」
扉がノックされる。マリーが受け答えに出た。
「お針子が参りました。衣装合わせをお願いできますか?」
領外の者がいるために、さっきまでと違い、畏まった様子で尋ねてくる。それに頷いてみせた。すぐに五人もの女性が入ってくる。一人が年嵩の婦人で、他は皆若い。その年嵩の婦人が丁寧に挨拶をしてきた。
「お初にお目にかかります。ゲルダ衣装店のチェイニーでございます。以後お見知りおきくださいませ。本日は、頂いたサイズ表で仮縫いしてまいりましたものを、お確かめいただきたく参上しました」
「急がせることになってすまないが、よろしく頼む」
一般に旦那様奥様と呼ばれる身分の者は、目下の者に礼を言ったり頼んだりしてはならないという。使う者に甘く見られるからだ。
しかし、ソランはそれは違うのではないかと思う。そんなもので人を縛っても、追いこまれていくのは己ではないのか。祖父は所詮盗賊上がりだからな、と笑う。私たちは私たちのやり方で良かろうよ、と。
ソランは立ち上がり、祖父曰く『女たらしの笑顔』で微笑んでみせた。
一階が食堂や浴室、台所、その他家事室等があり、一階の一部と三階部分が領民たちの部屋、二階に領主の私室と来賓室があった。
ソランの部屋は三間続きで、入ってすぐが居間、隣が寝室で、そこに小さな衣裳部屋が付属していた。領地の私室とよく似た感じに仕上げてあって、初めての場所なのに落ち着く。
ソランはソファに座り、マリーはその背にまわって、未だ諦めず髪を乾かそうとしていた。
「マリーの部屋は?」
「隣の建物の三階。右側の半分全部なんですって」
溜息を吐いている。振り返ろうとして止められ、仕方なく、窓から見える王都の景色を、横目で見た。
「ああ、あちらに住んでいる人たちもいるんだ」
「ええ。ここ何年かこちらの仕事が増えて、うちみたいに家族ごと来ている人たちも多いから」
「そうみたいだね。心配していたんだけど、みんな元気そうで少し安心した」
「ソランも弟たちに会ったでしょう? 相変わらずうるさいったらないわ。心配なんてぜんぜん必要ないわよ」
「うん」
それでも心配だった。領民たちは、祖父の部下として、様々な場所に潜り込んでいる。
さっきのラルフのように船頭をしていたり、他の領主や大商人の下だったり。もちろん王都だけでなく、必要とあらば国中のあらゆる場所に入り込み、情報を掴んでくる。
昔はそうやって金目の物を盗んできた。今は情報を国王に売る。金より命の方が大事だと言い聞かせてあるから、滅多なことはないが、過去に何人も死んだり怪我をしたりしていた。
「あとでマリーの部屋に行ってもいい?」
「え? ええと、そうね、いいわよ」
歯切れの悪い返事に、あまりよくなさそうだと察する。
「さっきも溜息吐いていたけど、どうしたの? そんなに酷い部屋だったの?」
「まさか! その逆。あんなに何部屋もまだいらないのに」
「何部屋もあるんだ。ああ、そうか、イアルと一緒だから」
途端にマリーの手が止まった。つついてはいけないポイントだったらしい。今夜しか共にいられない二人のために、マリーが意地になりそうな話題は、回避することにする。
「家具はもう入っているの?」
「うん。お母さんたちがだいたいそろえておいてくれたから。布類は結婚祝いでみんなが作ってくれたので間に合うし、あとは細々したものだけ」
「そっか。じゃあ、部屋がマリーの満足いくように調ったら、お茶に招待してくれる?」
「ええ、もちろん」
「ドライフルーツと胡桃の入ったケーキが食べたい」
「ごろごろするくらいいっぱい入れたのね」
「うん」
扉がノックされる。マリーが受け答えに出た。
「お針子が参りました。衣装合わせをお願いできますか?」
領外の者がいるために、さっきまでと違い、畏まった様子で尋ねてくる。それに頷いてみせた。すぐに五人もの女性が入ってくる。一人が年嵩の婦人で、他は皆若い。その年嵩の婦人が丁寧に挨拶をしてきた。
「お初にお目にかかります。ゲルダ衣装店のチェイニーでございます。以後お見知りおきくださいませ。本日は、頂いたサイズ表で仮縫いしてまいりましたものを、お確かめいただきたく参上しました」
「急がせることになってすまないが、よろしく頼む」
一般に旦那様奥様と呼ばれる身分の者は、目下の者に礼を言ったり頼んだりしてはならないという。使う者に甘く見られるからだ。
しかし、ソランはそれは違うのではないかと思う。そんなもので人を縛っても、追いこまれていくのは己ではないのか。祖父は所詮盗賊上がりだからな、と笑う。私たちは私たちのやり方で良かろうよ、と。
ソランは立ち上がり、祖父曰く『女たらしの笑顔』で微笑んでみせた。
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