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第二章 水の都 王都アティアナ
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食堂の扉を前にして、ソランは少し緊張していた。三年ぶりに両親や弟と夕食を共にできるのは、もちろん嬉しい。しかし、本当に幼かった頃を除いて、ほとんど共に過ごしたことのない彼らとは、血の繋がりを意識すればするほど振舞い方がわからなくなる。
マリーが声をかけていいかと、まなざしで問うてきた。頷こうとして、扉の中で気配が近付いてくるのに気付く。反射的にマリーの手を引き、数歩下がった。
腰の剣に手がいきそうになる。散々仕掛けられた祖父の悪戯のせいで、必要のない場所でも、叩きこまれた動作が、一連となって出てしまう。恐らく初めての場所で、まだ心のどこかが警戒しているのもあるだろう。
扉が開き、父が顔を出した。ソランは自分の行動に舌打ちしそうになったのを抑えこみ、瞬時に笑顔をとり繕った。
「ソラン! 大きくなって」
力いっぱい抱きしめられる。父の髪が頬をくすぐった。
「お父様、お久しぶりです」
「どれ、顔をよく見せて」
抱きしめられたまま至近距離で覗きこまれ、ぎょっとする。昔はもう少し高低差があったような気がしたが、それがなくなったせいか、異様に近い。
「おや、もしかして私より背が高くなったのかな?」
父は手を離し、二歩下がった。嬉し気に上から下まで視線を走らせ、じっくり観察すると、嬉々として褒める。
「ああ。もうすっかり立派な貴公子だね」
祖父が相手なら、「黙れじじい」とでも言うところだが、父が相手だとそう言う気にもならず、ソランはなぜか他に言葉が見つからなくて、「ありがとうございます」と呟いた。
「ティエン、ソランを独り占めしないで」
「おお、ごめんよ、リリア」
長いドレスの裾さばきも流麗に、近寄ってきた母の頬に、父が許しを請うてキスをした。
母はすらりとした長身で、出るところは出、引き締まるべきところは引き締まった、美しい肢体をしている。ただ、容貌は精霊族の生まれ変わりとも言われた祖母によく似ているのに、妖艶ではない。一本芯の通った清冽さを感じさせ、それはむしろ、美しいドレスよりも、今も腰に帯びている剣と近しい感じを人に与えるのだった。
彼女は先の大乱の功で、聖騎士位を頂いた女傑であり、妊娠を機に軍籍は退いたが、未だ宮廷内での影響力を保っている。
父も、南部に広大な領地を持つ大領主であり、大神官位にある神殿の重鎮である。不惑を越しても爽やかな好青年風で、とてもそうは見えないのだが。しかもソランが困惑するほど、家族に甘い言動を惜しげもなく晒す彼は、彼女にとって得体の知れない人であった。愛情を疑ってはいないが、行動がさっぱり読めないのである。
母は父に微笑みかけると、やんわりと押し退け、ソランの二の腕を掴んだ。手首に向かって揉むようにしていく。そのまま手を取り、掌の剣だこを撫ぜた。
「きちんと鍛錬しているね。筋肉もバランスよく付いている。どれ、久しぶりに稽古をつけてあげようか」
「すまんがリリア、まずは食事にしないかね」
「ああ、そうだった」
祖父の言葉に、母は肩をすくめて笑った。
「ソランの成長ぶりが嬉しくて、つい」
ソランは最後に、弟に向かって手を伸ばした。
「ルティン、大きくなったね」
三つ年下の弟を抱き上げる。髪や目の色は柔らかい茶色で父と同じだが、面立ちは母方の祖母に生き写しだ。すべての色素が薄く、美少女と見まがいそうなほど可愛らしい。
「お姉様、お会いできて嬉しいです」
ちゅっと頬にキスされる。
「私も嬉しいよ」
ソランは王都に来て、初めて満面の笑顔で笑いかけた。お返しのキスをする。
それから弟の表情に、三年前には見られなかった大人びたものを感じて、彼の年齢を思い出す。領内の十三歳の男の子といえば、独立心が出てくる頃だ。
彼女は慌てて弟を下ろした。つい幼い子供にするような対応をしてしまった。
「すまない、もうこんなに大きいのに」
「いいえ。私のことを忘れずにいてくれたのだと良くわかって嬉しいです」
確かに、彼についての記憶は三年前のままだった。その記憶に基づき行動した。
ルティンがソランの手を掴み、引っ張る。
「空腹でしょう? 私ももう、ぺこぺこです。冷める前にいただきましょう」
言われて、ソランは気持ちが悪くなるほど空腹だったことを思い出したのだった。
マリーが声をかけていいかと、まなざしで問うてきた。頷こうとして、扉の中で気配が近付いてくるのに気付く。反射的にマリーの手を引き、数歩下がった。
腰の剣に手がいきそうになる。散々仕掛けられた祖父の悪戯のせいで、必要のない場所でも、叩きこまれた動作が、一連となって出てしまう。恐らく初めての場所で、まだ心のどこかが警戒しているのもあるだろう。
扉が開き、父が顔を出した。ソランは自分の行動に舌打ちしそうになったのを抑えこみ、瞬時に笑顔をとり繕った。
「ソラン! 大きくなって」
力いっぱい抱きしめられる。父の髪が頬をくすぐった。
「お父様、お久しぶりです」
「どれ、顔をよく見せて」
抱きしめられたまま至近距離で覗きこまれ、ぎょっとする。昔はもう少し高低差があったような気がしたが、それがなくなったせいか、異様に近い。
「おや、もしかして私より背が高くなったのかな?」
父は手を離し、二歩下がった。嬉し気に上から下まで視線を走らせ、じっくり観察すると、嬉々として褒める。
「ああ。もうすっかり立派な貴公子だね」
祖父が相手なら、「黙れじじい」とでも言うところだが、父が相手だとそう言う気にもならず、ソランはなぜか他に言葉が見つからなくて、「ありがとうございます」と呟いた。
「ティエン、ソランを独り占めしないで」
「おお、ごめんよ、リリア」
長いドレスの裾さばきも流麗に、近寄ってきた母の頬に、父が許しを請うてキスをした。
母はすらりとした長身で、出るところは出、引き締まるべきところは引き締まった、美しい肢体をしている。ただ、容貌は精霊族の生まれ変わりとも言われた祖母によく似ているのに、妖艶ではない。一本芯の通った清冽さを感じさせ、それはむしろ、美しいドレスよりも、今も腰に帯びている剣と近しい感じを人に与えるのだった。
彼女は先の大乱の功で、聖騎士位を頂いた女傑であり、妊娠を機に軍籍は退いたが、未だ宮廷内での影響力を保っている。
父も、南部に広大な領地を持つ大領主であり、大神官位にある神殿の重鎮である。不惑を越しても爽やかな好青年風で、とてもそうは見えないのだが。しかもソランが困惑するほど、家族に甘い言動を惜しげもなく晒す彼は、彼女にとって得体の知れない人であった。愛情を疑ってはいないが、行動がさっぱり読めないのである。
母は父に微笑みかけると、やんわりと押し退け、ソランの二の腕を掴んだ。手首に向かって揉むようにしていく。そのまま手を取り、掌の剣だこを撫ぜた。
「きちんと鍛錬しているね。筋肉もバランスよく付いている。どれ、久しぶりに稽古をつけてあげようか」
「すまんがリリア、まずは食事にしないかね」
「ああ、そうだった」
祖父の言葉に、母は肩をすくめて笑った。
「ソランの成長ぶりが嬉しくて、つい」
ソランは最後に、弟に向かって手を伸ばした。
「ルティン、大きくなったね」
三つ年下の弟を抱き上げる。髪や目の色は柔らかい茶色で父と同じだが、面立ちは母方の祖母に生き写しだ。すべての色素が薄く、美少女と見まがいそうなほど可愛らしい。
「お姉様、お会いできて嬉しいです」
ちゅっと頬にキスされる。
「私も嬉しいよ」
ソランは王都に来て、初めて満面の笑顔で笑いかけた。お返しのキスをする。
それから弟の表情に、三年前には見られなかった大人びたものを感じて、彼の年齢を思い出す。領内の十三歳の男の子といえば、独立心が出てくる頃だ。
彼女は慌てて弟を下ろした。つい幼い子供にするような対応をしてしまった。
「すまない、もうこんなに大きいのに」
「いいえ。私のことを忘れずにいてくれたのだと良くわかって嬉しいです」
確かに、彼についての記憶は三年前のままだった。その記憶に基づき行動した。
ルティンがソランの手を掴み、引っ張る。
「空腹でしょう? 私ももう、ぺこぺこです。冷める前にいただきましょう」
言われて、ソランは気持ちが悪くなるほど空腹だったことを思い出したのだった。
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