30 / 272
第三章 大河サラン視察
3-4
しおりを挟む
話が終わって一息ついた頃、イドリックたちが到着した。別働隊の者たちは、襲撃者を送り届け、用意してあった温かい食事をかきこむように腹に収めると、すぐに任務に戻っていった。
暖炉前の一等地に怪我人を運びこみ、ソランとイアルが傍についた。痛み止めを煎じ、あらためて飲ませる。
それ以外の襲撃者たちは、武器を取り上げられ、お互いを縄で繋がれ、土間に一塊にして置かれた。
イドリックもまた、彼らと共に土間に跪き、手を地に着いて、頭を深く下げた。
「我が部族の者が、かような不始末を起こし、誠に申し訳ございません。殿下のお命を狙うなどあってはならないこと。いかような処罰を下されようと従います。ただ、これは我が部族の本意にございません。これらの者どもと、私の不徳の致すところです。どうか、領地におります他の者たちは、ご寛恕いただけますようお願い申し上げます」
「おまえの企んだことか」
「まさかっ」
悲鳴のように答え、頭を上げようとして止まり、再び下げた。
「滅相もございません。我が命、我が部族、すべて殿下に救っていただいたものでございます。そのご恩を忘れたことは一時たりともございません」
「ならば顔を上げよ」
そう言われれば顔を上げるしかない。しかし、イドリックは体は伏せたままだった。きつく歯を喰いしばっている。
「おまえを疑ってはおらぬ。おまえの部族もだ。おまえたちは私によく仕えてくれている。おまえたちまで処罰しようとは思わぬ。ただ、それらは別だ。厳正に裁かれることとなろう」
「は。ご高配ありがとうございます」
殿下は表情を消し、礼を言う彼をじっと見つめた。誰もが黙ったまま、見て見ぬふりをするしかない。
「それ以上そこにおれば、叛意ありと見なす。おまえはこちらへ来い」
「は。ですが」
「先ほどの言葉は嘘か。疚しくなければ、我が配下として胸を張っていよ」
「……はい」
また深く頭を下げて、しばらく動かなかった。いや、動けなかったのだろう。やがて意を決したように板間に上がってきた。
「ディー、確かおまえはエランサ語ができたな」
「はい」
エランサ語は、陸橋を渡った先に広がる西大陸の共通語だ。あちらは小王国が乱立し、乱れて荒れていると噂されている。
「戻ったら、取調べはおまえに任せる。手引きした者の詮索はもちろんだが、近年あちらの情報は手に入れにくい。最大限聞き出せ。また、こ奴らの使い道があるようなら、その可能性も考慮に入れよ。……ソラン」
突然声をかけられ、内心驚きながら背筋を伸ばし、返事をする。
「死なれては詮議もできん。診察せよ」
「はい」
立ち上がろうとしたら、ディーに袖を引かれた。暖炉にもう一つ鍋がかかっていて、その中身を見せられる。どろどろの粥だ。これをやれということらしい。
ソランは土間に下り、彼らへと近づいた。どんよりとした目で見上げられる。手を伸ばし触れても、反応らしい反応を示さない。彼らは酷く痩せていて、寒さと疲労と飢えで、顔は土気色をしていた。あれだけ動けたのが不思議なほどだった。土間は冷える。このまま置いておけば、朝には骸になっているかもしれない。
「殿下、彼らには食べ物と暖かい寝床が必要です。与えても良いでしょうか」
「おまえに任せる。ディー、都合してやれ」
ソランは彼らを安心させるために微笑んでみせた。彼らがやっと瞬きをした。一人を引っ張って起こせば、繋がれているために五人全員が立つことになる。そのまま誘って、思い切って、怪我人の横、つまり暖炉の近くに彼らを連れてきた。暖炉を挟んで、ちょうど一行の反対側になる。
罪人を殿下の傍近くに上げるなんてと、文句を言われたらどうしようかと心配したが、誰もが先ほどと同じで、見て見ぬふりを決めこんでいる。そんなくだらない難癖を付ける者は、殿下の配下にはいないのだった。
イアルに手伝ってもらって、手の戒めを、食べるのに足りるくらいゆるめてやった。それから椀に粥をよそってや
って渡す。
ディーが彼らに、食べろと伝えた。彼らはイドリックに目を向けた。イドリックはただ彼らを見つめていた。頷いてやることができないのだ。ディーが穏やかにもう一度話しかけると、彼らは椀に視線を落とし、おもむろに口をつけた。
崖の上にいた一人は、こちらと行き来ができないために、そのままイオストラ砦に連れて行かれたと聞いている。ソランは、彼が酷い扱いを受けていなければいいが、と気になった。
食べるのを見守っている間に、小屋に備え付けられた少し黴臭い毛布が持ってこられた。食事の後にそれを渡し、包まらせる。ソランも自分のマントの代わりに、背なから羽織った。
そうして静かにしているうちに、体力の限界だったのだろう。五人とも気を失うように眠ってしまった。あるいは、食事に睡眠薬が混ぜられていたのかもしれない。
ほっと一息ついたところで、イアルに椀を手の中に押しつけられた。見れば、殿下をはじめ一行の者たちが、やっと食事にありつくところだった。粗末なごった煮だが、空きっ腹に染みる。
ディーの料理は、どうなっているのか、こういった場合に使われる材料と同じ物しか使っていないのに、たいへん旨いのだ。
早々に食事を切り上げ、怪我人に注意を戻せば、熱が上がってきたのか息が荒くなってきている。
ソランは医療鞄を開けて、熱冷ましを取り出した。長い夜になりそうだと思った。
暖炉前の一等地に怪我人を運びこみ、ソランとイアルが傍についた。痛み止めを煎じ、あらためて飲ませる。
それ以外の襲撃者たちは、武器を取り上げられ、お互いを縄で繋がれ、土間に一塊にして置かれた。
イドリックもまた、彼らと共に土間に跪き、手を地に着いて、頭を深く下げた。
「我が部族の者が、かような不始末を起こし、誠に申し訳ございません。殿下のお命を狙うなどあってはならないこと。いかような処罰を下されようと従います。ただ、これは我が部族の本意にございません。これらの者どもと、私の不徳の致すところです。どうか、領地におります他の者たちは、ご寛恕いただけますようお願い申し上げます」
「おまえの企んだことか」
「まさかっ」
悲鳴のように答え、頭を上げようとして止まり、再び下げた。
「滅相もございません。我が命、我が部族、すべて殿下に救っていただいたものでございます。そのご恩を忘れたことは一時たりともございません」
「ならば顔を上げよ」
そう言われれば顔を上げるしかない。しかし、イドリックは体は伏せたままだった。きつく歯を喰いしばっている。
「おまえを疑ってはおらぬ。おまえの部族もだ。おまえたちは私によく仕えてくれている。おまえたちまで処罰しようとは思わぬ。ただ、それらは別だ。厳正に裁かれることとなろう」
「は。ご高配ありがとうございます」
殿下は表情を消し、礼を言う彼をじっと見つめた。誰もが黙ったまま、見て見ぬふりをするしかない。
「それ以上そこにおれば、叛意ありと見なす。おまえはこちらへ来い」
「は。ですが」
「先ほどの言葉は嘘か。疚しくなければ、我が配下として胸を張っていよ」
「……はい」
また深く頭を下げて、しばらく動かなかった。いや、動けなかったのだろう。やがて意を決したように板間に上がってきた。
「ディー、確かおまえはエランサ語ができたな」
「はい」
エランサ語は、陸橋を渡った先に広がる西大陸の共通語だ。あちらは小王国が乱立し、乱れて荒れていると噂されている。
「戻ったら、取調べはおまえに任せる。手引きした者の詮索はもちろんだが、近年あちらの情報は手に入れにくい。最大限聞き出せ。また、こ奴らの使い道があるようなら、その可能性も考慮に入れよ。……ソラン」
突然声をかけられ、内心驚きながら背筋を伸ばし、返事をする。
「死なれては詮議もできん。診察せよ」
「はい」
立ち上がろうとしたら、ディーに袖を引かれた。暖炉にもう一つ鍋がかかっていて、その中身を見せられる。どろどろの粥だ。これをやれということらしい。
ソランは土間に下り、彼らへと近づいた。どんよりとした目で見上げられる。手を伸ばし触れても、反応らしい反応を示さない。彼らは酷く痩せていて、寒さと疲労と飢えで、顔は土気色をしていた。あれだけ動けたのが不思議なほどだった。土間は冷える。このまま置いておけば、朝には骸になっているかもしれない。
「殿下、彼らには食べ物と暖かい寝床が必要です。与えても良いでしょうか」
「おまえに任せる。ディー、都合してやれ」
ソランは彼らを安心させるために微笑んでみせた。彼らがやっと瞬きをした。一人を引っ張って起こせば、繋がれているために五人全員が立つことになる。そのまま誘って、思い切って、怪我人の横、つまり暖炉の近くに彼らを連れてきた。暖炉を挟んで、ちょうど一行の反対側になる。
罪人を殿下の傍近くに上げるなんてと、文句を言われたらどうしようかと心配したが、誰もが先ほどと同じで、見て見ぬふりを決めこんでいる。そんなくだらない難癖を付ける者は、殿下の配下にはいないのだった。
イアルに手伝ってもらって、手の戒めを、食べるのに足りるくらいゆるめてやった。それから椀に粥をよそってや
って渡す。
ディーが彼らに、食べろと伝えた。彼らはイドリックに目を向けた。イドリックはただ彼らを見つめていた。頷いてやることができないのだ。ディーが穏やかにもう一度話しかけると、彼らは椀に視線を落とし、おもむろに口をつけた。
崖の上にいた一人は、こちらと行き来ができないために、そのままイオストラ砦に連れて行かれたと聞いている。ソランは、彼が酷い扱いを受けていなければいいが、と気になった。
食べるのを見守っている間に、小屋に備え付けられた少し黴臭い毛布が持ってこられた。食事の後にそれを渡し、包まらせる。ソランも自分のマントの代わりに、背なから羽織った。
そうして静かにしているうちに、体力の限界だったのだろう。五人とも気を失うように眠ってしまった。あるいは、食事に睡眠薬が混ぜられていたのかもしれない。
ほっと一息ついたところで、イアルに椀を手の中に押しつけられた。見れば、殿下をはじめ一行の者たちが、やっと食事にありつくところだった。粗末なごった煮だが、空きっ腹に染みる。
ディーの料理は、どうなっているのか、こういった場合に使われる材料と同じ物しか使っていないのに、たいへん旨いのだ。
早々に食事を切り上げ、怪我人に注意を戻せば、熱が上がってきたのか息が荒くなってきている。
ソランは医療鞄を開けて、熱冷ましを取り出した。長い夜になりそうだと思った。
0
あなたにおすすめの小説
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる