暁にもう一度

伊簑木サイ

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第三章 大河サラン視察

3-4

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 話が終わって一息ついた頃、イドリックたちが到着した。別働隊の者たちは、襲撃者を送り届け、用意してあった温かい食事をかきこむように腹に収めると、すぐに任務に戻っていった。

 暖炉前の一等地に怪我人を運びこみ、ソランとイアルが傍についた。痛み止めを煎じ、あらためて飲ませる。
 それ以外の襲撃者たちは、武器を取り上げられ、お互いを縄で繋がれ、土間に一塊にして置かれた。 
 イドリックもまた、彼らと共に土間に跪き、手を地に着いて、頭を深く下げた。

「我が部族の者が、かような不始末を起こし、誠に申し訳ございません。殿下のお命を狙うなどあってはならないこと。いかような処罰を下されようと従います。ただ、これは我が部族の本意にございません。これらの者どもと、私の不徳の致すところです。どうか、領地におります他の者たちは、ご寛恕いただけますようお願い申し上げます」
「おまえの企んだことか」
「まさかっ」

 悲鳴のように答え、頭を上げようとして止まり、再び下げた。

「滅相もございません。我が命、我が部族、すべて殿下に救っていただいたものでございます。そのご恩を忘れたことは一時ひとときたりともございません」
「ならば顔を上げよ」

 そう言われれば顔を上げるしかない。しかし、イドリックは体は伏せたままだった。きつく歯を喰いしばっている。

「おまえを疑ってはおらぬ。おまえの部族もだ。おまえたちは私によく仕えてくれている。おまえたちまで処罰しようとは思わぬ。ただ、それらは別だ。厳正に裁かれることとなろう」
「は。ご高配ありがとうございます」

 殿下は表情を消し、礼を言う彼をじっと見つめた。誰もが黙ったまま、見て見ぬふりをするしかない。

「それ以上そこにおれば、叛意ありと見なす。おまえはこちらへ来い」
「は。ですが」
「先ほどの言葉は嘘か。疚しくなければ、我が配下として胸を張っていよ」
「……はい」

 また深く頭を下げて、しばらく動かなかった。いや、動けなかったのだろう。やがて意を決したように板間に上がってきた。

「ディー、確かおまえはエランサ語ができたな」
「はい」

 エランサ語は、陸橋を渡った先に広がる西大陸の共通語だ。あちらは小王国が乱立し、乱れて荒れていると噂されている。

「戻ったら、取調べはおまえに任せる。手引きした者の詮索はもちろんだが、近年あちらの情報は手に入れにくい。最大限聞き出せ。また、こ奴らの使い道があるようなら、その可能性も考慮に入れよ。……ソラン」

 突然声をかけられ、内心驚きながら背筋を伸ばし、返事をする。

「死なれては詮議もできん。診察せよ」
「はい」

 立ち上がろうとしたら、ディーに袖を引かれた。暖炉にもう一つ鍋がかかっていて、その中身を見せられる。どろどろの粥だ。これをやれということらしい。

 ソランは土間に下り、彼らへと近づいた。どんよりとした目で見上げられる。手を伸ばし触れても、反応らしい反応を示さない。彼らは酷く痩せていて、寒さと疲労と飢えで、顔は土気色をしていた。あれだけ動けたのが不思議なほどだった。土間は冷える。このまま置いておけば、朝には骸になっているかもしれない。

「殿下、彼らには食べ物と暖かい寝床が必要です。与えても良いでしょうか」
「おまえに任せる。ディー、都合してやれ」

 ソランは彼らを安心させるために微笑んでみせた。彼らがやっと瞬きをした。一人を引っ張って起こせば、繋がれているために五人全員が立つことになる。そのまま誘って、思い切って、怪我人の横、つまり暖炉の近くに彼らを連れてきた。暖炉を挟んで、ちょうど一行の反対側になる。
 罪人を殿下の傍近くに上げるなんてと、文句を言われたらどうしようかと心配したが、誰もが先ほどと同じで、見て見ぬふりを決めこんでいる。そんなくだらない難癖を付ける者は、殿下の配下にはいないのだった。

 イアルに手伝ってもらって、手の戒めを、食べるのに足りるくらいゆるめてやった。それから椀に粥をよそってや
って渡す。
 ディーが彼らに、食べろと伝えた。彼らはイドリックに目を向けた。イドリックはただ彼らを見つめていた。頷いてやることができないのだ。ディーが穏やかにもう一度話しかけると、彼らは椀に視線を落とし、おもむろに口をつけた。

 崖の上にいた一人は、こちらと行き来ができないために、そのままイオストラ砦に連れて行かれたと聞いている。ソランは、彼が酷い扱いを受けていなければいいが、と気になった。

 食べるのを見守っている間に、小屋に備え付けられた少し黴臭い毛布が持ってこられた。食事の後にそれを渡し、くるまらせる。ソランも自分のマントの代わりに、背なから羽織った。
 そうして静かにしているうちに、体力の限界だったのだろう。五人とも気を失うように眠ってしまった。あるいは、食事に睡眠薬が混ぜられていたのかもしれない。

 ほっと一息ついたところで、イアルに椀を手の中に押しつけられた。見れば、殿下をはじめ一行の者たちが、やっと食事にありつくところだった。粗末なごった煮だが、空きっ腹に染みる。
 ディーの料理は、どうなっているのか、こういった場合に使われる材料と同じ物しか使っていないのに、たいへん旨いのだ。

 早々に食事を切り上げ、怪我人に注意を戻せば、熱が上がってきたのか息が荒くなってきている。
 ソランは医療鞄を開けて、熱冷ましを取り出した。長い夜になりそうだと思った。
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