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第三章 大河サラン視察
閑話 殿下の愉快な仲間たち
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イオストラ砦の一室で、護衛達が暖炉の前にあつまり、酒を嘗めていた。
「あれ、どう見ても、殿下、口説いてない?」
キースがこそこそと囁く。
「だな」
ベイルが頷いた。
「で、どうなんだよ」
鋭い目つきでディーを見る。
「おまえ、怖いって」
やだなあ、もう、と手を上げて視線を遮った。ベイルの目つきが悪いのは生まれつきで、睨んでいるわけでも疑っているわけでも怒っているわけでもなかった。本人は内心傷つきつつ、ディーの手を叩き落した。
「口説いているかって? だと思うけど、だとしても無意識。だと思う?」
「その疑問系やめろ。どっちだか全然わかんねえ」
「だって、人の無意識下なんて、わかんないでしょ。しかもあの殿下だよ」
みんなでいっせいに黙り込む。
きりりと引き締められた口元、二十歳前なのに、そろそろ皺になって刻み込まれてしまうんじゃないかと思われる眉間。ディーで遊ぶ以外は、必要事項以外ほとんど口にしない。
男にすらそうなのに、女が相手となると、そりゃまずいでしょうというくらい邪険だ。「私に触るな」と声低く脅す有様である。まあ、甘い顔をしていると、媚薬を盛られていつのまにやら御子が生まれてたりしそうだから、無理もないのだが。
ただし、軍部内では異常に人気があった。そこにいるだけで有無を言わせぬ何かがあって、ついていきますアニキ! と妙な感じに惚れこまれているのだ。時々、本人も異様なものを感じているのか、面には出さなくても引き気味な時があるのが微笑ましい。
その殿下が、である。
笑うのである。しかも、寛いでいる。その様子を見て、初めて皆知った。
いつでも殿下は張り詰めておられたのだ、と。
あの新入りはまるで子犬のように殿下に懐き、闇を知らない笑顔を見せる。殿下がほだされるのもわからなくはなかった。
「で、どうなんだ」
ベイルはもう一度ディーに聞いた。
「何が」
「しらばっくれるな。抱きついて調べたんじゃないのか?」
「何を?」
にやにやとあくまでシラをきる。
「女かどうか、確かめたんじゃないのかーっ!?」
ベイルはディーの頭をつかんでぐらぐら揺すった。
「おまえの怖い顔を近づけんな」
どんっと押しやる。で、こほん、と咳払いし、おもむろに、
「わからなかった」
「だって、胸に顔押し付けてたじゃん」
とキース。
「うん。でも、わからなかった」
皆でまた黙り込む。
「あの、それって、服のせいでしょうか?」
厚い生地の服を着込んでいるから。ケインがそっと口を挿んだ。
「いや、女性として残念なだけな気が……」
迂闊なことを言ったキースに、皆の批難の視線が突き刺さった。
「じゃあ、やっぱり、男性なのでは?」
と、また控えめにケイン。
「我が君は男性が好みだったのか」
絶賛苦悩中で話を聞いていないだろうと思われたイドリックが呟いた。
皆、なんともいえない顔をしてお互いの顔を見合った。
「まあ、いいや。俺は殿下の嗜好からは外れているみたいだし」
しばらくしたあとに、一抜けた、という感じにディーが晴れやかに言い放った。
それもそうだ、と頷きあう。
「あの、ソラン殿に聞いてみればいいだけでは?」
「なんて?」
キースが意地悪くにっこり笑ってケインに聞いた。
「実は女性なんじゃありませんかって? 男だったらどうすんの。同僚だよ。毎日顔合わせるんだよ。気まずいじゃん。それとも男性ですかって聞くの? そりゃもう、男として失礼の限りを尽くしていると思うよ?」
「では、イアル殿に」
「どうぞ本人に聞いてくださいって、言われた」
またもやイドリックが呟いた。どうやら苦悩に疲れたらしい。片足をこっちの話に突っ込みはじめた。
良い兆候だ。どうにもならないことでくだくだ悩んでいてもしかたがない。頭の中がそれでいっぱいになってしまうというのなら、それを押し退ける馬鹿話に加わらせるしかないではないか。
ということで、この奥の右の部屋では殿下が、左の部屋では昨夜は徹夜したであろうソランとイアルが寝ているというのに、護衛の控え室の暖炉の前に集まって、順番に仮眠をとることもせず、どうでもいい話をしていたわけである。この場合、どうでもよければどうでもよいほど良い。
「それ、いつ聞いたの? さすがイドリック、勇者だねえ」
と、キースが褒め称えた。
「いや、妻の話になって」
イドリックが恐妻家なのは有名な話だ。部族全体がどうやらそうらしい。
「ああ、妻自慢ね。って、あいつ妻帯者!?」
キースが叫ぶ。全員びっくりである。
「年下のくせに生意気な! でも尻に敷かれているんだ。うらやましくなんかないや!」
「静かにしろ! それで?」
やかましく負け惜しみを垂れ流すキーツの口を塞ぎ、べイルがうながした。
「ソラン殿に傷でもついたら、彼の妻に殺されるらしい。うちも、殿下に傷でもついたら、妻に確実に殺られるし。それで、やっぱり男性ですよね、と聞いたら、もちろんですよ、本人に聞いてみてください、と冷たい笑みで言われた。あれで女だったら、男として立つ瀬がないでしょうって」
それは言えてる。昨日、殿下をお守りしたのは、あのヒヨっ子だった。
沈黙が落ちた。各自今回のことは思うことがたくさんあった。
「でも、ソラン殿は次期領主ですよね?」
ケインが聞いた。
「それが?」
ディーが聞き返す。
「いえ、きっと跡継ぎが必要だから、女性と結婚するんだろうなあ、と」
「なるほど。殿下は茨の道だ」
ディーが一人だけクスッと笑う。
「おまえはいいのか? 愛の告白をしていただろう」
べイルがからかった。
「俺は美しいものに弱いだけだから。もう愛の奴隷だし」
皆が笑う。
「叶おうと叶うまいと、恋とは良いものだよ。醜くて美しい。清らかで残酷だ」
ディーは歌うように言った。
「そんな恋をしたことがあるのか?」
べイルが次の話へと賽を振る。
「もちろんだとも。俺のホラ話をききたい?」
「ホラかよ!」
男達の間に、爆笑がわきおこったのだった。
イオストラ砦で真夜中にかわされた、殿下の愉快な仲間たちのお話。
「あれ、どう見ても、殿下、口説いてない?」
キースがこそこそと囁く。
「だな」
ベイルが頷いた。
「で、どうなんだよ」
鋭い目つきでディーを見る。
「おまえ、怖いって」
やだなあ、もう、と手を上げて視線を遮った。ベイルの目つきが悪いのは生まれつきで、睨んでいるわけでも疑っているわけでも怒っているわけでもなかった。本人は内心傷つきつつ、ディーの手を叩き落した。
「口説いているかって? だと思うけど、だとしても無意識。だと思う?」
「その疑問系やめろ。どっちだか全然わかんねえ」
「だって、人の無意識下なんて、わかんないでしょ。しかもあの殿下だよ」
みんなでいっせいに黙り込む。
きりりと引き締められた口元、二十歳前なのに、そろそろ皺になって刻み込まれてしまうんじゃないかと思われる眉間。ディーで遊ぶ以外は、必要事項以外ほとんど口にしない。
男にすらそうなのに、女が相手となると、そりゃまずいでしょうというくらい邪険だ。「私に触るな」と声低く脅す有様である。まあ、甘い顔をしていると、媚薬を盛られていつのまにやら御子が生まれてたりしそうだから、無理もないのだが。
ただし、軍部内では異常に人気があった。そこにいるだけで有無を言わせぬ何かがあって、ついていきますアニキ! と妙な感じに惚れこまれているのだ。時々、本人も異様なものを感じているのか、面には出さなくても引き気味な時があるのが微笑ましい。
その殿下が、である。
笑うのである。しかも、寛いでいる。その様子を見て、初めて皆知った。
いつでも殿下は張り詰めておられたのだ、と。
あの新入りはまるで子犬のように殿下に懐き、闇を知らない笑顔を見せる。殿下がほだされるのもわからなくはなかった。
「で、どうなんだ」
ベイルはもう一度ディーに聞いた。
「何が」
「しらばっくれるな。抱きついて調べたんじゃないのか?」
「何を?」
にやにやとあくまでシラをきる。
「女かどうか、確かめたんじゃないのかーっ!?」
ベイルはディーの頭をつかんでぐらぐら揺すった。
「おまえの怖い顔を近づけんな」
どんっと押しやる。で、こほん、と咳払いし、おもむろに、
「わからなかった」
「だって、胸に顔押し付けてたじゃん」
とキース。
「うん。でも、わからなかった」
皆でまた黙り込む。
「あの、それって、服のせいでしょうか?」
厚い生地の服を着込んでいるから。ケインがそっと口を挿んだ。
「いや、女性として残念なだけな気が……」
迂闊なことを言ったキースに、皆の批難の視線が突き刺さった。
「じゃあ、やっぱり、男性なのでは?」
と、また控えめにケイン。
「我が君は男性が好みだったのか」
絶賛苦悩中で話を聞いていないだろうと思われたイドリックが呟いた。
皆、なんともいえない顔をしてお互いの顔を見合った。
「まあ、いいや。俺は殿下の嗜好からは外れているみたいだし」
しばらくしたあとに、一抜けた、という感じにディーが晴れやかに言い放った。
それもそうだ、と頷きあう。
「あの、ソラン殿に聞いてみればいいだけでは?」
「なんて?」
キースが意地悪くにっこり笑ってケインに聞いた。
「実は女性なんじゃありませんかって? 男だったらどうすんの。同僚だよ。毎日顔合わせるんだよ。気まずいじゃん。それとも男性ですかって聞くの? そりゃもう、男として失礼の限りを尽くしていると思うよ?」
「では、イアル殿に」
「どうぞ本人に聞いてくださいって、言われた」
またもやイドリックが呟いた。どうやら苦悩に疲れたらしい。片足をこっちの話に突っ込みはじめた。
良い兆候だ。どうにもならないことでくだくだ悩んでいてもしかたがない。頭の中がそれでいっぱいになってしまうというのなら、それを押し退ける馬鹿話に加わらせるしかないではないか。
ということで、この奥の右の部屋では殿下が、左の部屋では昨夜は徹夜したであろうソランとイアルが寝ているというのに、護衛の控え室の暖炉の前に集まって、順番に仮眠をとることもせず、どうでもいい話をしていたわけである。この場合、どうでもよければどうでもよいほど良い。
「それ、いつ聞いたの? さすがイドリック、勇者だねえ」
と、キースが褒め称えた。
「いや、妻の話になって」
イドリックが恐妻家なのは有名な話だ。部族全体がどうやらそうらしい。
「ああ、妻自慢ね。って、あいつ妻帯者!?」
キースが叫ぶ。全員びっくりである。
「年下のくせに生意気な! でも尻に敷かれているんだ。うらやましくなんかないや!」
「静かにしろ! それで?」
やかましく負け惜しみを垂れ流すキーツの口を塞ぎ、べイルがうながした。
「ソラン殿に傷でもついたら、彼の妻に殺されるらしい。うちも、殿下に傷でもついたら、妻に確実に殺られるし。それで、やっぱり男性ですよね、と聞いたら、もちろんですよ、本人に聞いてみてください、と冷たい笑みで言われた。あれで女だったら、男として立つ瀬がないでしょうって」
それは言えてる。昨日、殿下をお守りしたのは、あのヒヨっ子だった。
沈黙が落ちた。各自今回のことは思うことがたくさんあった。
「でも、ソラン殿は次期領主ですよね?」
ケインが聞いた。
「それが?」
ディーが聞き返す。
「いえ、きっと跡継ぎが必要だから、女性と結婚するんだろうなあ、と」
「なるほど。殿下は茨の道だ」
ディーが一人だけクスッと笑う。
「おまえはいいのか? 愛の告白をしていただろう」
べイルがからかった。
「俺は美しいものに弱いだけだから。もう愛の奴隷だし」
皆が笑う。
「叶おうと叶うまいと、恋とは良いものだよ。醜くて美しい。清らかで残酷だ」
ディーは歌うように言った。
「そんな恋をしたことがあるのか?」
べイルが次の話へと賽を振る。
「もちろんだとも。俺のホラ話をききたい?」
「ホラかよ!」
男達の間に、爆笑がわきおこったのだった。
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