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第四章 王宮の主たち
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「兄上、アティスです」
ノックの音とともに、アティス殿下の声がした。思いがけない人の訪いに、ソランは扉を注視した。
「少し待っておくれ」
エルファリア殿下は扉に向かって声をあげた。それから小声で、椅子に腰掛けられるよう手伝って欲しいと、ソランに頼んだ。彼女は失礼しますと声をかけ、脇の下に体を入れると、腰を支えて持ちあげた。
彼は椅子に落ち着くと、今度はソランに顔を拭うように勧めた。そういえば泣いたような記憶がある。すっかり忘れていたソランは、顔を真っ赤にして掌で拭った。エルファリア殿下がクスリと笑った。
「どうぞ」
改めてアティス殿下を呼び入れた。
ソランは椅子から立ち上がり、アティス殿下に向かって礼をした。頷き返される。殿下が兄王子に頭を下げた。
「兄上、助かりました。ありがとうございました」
「いいや、もう一人の剣の主に興味があったからね。私も楽しい一時が過ごせたよ。ぜひまた来ていただけるかな、ソラン殿」
それに黙礼を返す。
「ところで、まだミルフェは頑張っているのかい?」
「ええ」
「では、兄弟が揃ったわけだ。おまえは滅多に顔を出してくれないからね」
「申し訳ありません」
ほんの少し罪悪感を覗かせて、アティス殿下が謝罪した。
「わかっているよ、忙しいのは。どうだい、少しお茶に付き合ってくれないか?」
「はい、喜んで」
「では、手を貸しておくれ。私も久しぶりに居間に行くとしよう」
ソランは微笑ましい兄弟のやり取りを驚きを持って眺めていた。生まれたときから人を従えていそうな殿下が、兄君の前では弟そのものだった。
殿下が兄君を支え起こしたのを見て、ソランは膝掛けを取ってから急ぎ扉に向かい、先に開け放した。癖のように室内の安全確認をする。女性二人がソファに腰掛けているだけだった。ただ、廊下の外の気配が増えている。
「殿下、護衛は廊下に?」
「ああ、イアルもいる」
それならば問題はない。ソランは道をあけた。
エルファリア殿下が現れると、ミアーハがすぐに立ちあがった。ソファにクッションを集め、座る場所を整える。
「お茶の用意をしてもらえるかい、ミアーハ」
「かしこまりました」
ソランの渡した膝掛けで足を包み、覆う手つきも、姿勢が保ちやすいように背中にクッションを入れる仕草も、お互いに微笑みかわす様子も、愛情に満ちていて、少々目のやり場に困る。
視線をうろつかせていると、殿下と目が合い、なんとなく同じ気分であることが知れた。一人ミルフェ姫だけが、仲がよろしくて羨ましいです、と羨望のまなざしである。
アティス殿下に、そこに座れ、と指を差された場所に、ソランは腰を下ろした。エルファリア殿下の向かいのソファにあたるが、姫からは一番遠い席だ。隣にさえぎるように殿下が座ってくれ、ほっと胸をなでおろす。そこではっと我に返った。
「いえ、私も警備を」
「今更なんだ」
立ちあがりかけたソランを、殿下が押さえつけた。
「ですが、私はとても同席できるような立場ではなく」
「今のおまえは陛下の客人だろう。何も不都合はない」
「そうだよ。ミアーハがあなたの分もお茶を用意するはずだから、おとなしくそこにいなさい」
「でしたら、私がお庭を案内して差し上げます」
ミルフェ姫がそわそわとして、ソランに微笑みかけてきた。
「許可できん」
「今日はダメだよ、ミルフェ」
兄二人に同時に止められて、姫は可愛らしくふくれた。そして八つ当たりをする。
「アティスお兄様、女性にその言い方はどうかと思います。そんなきつい言い方では、傷つきますわ」
「おまえは妹だろう」
「妹だって女性です!」
「まあ、確かに弟ではないな」
ニヤリとする。姫は煽られて、さらに怒った。
「だいたい、お兄様、女性に断りを入れるのにも言いようってものがありますのよ。『黙れ』とか『触るな』とか命令口調で凄むのは、おやめになってください」
「あれは女性じゃなくて、狐か狼が化けた何かだろう」
「まあっ、私のお友達を侮辱するなんて!」
姫は立ちあがって、握り拳を振った。対する殿下は、うるさそうに己の耳を封じた。
「ひどいですわ! お兄様の、ばかっ」
これはまさしく兄弟喧嘩である。アティス殿下の兄弟喧嘩。珍しいそれを、ソランは目を丸くして見ていた。
「ミルフェ、お座り。お客様の前だよ。アティスも言いすぎだと思うよ」
姫は座ったが、お互いにそっぽを向いている。やがて、アティス殿下が低い声で言った。
「悪かった。言い過ぎた」
「いいです。私も言い過ぎました」
エルファリア殿下がそれを見て微笑んだ。いかにもお兄様、という感じである。感心しきりのソランと目が合うと、さらに笑みを深めた。
「……ただ、頼む。頭の中に花畑を持っているような女性はけしかけてくれるな」
「はなばたけ?」
姫が首を傾げた。
「星が二人を祝福しているとか、二人の運命を告げる風の囁きが聞こえるとか、私にはさっぱり理解できない言葉で話す者たちだ」
「お兄様」
姫が可哀想なものを見るような目をした。
「少し詩のお勉強でもなさいませんと、女性に相手にされませんわよ」
「あれらは女性とは違う生き物だ」
「もう、お兄様ったら! お兄様が早く婚約してくれないと、私は行き遅れてしまいます!」
「私に遠慮することはない」
「遠慮とかそういう問題でないことは、お兄様だってわかっていらっしゃるでしょう?」
「私は」
何かを言おうとした殿下の言葉を、エルファリア殿下はさえぎった。
「今日はそこまでにしておこう。ミアーハがお茶を用意してくれたからね」
有無を言わせぬ態度で場を収め、不満顔の兄弟たちを黙らせたのだった。
ノックの音とともに、アティス殿下の声がした。思いがけない人の訪いに、ソランは扉を注視した。
「少し待っておくれ」
エルファリア殿下は扉に向かって声をあげた。それから小声で、椅子に腰掛けられるよう手伝って欲しいと、ソランに頼んだ。彼女は失礼しますと声をかけ、脇の下に体を入れると、腰を支えて持ちあげた。
彼は椅子に落ち着くと、今度はソランに顔を拭うように勧めた。そういえば泣いたような記憶がある。すっかり忘れていたソランは、顔を真っ赤にして掌で拭った。エルファリア殿下がクスリと笑った。
「どうぞ」
改めてアティス殿下を呼び入れた。
ソランは椅子から立ち上がり、アティス殿下に向かって礼をした。頷き返される。殿下が兄王子に頭を下げた。
「兄上、助かりました。ありがとうございました」
「いいや、もう一人の剣の主に興味があったからね。私も楽しい一時が過ごせたよ。ぜひまた来ていただけるかな、ソラン殿」
それに黙礼を返す。
「ところで、まだミルフェは頑張っているのかい?」
「ええ」
「では、兄弟が揃ったわけだ。おまえは滅多に顔を出してくれないからね」
「申し訳ありません」
ほんの少し罪悪感を覗かせて、アティス殿下が謝罪した。
「わかっているよ、忙しいのは。どうだい、少しお茶に付き合ってくれないか?」
「はい、喜んで」
「では、手を貸しておくれ。私も久しぶりに居間に行くとしよう」
ソランは微笑ましい兄弟のやり取りを驚きを持って眺めていた。生まれたときから人を従えていそうな殿下が、兄君の前では弟そのものだった。
殿下が兄君を支え起こしたのを見て、ソランは膝掛けを取ってから急ぎ扉に向かい、先に開け放した。癖のように室内の安全確認をする。女性二人がソファに腰掛けているだけだった。ただ、廊下の外の気配が増えている。
「殿下、護衛は廊下に?」
「ああ、イアルもいる」
それならば問題はない。ソランは道をあけた。
エルファリア殿下が現れると、ミアーハがすぐに立ちあがった。ソファにクッションを集め、座る場所を整える。
「お茶の用意をしてもらえるかい、ミアーハ」
「かしこまりました」
ソランの渡した膝掛けで足を包み、覆う手つきも、姿勢が保ちやすいように背中にクッションを入れる仕草も、お互いに微笑みかわす様子も、愛情に満ちていて、少々目のやり場に困る。
視線をうろつかせていると、殿下と目が合い、なんとなく同じ気分であることが知れた。一人ミルフェ姫だけが、仲がよろしくて羨ましいです、と羨望のまなざしである。
アティス殿下に、そこに座れ、と指を差された場所に、ソランは腰を下ろした。エルファリア殿下の向かいのソファにあたるが、姫からは一番遠い席だ。隣にさえぎるように殿下が座ってくれ、ほっと胸をなでおろす。そこではっと我に返った。
「いえ、私も警備を」
「今更なんだ」
立ちあがりかけたソランを、殿下が押さえつけた。
「ですが、私はとても同席できるような立場ではなく」
「今のおまえは陛下の客人だろう。何も不都合はない」
「そうだよ。ミアーハがあなたの分もお茶を用意するはずだから、おとなしくそこにいなさい」
「でしたら、私がお庭を案内して差し上げます」
ミルフェ姫がそわそわとして、ソランに微笑みかけてきた。
「許可できん」
「今日はダメだよ、ミルフェ」
兄二人に同時に止められて、姫は可愛らしくふくれた。そして八つ当たりをする。
「アティスお兄様、女性にその言い方はどうかと思います。そんなきつい言い方では、傷つきますわ」
「おまえは妹だろう」
「妹だって女性です!」
「まあ、確かに弟ではないな」
ニヤリとする。姫は煽られて、さらに怒った。
「だいたい、お兄様、女性に断りを入れるのにも言いようってものがありますのよ。『黙れ』とか『触るな』とか命令口調で凄むのは、おやめになってください」
「あれは女性じゃなくて、狐か狼が化けた何かだろう」
「まあっ、私のお友達を侮辱するなんて!」
姫は立ちあがって、握り拳を振った。対する殿下は、うるさそうに己の耳を封じた。
「ひどいですわ! お兄様の、ばかっ」
これはまさしく兄弟喧嘩である。アティス殿下の兄弟喧嘩。珍しいそれを、ソランは目を丸くして見ていた。
「ミルフェ、お座り。お客様の前だよ。アティスも言いすぎだと思うよ」
姫は座ったが、お互いにそっぽを向いている。やがて、アティス殿下が低い声で言った。
「悪かった。言い過ぎた」
「いいです。私も言い過ぎました」
エルファリア殿下がそれを見て微笑んだ。いかにもお兄様、という感じである。感心しきりのソランと目が合うと、さらに笑みを深めた。
「……ただ、頼む。頭の中に花畑を持っているような女性はけしかけてくれるな」
「はなばたけ?」
姫が首を傾げた。
「星が二人を祝福しているとか、二人の運命を告げる風の囁きが聞こえるとか、私にはさっぱり理解できない言葉で話す者たちだ」
「お兄様」
姫が可哀想なものを見るような目をした。
「少し詩のお勉強でもなさいませんと、女性に相手にされませんわよ」
「あれらは女性とは違う生き物だ」
「もう、お兄様ったら! お兄様が早く婚約してくれないと、私は行き遅れてしまいます!」
「私に遠慮することはない」
「遠慮とかそういう問題でないことは、お兄様だってわかっていらっしゃるでしょう?」
「私は」
何かを言おうとした殿下の言葉を、エルファリア殿下はさえぎった。
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