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第四章 王宮の主たち
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ソランはアティス殿下と一緒に、エルファリア殿下の御前を辞した。四時を大幅にまわってしまっており、あたりは薄暗かった。
庭園は所々に篝火が焚かれ、幻想的な雰囲気だった。散策を楽しむためなら、うっとりするような光景だったが、警護となれば、視界の悪さに緊張する。
「それほど警戒する必要はない。ここは王宮でも最も奥まった警備の厳しいところだ。兄上が常時おられるからな」
殿下はゆったりと歩きながら言った。
「おまえは、兄上の症状をどう見た?」
「カルテも見ておりませんし、正式に診察したわけでもございませんので、なんとも言えません」
「そうか。そうだな」
殿下は溜息らしきものを吐いた。
「信頼できる侍医がいらっしゃるのでしょう?」
「ああ」
この人があれほど慕っている兄のために、手を尽くさないわけがない。もちろん、恐らく両陛下も。そうであっても、弱っていく家族を看るのは辛いものだ。気休めを言ってあげたかったが、時にそれすら心を刺す。ソランは別の言葉を選んだ。
「芯のお強いお方ですね」
あれほど弱った体を持ちながら、穏やかでいる。それはどれほどの忍耐が必要であることか。
「素晴らしい方なのだ」
殿下は噛み締めるように言った。
「きっとそれは、殿下がいらっしゃるからです」
「私が?」
殿下は半歩後ろを歩くソランを振り返った。
「はい。殿下の将来を楽しみにしておられました」
殿下が夢を叶え、呪いが解けることを。兄としても、不死人としても。それを糧に己を保っているのだろう。先に望みがなければ、苦難に耐えることはできない。
「あの方は」
殿下は険しい表情になって吐き捨てるように言うと、まっすぐ前を向いた。
「ご自分の幸せを考えられれば良いものを!」
「それがあの方の幸せでいらっしゃるのでしょう」
「知ったようなことをっ」
再び振り返り、鋭く睨みつけてきた。足が止まる。
「知っております。お聞きしましたから」
「おまえも私に王太子になれと言うのか」
「いいえ。殿下がお望みになられないことを、お勧めする気はございません」
「遠まわしに仕向けようというのか。なお悪いわ」
「それも本意ではございません。ただ、納得される道を選んでほしいだけでございます」
「小賢しいことを」
殿下は顔をそむけ、足早に歩きはじめた。
不興を買ってしまった。ソランは座りこみたい衝動に駆られた。地面にめり込んでしまいたい。
いたたまれない重い沈黙の中を、殿下の背を見ながら歩くしかなかった。
館に着くと、殿下は人払いして、一人で執務室に入っていった。食事はそちらで取るという。ソランはますます気が重くなった。
護衛たちに一礼して、イアルと立ち去ろうとすると、彼らに引き止められた。
「おう、ちっちゃいのに気合い入ってんなあ。あの殿下をあそこまで怒らせるんだから、たいしたものだ」
ひときわ大きい熊のような護衛に頭を撫でられ――わし掴みにされ揺すられ――、ぐらぐらとしてきちんと立っていられなかった。ちっちゃいと言っても、彼らに比べればで、ソランは成人男性の平均身長を越えている。
「まあ、俺たちにそこまでの勇気はないけどな」
と別の護衛にも、背中を叩かれながら笑われる。たいした力を入れたわけではないのだろうが、かなりの衝撃で、ソランは思わず咳きこんだ。
「……勇気なんかじゃありません」
情けない顔になるのを自覚しながら、抗議する。胃のあたりがぐるぐるするし、それでどうにかなるなら、泣いてしまいたいくらいなのだ。
どっと護衛達が笑った。また別の護衛が、拳で脇腹を小突いてきた。
「若いっていいよな、無謀ができるもんな。若さの特権だ」
「無謀……」
ソランは、とうとう顔が引きつって俯いてしまった。
「気にするな。誰かが言わなきゃならなかったんだから。ソラン殿の言ったことは間違っちゃいないと思う。皆そう思っているんだ」
四人目の護衛が穏やかに語って、励ますようにソランの二の腕を叩いた。
「まあ、あれだけ気に掛けていらっしゃるあんたのことだ、これっきり遠ざけることもあるまい」
「はあ。そうでしょうか」
ソランの様子に、男たちが笑った。未だソランの頭を掴んでいた護衛が、顔を近付け、声をひそめて、笑いを噛み殺しつつ話しだす。
「そうでなきゃ、将軍経由でミアーハ嬢に連絡とって、エルファリア殿下にお願い事なんかしないだろうよ。国王陛下にこのままあんたを返してもらえなかったら困ると、あんたと陛下の会談の後、エルファリア殿下との会談を入れるように、手を打ったんだ。手間隙かけて奔走してるってのに、下りてきてみれば、あんたは求婚者といちゃいちゃしているし、あのときの殿下の顔ったらなかったぜ」
「別にいちゃいちゃは」
「それ以上は、もてない男の僻みで俺たちがあんたを苛めたくなるから、言うな」
ギリギリギリと頭を握りつぶされそうな勢いで力を込められたので、ソランはとりあえず了解の意で頷いてみせた。
「それから機嫌の悪いこと悪いこと。理不尽に怒る方ではないけど、なあんか、おっかなかったよな」
皆、うんうんと頷く。
「だから、あんま、気にするな」
「はい。ありがとうございます」
ソランは小さく笑った。
「まあ、気まずいだろうが、夜の診察にはちゃんと行けよ。一度サボると、次はもっと気まずいからな」
先ほど二の腕を叩いた護衛が、もう一度同じ場所を叩いて言った。
「はい。そうします」
ソランは一つ深呼吸した。それから笑顔を作り、頭を下げる。
「ありがとうございました。頑張ります」
「おう、その意気、その意気」
ソランはよってたかってもみくちゃにされたのだった。
庭園は所々に篝火が焚かれ、幻想的な雰囲気だった。散策を楽しむためなら、うっとりするような光景だったが、警護となれば、視界の悪さに緊張する。
「それほど警戒する必要はない。ここは王宮でも最も奥まった警備の厳しいところだ。兄上が常時おられるからな」
殿下はゆったりと歩きながら言った。
「おまえは、兄上の症状をどう見た?」
「カルテも見ておりませんし、正式に診察したわけでもございませんので、なんとも言えません」
「そうか。そうだな」
殿下は溜息らしきものを吐いた。
「信頼できる侍医がいらっしゃるのでしょう?」
「ああ」
この人があれほど慕っている兄のために、手を尽くさないわけがない。もちろん、恐らく両陛下も。そうであっても、弱っていく家族を看るのは辛いものだ。気休めを言ってあげたかったが、時にそれすら心を刺す。ソランは別の言葉を選んだ。
「芯のお強いお方ですね」
あれほど弱った体を持ちながら、穏やかでいる。それはどれほどの忍耐が必要であることか。
「素晴らしい方なのだ」
殿下は噛み締めるように言った。
「きっとそれは、殿下がいらっしゃるからです」
「私が?」
殿下は半歩後ろを歩くソランを振り返った。
「はい。殿下の将来を楽しみにしておられました」
殿下が夢を叶え、呪いが解けることを。兄としても、不死人としても。それを糧に己を保っているのだろう。先に望みがなければ、苦難に耐えることはできない。
「あの方は」
殿下は険しい表情になって吐き捨てるように言うと、まっすぐ前を向いた。
「ご自分の幸せを考えられれば良いものを!」
「それがあの方の幸せでいらっしゃるのでしょう」
「知ったようなことをっ」
再び振り返り、鋭く睨みつけてきた。足が止まる。
「知っております。お聞きしましたから」
「おまえも私に王太子になれと言うのか」
「いいえ。殿下がお望みになられないことを、お勧めする気はございません」
「遠まわしに仕向けようというのか。なお悪いわ」
「それも本意ではございません。ただ、納得される道を選んでほしいだけでございます」
「小賢しいことを」
殿下は顔をそむけ、足早に歩きはじめた。
不興を買ってしまった。ソランは座りこみたい衝動に駆られた。地面にめり込んでしまいたい。
いたたまれない重い沈黙の中を、殿下の背を見ながら歩くしかなかった。
館に着くと、殿下は人払いして、一人で執務室に入っていった。食事はそちらで取るという。ソランはますます気が重くなった。
護衛たちに一礼して、イアルと立ち去ろうとすると、彼らに引き止められた。
「おう、ちっちゃいのに気合い入ってんなあ。あの殿下をあそこまで怒らせるんだから、たいしたものだ」
ひときわ大きい熊のような護衛に頭を撫でられ――わし掴みにされ揺すられ――、ぐらぐらとしてきちんと立っていられなかった。ちっちゃいと言っても、彼らに比べればで、ソランは成人男性の平均身長を越えている。
「まあ、俺たちにそこまでの勇気はないけどな」
と別の護衛にも、背中を叩かれながら笑われる。たいした力を入れたわけではないのだろうが、かなりの衝撃で、ソランは思わず咳きこんだ。
「……勇気なんかじゃありません」
情けない顔になるのを自覚しながら、抗議する。胃のあたりがぐるぐるするし、それでどうにかなるなら、泣いてしまいたいくらいなのだ。
どっと護衛達が笑った。また別の護衛が、拳で脇腹を小突いてきた。
「若いっていいよな、無謀ができるもんな。若さの特権だ」
「無謀……」
ソランは、とうとう顔が引きつって俯いてしまった。
「気にするな。誰かが言わなきゃならなかったんだから。ソラン殿の言ったことは間違っちゃいないと思う。皆そう思っているんだ」
四人目の護衛が穏やかに語って、励ますようにソランの二の腕を叩いた。
「まあ、あれだけ気に掛けていらっしゃるあんたのことだ、これっきり遠ざけることもあるまい」
「はあ。そうでしょうか」
ソランの様子に、男たちが笑った。未だソランの頭を掴んでいた護衛が、顔を近付け、声をひそめて、笑いを噛み殺しつつ話しだす。
「そうでなきゃ、将軍経由でミアーハ嬢に連絡とって、エルファリア殿下にお願い事なんかしないだろうよ。国王陛下にこのままあんたを返してもらえなかったら困ると、あんたと陛下の会談の後、エルファリア殿下との会談を入れるように、手を打ったんだ。手間隙かけて奔走してるってのに、下りてきてみれば、あんたは求婚者といちゃいちゃしているし、あのときの殿下の顔ったらなかったぜ」
「別にいちゃいちゃは」
「それ以上は、もてない男の僻みで俺たちがあんたを苛めたくなるから、言うな」
ギリギリギリと頭を握りつぶされそうな勢いで力を込められたので、ソランはとりあえず了解の意で頷いてみせた。
「それから機嫌の悪いこと悪いこと。理不尽に怒る方ではないけど、なあんか、おっかなかったよな」
皆、うんうんと頷く。
「だから、あんま、気にするな」
「はい。ありがとうございます」
ソランは小さく笑った。
「まあ、気まずいだろうが、夜の診察にはちゃんと行けよ。一度サボると、次はもっと気まずいからな」
先ほど二の腕を叩いた護衛が、もう一度同じ場所を叩いて言った。
「はい。そうします」
ソランは一つ深呼吸した。それから笑顔を作り、頭を下げる。
「ありがとうございました。頑張ります」
「おう、その意気、その意気」
ソランはよってたかってもみくちゃにされたのだった。
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