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第五章 平穏は、ほど遠く
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しおりを挟む殿下は、ミアーハや将軍と立ち話をはじめた。他の者たちが退出していく中、ソランはイアルと壁際に退き、待機する。
「ファレノ殿」
通りがかったトレドが、声をかけてきた。
「あなたは、その大剣の他にはどんな武器が扱えるんだ?」
「え? ええと、得手不得手はありますが、一通りは」
「一通り? 教えてくれ、他に何が得意だ?」
イアルが半歩前に出て、二人の間をさえぎる。
「このウイシュタリアで、次期領主として必要な武芸全般です」
教える気はないと示す。手の内は、なるべくさらすべきではない。今の時勢では、いつ何時、今日の味方が明日の敵になるかわからない。
トレドはイアルの横槍に気を悪くした風もなく、決まり悪げに頭を掻いて、謝罪を口にした。
「いや、失礼した。これほどの若さで、あれだけの剣の腕を持ち、また医術も修めていると聞いてな。幼くともそこまでできるものなのかと感嘆したのだ」
「幼い?」
ソランは己を表す言葉として、とうの昔に聞かれなくなった表現を、何の間違いかと鸚鵡返しに聞き返した。
「うん。からかっているのではなくて、本当にすごいと思っているのだ。私だって二十だ。若い方だ。でも、あなたはまだ髭さえ生え揃ってないではないか。声変わりは途中という感じか?」
トレドは少しからかい気味に、ソランの顎に指を伸ばしてくすぐった。
ソランは愕然として固まった。
――私は幼く見えているのか。そうか。そうかもしれない。髭が生え揃わないといえば、どんなにいっても十四、……十五はきつい。ということは、それ以下の年齢と思われているということだ。
導き出された年齢に眩暈がした。視察中に殿下が、子供が子供がと連呼するはずである。
「ソラン!」
突然、殿下に呼ばれてびっくりして、反射的に、はい、と答えた。来い、と命じられ、ランバートもだ、と性急に言われる。
「では、失礼します」
挨拶をして駆け出そうとしたソランの腕を、待ってくれ、と掴まれた。
「非番の日を教えてほしい。私が合わせるから、遊びに行こう。王都に来たばかりだろ? 案内する。もちろんランバート殿も」
「えーと、ありがとうございます」
非番の日など決まっていないし、今のところ、気ままに外に出られるかも不明だ。それでも、心遣いに感謝する。
「ソラン!」
殿下の呼び声が鋭くなった。
「すみません、決まったら連絡します」
ソランは待たせている人へと、大急ぎで駆け寄った。
「遅い」
「申し訳ありません」
ひどく苛立たしげな殿下に叱られて頭を下げると、将軍は笑った。ソランの祖父と同じくらいか少し若いだろう。がっしりとした体つきで、温和な感じだ。目元がミアーハと似ている。薄茶の髪に白髪が混じっていた。
「ソラン・ファレノか。さすが親族だ。イリス殿の面影があるな」
祖母の名前を出し、懐かしそうに目を細める。
「先の大乱の折、彼女のおかげでどのくらいの者が救われたか。君は彼女に師事したのだろう?」
「はい」
「そうか。殿下は無茶ばかりなさるから、よくお守り申し上げてくれ」
「承知いたしました」
「イアル・ランバート。私は君のことも高く評価している。ディーともども、この子達のお守りを頼むぞ」
「はい。承知いたしました」
殿下が不服そうに鼻を鳴らした。『お守り』発言が気に入らないのだろう。だが、将軍に面と向かっては何も言わない。将軍も可愛い孫を見るような目で、殿下を見ている。二人の間には何かあたたかいものがあった。少なくとも王妃と話していた時よりは、よほど親しげである。
「さて、方々、途中まではねっかえりの我が娘を送っていってもらえるかな」
「お父様に、はねっかえりの娘などいませんわ」
ミアーハは澄まして切り返した。
「おお、そうかね? 先ほど私の部下たちを震え上がらせていたのは、どこのどなたかな?」
「あら、お父様の部下でいらっしゃったの? 私はまた、痴漢かと思いました」
「もうそこまでにしてやっておくれ。男とは魅力的な娘には弱いものなのだよ」
「二度目はございませんよ?」
「同じ失敗をする者は長生きできん。大丈夫だろうよ」
バッサリと切り捨てるようなやりとりをしているのに、二人は穏やかに笑いあっていた。
――うわぁ……。ソランは内心で後退った。
ミアーハはとても魅力的な女性である。凛とした美しさがある。エルファリア殿下に対する心遣いを見れば、細やかで愛情豊かな人だともわかる。それに、ソランには優しくしてくれるし、好きだ。でも、絶対に敵にまわしてはいけない人である。そう心に刻みこんだのだった。
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