暁にもう一度

伊簑木サイ

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第六章 変化(へんげ)

3-3

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 応接セットへ場所を変える途中、護衛たちの前を通った。猫が動く物を目で追うように見ていたキーツに、声をかけられる。

「ねえ、ねえ、その胸どうなってんの? 何入ってんの?」
「え? えーと、そういう形の下着みたいなのです」
「へえ。腕を上げてみてくれる?」

 キーツがやってみせるので、同じようにソランが両腕を上げると、

「おお。自然だね。詰め物には見えないよ! だから小さめなのか。ちょっと控え目だよね。俺はもう少しあった方が」

 ひゅん、と空気が鳴った。ぱしいん、とキーツの掌が小気味よい音をたてて何かを受け止める。

「それ以上うちのお嬢様を愚弄する者は、容赦しませんよ」
「あはは。危ないなあ、侍女殿。大事な物なんじゃないの、これ?」

 金属で花の形を象ったブローチを、振ってみせる。

「ええ。祖母の形見です」

 マリーは壁際で控えていたのを、部屋を突っ切ってキーツの前に立ち、右手を突き出した。キーツは上に放り投げては受け止め、渡すそぶりを見せない。

「ねえ、容赦しないって、どんな風に?」
「知りたいのですか?」
「うん。興味あるな」

 その言葉が終わるか終わらないか。ソランが静止する言葉は間に合わなかった。
 マリーは体が崩れ落ちるようにキーツの胸元に飛び込み、剣の柄を右手で上から押さえつけ、右足で彼の足を踏んで動きを封じて、左手の袖口から滑り出させた柄のない大きな針状のもので、彼の顎を捉えていた。

「マリー、控えなさい!」

 ソランは二人の間に割って入ろうとした。

「ああ、大丈夫、大丈夫。気にしないで」

 キーツは笑ってソランを追い払うように手を振った。

「ごめんね、侍女殿。俺が侮っていた。これはお返しするよ」

 握っていたブローチを差し出す。マリーは左手でそれを受け取った。数歩下がる。

「お嬢様に謝罪を」
「マリー、私は気にしていないから。キーツ殿は知っているんだし」
「いいや、申し訳なかった。ソラ……イリス殿」

 片膝をつき、正式に謝罪する。

「どうかお許しください」
「キーツ殿、やめてください」
「いいえ。皆様に忠告しておきます。お嬢様を淑女として扱わない者は、お嬢様を危険にさらしているものとみなします。その場合、実力行使も辞しません。これほどの女性を前にした時、いつも御自分がどうふるまうか、よくお考えくださいませ」
「マリー、言葉が過ぎます。皆様、申し訳ございません」

 ソランはマリーを己の背後に引き戻し、頭を下げた。

「その者の言うことは正しかろう」

 殿下はソランに歩み寄った。

「良い侍女を持っているな。……イリス」

 上を向けた掌が差し出される。ソランは何事かと、その手と殿下の顔を何往復か見比べた。

「許可を取り下げるぞ」

 ニヤリとして言う。

「淑女とやらは、どうするんだ?」
「あ。は、はい!」

 ソランは慌てて、猫が猫じゃらしを叩くように、殿下の手の上に掌を重ねた。殿下が、くっと笑う。

「色気がないのはいっこうにかまわんが、せめて我等の尊崇を集めるに足る淑やかさは欲しいものだな。
やり直し」

 手が一旦引き下げられ、また差し出される。今度はそこに、慎重にのせなおした。
 背筋はいつでも伸ばしたままで。顎は心持ち上げ加減。指をそろえて、鳥の羽のように。

「よし、上出来だ」

 ソランはそのまま手を取られ、ソファへと導かれた。
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