暁にもう一度

伊簑木サイ

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第六章 変化(へんげ)

4-1

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 ふっと目が覚めると、そこは明るい部屋だった。ソランは起き上がって、見覚えのない部屋を見まわした。
 壁には王都に来てからもあまり見たことのない、ガラス窓が嵌められている。

 昔は水晶で作ったものだが、材料の採れなくなった今は、ガラスである。水晶でもガラスでも大きな板を作るのは難しいので、絵柄を作りながら破片を金属で繋ぎ合わせ、一枚の大きな板とする。
 ガラスとなってからは、簡単に鮮やかな色を付けることが出来るようになったので、華やかな窓が作られるようになった。

 そうは言っても大変に高価なもので、王宮ですらそう多くは使われていない。それが小ぶりとはいえ、壁を飾るタペストリーのように、等間隔にいくつも並んで嵌められていた。
 青緑色の小鳥が葡萄を食んでいたり、枝上で羽を休めたりしている。可愛らしく美しいものだ。

 そして、体の下のベッドは巨大だった。普段使っている物の五倍ほどありそうだった。シーツの肌触りも滑らかで、掛布団など触ったこともないほどふわふわしていた。

 とりあえずここから出なければと思ったソランは、ベッドから這い出ようとして、己の姿に目を疑った。
 体になぜか女物の下着を纏っていた。あわてて掛け布団を引寄せ、体に巻きつける。無理矢理作られた胸の谷間に、自分のものなのにドギマギした。
 王妃が言っていたのは本当だった。胸は作れるものであったのだ。マリーの豊かな胸は自前であるのを知っているが、そうでなくとも、集めて寄せて上げて詰め物をして、それらしく見せるための便利な下着が存在していた。

 もう一度恐る恐る見ると、きつく絞められるはずの紐は、ゆるめられていた。
 ソランは忙しく考えを巡らせた。寝惚けてはいても、覚えはあった。確かに女装して、殿下にお許しをいただいた。皆に大笑いされた記憶もあった。理由は思い出せなかったが。
 ――それで。それでどうしたのだったか。

 殿下と腕を組んで歩いた記憶がある。腕を組んだというより、ぶら下がっていたという方が正しいかもしれない。しまいには腰を支えてもらって、朦朧とした意識で石畳を見ていた記憶もある。だが、どう首を捻っても、そこから先が思い出せなかった。
 ――いったい、ここはどこなんだ。

 ソランは無意識に片手を伸ばしてベッドの上を探っていた。いつもなら、愛剣がその辺にあるはずだった。自分が無防備すぎて、危機感に苛まれた。とにかく剣が欲しかった。
 と、扉がコンコンと控え目に叩かれた。聞こえれば良し、聞こえなくても構わないという程度の音。ソランは思わず肩の上まで布団をずり上げ、扉を注視した。

「目が覚めたのね。よかった。ずっと目を覚まさないから心配していたの」

 マリーがほっとした顔をして入ってきた。ベッドの縁に腰掛ける。

「ここはどこ?」
「殿下の御館の四階の奥のお部屋」

 ということは、殿下の私室のまだ奥にあった部屋ということになる。この様子では、特別な客室なのではないかと思われた。

「部屋を替えてもらわないと」
「女性用の部屋がここしかないそうよ」
「女性用?」

 ソランは額に手をやった。確かに今は女性の格好をしている。

「でも、だからといってこんな特別扱いはいらない。私は殿下にお仕えするためにここにいるのだから」
「女性用の入浴施設がここにしかないんですって。護衛業務のある人は、入浴が定められているんでしょ? その格好じゃ、男性と同じ施設を使うわけにいかないでしょう。他の女性と一緒の施設は、もっと使えないしね。一応男性が女装していることになっているわけだから」

 入浴は、高貴な方々の傍近くに侍ることもあるために、身嗜みを整える目的もあるが、それ以上に、影で護衛する場合、体臭で相手に気づかれないようにするためでもある。
 ややこしさに、ソランは天井を見上げて溜息を吐いた。

「隣の小部屋がお風呂なの。後はお湯を運んでくるだけにしてあるから、ちょっと待っててくれる?散々馬を飛ばしてきたから、埃っぽいでしょ。殿下にお会いする前に入りましょう」

 そう言ってマリーはベッドから降りた。

「私はどのくらい寝ていたの?」
「丸一日。もう、お昼も過ぎているのよ。喉が渇いたでしょう。お水をどうぞ」

 ベッドサイドの水差しから、コップに水を注いでくれる。それを飲むと、少し頭の中がはっきりとしてきた。

「ここはトイレも別なのよ。もうすぐ月の物もあるでしょう。助かるわね。あ、今、案内しておくわ。こっちよ」

 と手招きされるが、格好が格好なので、ソランは躊躇った。

「エメット婦人以外、他の人は入って来ないわ。他は全員男性だもんね。そのままで大丈夫よ」

 布団を引っ張られ、剥がされる。

「もっとも、殿下は別だけどね。さあ、さあ、起きて。元気な顔を見せて差し上げないと。殿下ったら心配なさって、医者を呼ぶって聞かなくて。私が様子を見てくるからって、さっきようやくなだめたところなの。早く行かないと、乗り込んで来かねないから」

 それを聞いて、一気に目が覚める。こんなところで寝ている場合ではない。
 ソランは広いベッドの上を這って、裸足のまま毛足の長い絨毯に降り立った。
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