69 / 272
第六章 変化(へんげ)
4-5
しおりを挟む
ディーはまず、先日死んだ者たちの名を挙げた。どちらとも言葉を交わしたことはなかったが、顔は見知っていた。
それから怪我をした者の名前、当時薬で眠らされた者の名前、駆けつけた者の順番。
そして、薬を盛った者の名前。
「ケイン殿が?」
ソランは驚きに目を見開いた。まさか、という思いが体中を駆け巡る。
「間違いないよ。宿屋の主人も、薬で眠らされた者たちも、それに本人も認めた」
「隠す気もなかったと? どういうことですか。はじめから死ぬ気であったとでも?」
「さあ。薬を渡した人物についてはペラペラ喋ってくれたけど、動機についてはさっぱり」
「薬は睡眠薬だったのですよね?」
確かあの時、殿下から、他の者は眠らされていると聞いた。
「そう。あの日、ケイン殿は差し入れに飲み物を持ってきた。プレブールだったそうだ」
軽い酒だ。ほとんど水と同じに飲まれる。
「たとえ軽くても、普通は任務中に酒は飲まないもんだけどね。王女が引きあげられた直後で、王妃からの労いの酒だと言ったそうだよ。それに、あれしきで酔う者は、そもそも酒に口をつけないしね。上におられる殿下には、自分で持っていくと言ったそうだけど、殿下の所には現れなかった。途中の部屋に酒ビンが置かれているのも見つかった。そこには確かに睡眠薬が入っていた」
そうして眠りについた者は見逃され、殿下と、同じ室内にいた四人の護衛だけが狙われた。
「侵入者たちは、殿下方が起きていらしたのに驚いた様子だったそうだけどね」
「では、騙されたという線は薄いのですね」
自分の手の中にあったはずの薬を、殿下には届けなかったのだから。それは躊躇ったということだ。最後の最後で。
「何か弱みを握られているのでは」
「うん。たとえそうであっても、彼の罪を減ずることはできない。何も知らないでやったとしても重罪なのに、彼はわかっていてやった」
視察中に襲われた時の姿を思い出す。あの切羽詰った状況で、剣で矢を振り払えもしないくせに、彼は殿下の前から動こうとはしなかった。
なのに、どうして。
「死んだ護衛の名を挙げたら、真っ青になって震えていたよ。ソラン殿やイアル殿が重傷で生死の境を彷徨っていると話した時には、泣いていた」
ディーは壁に冷たいまなざしを据えて話した。
「……あれは失敗だった。情にほだされて話すかと思ったのだけど。あれ以来口を噤んで、一言も喋らなくなってしまった」
そして、ソランに視線を向けた。冷徹な表情のままで。
「教えて欲しい。自白を強要できる毒を知っている? 知らなければ、拷問に掛けるしかないんだけど」
「知っています」
ケインを助けることはできない。助けてはならない。明らかに殿下を狙った者を、情で以って許すなど、前例を作ってはならない。
……それでも。
「そう。よかった。調合をお願いできるかな」
「わかりました。いつまでに用意すればよいですか?」
「時間はどのくらいかかるの?」
「器具を薬剤部に借りてくれば、今夜中にでも。ただ、尋問には私も加わります」
「なぜ?」
「彼は何も口にしないのではないですか?」
彼は死を願っているにちがいない。……ソランの知っているケイン、ならば。
「うん。その通りだ」
「経口の薬は量の調節が難しいのです。多ければ死に至ってしまう。足りなければ効かない。口に含ませるのが難しいというのなら、香のタイプが良いと思うのですが、これは毒消しを飲んでいても、長時間さらされていると、こちらの意識も犯されます。それを判断するのに、私が付いていなければなりません」
半ばこじつけだった。薬を飲ませる方法なら、いくらでもある。香についても、時間を区切って経過を見に行けばいいだけだ。
だが、どうしても彼に会いたかった。話を聞きたかった。何ができるのかわからない。でも、このまま死なせたくなかった。
「必要ならば、そうするしかないね。殿下、ご許可をいただけますか?」
「仕方あるまい。許可を出そう。すぐに取り掛かれ」
その声も、冷たく重いものだった。
それから怪我をした者の名前、当時薬で眠らされた者の名前、駆けつけた者の順番。
そして、薬を盛った者の名前。
「ケイン殿が?」
ソランは驚きに目を見開いた。まさか、という思いが体中を駆け巡る。
「間違いないよ。宿屋の主人も、薬で眠らされた者たちも、それに本人も認めた」
「隠す気もなかったと? どういうことですか。はじめから死ぬ気であったとでも?」
「さあ。薬を渡した人物についてはペラペラ喋ってくれたけど、動機についてはさっぱり」
「薬は睡眠薬だったのですよね?」
確かあの時、殿下から、他の者は眠らされていると聞いた。
「そう。あの日、ケイン殿は差し入れに飲み物を持ってきた。プレブールだったそうだ」
軽い酒だ。ほとんど水と同じに飲まれる。
「たとえ軽くても、普通は任務中に酒は飲まないもんだけどね。王女が引きあげられた直後で、王妃からの労いの酒だと言ったそうだよ。それに、あれしきで酔う者は、そもそも酒に口をつけないしね。上におられる殿下には、自分で持っていくと言ったそうだけど、殿下の所には現れなかった。途中の部屋に酒ビンが置かれているのも見つかった。そこには確かに睡眠薬が入っていた」
そうして眠りについた者は見逃され、殿下と、同じ室内にいた四人の護衛だけが狙われた。
「侵入者たちは、殿下方が起きていらしたのに驚いた様子だったそうだけどね」
「では、騙されたという線は薄いのですね」
自分の手の中にあったはずの薬を、殿下には届けなかったのだから。それは躊躇ったということだ。最後の最後で。
「何か弱みを握られているのでは」
「うん。たとえそうであっても、彼の罪を減ずることはできない。何も知らないでやったとしても重罪なのに、彼はわかっていてやった」
視察中に襲われた時の姿を思い出す。あの切羽詰った状況で、剣で矢を振り払えもしないくせに、彼は殿下の前から動こうとはしなかった。
なのに、どうして。
「死んだ護衛の名を挙げたら、真っ青になって震えていたよ。ソラン殿やイアル殿が重傷で生死の境を彷徨っていると話した時には、泣いていた」
ディーは壁に冷たいまなざしを据えて話した。
「……あれは失敗だった。情にほだされて話すかと思ったのだけど。あれ以来口を噤んで、一言も喋らなくなってしまった」
そして、ソランに視線を向けた。冷徹な表情のままで。
「教えて欲しい。自白を強要できる毒を知っている? 知らなければ、拷問に掛けるしかないんだけど」
「知っています」
ケインを助けることはできない。助けてはならない。明らかに殿下を狙った者を、情で以って許すなど、前例を作ってはならない。
……それでも。
「そう。よかった。調合をお願いできるかな」
「わかりました。いつまでに用意すればよいですか?」
「時間はどのくらいかかるの?」
「器具を薬剤部に借りてくれば、今夜中にでも。ただ、尋問には私も加わります」
「なぜ?」
「彼は何も口にしないのではないですか?」
彼は死を願っているにちがいない。……ソランの知っているケイン、ならば。
「うん。その通りだ」
「経口の薬は量の調節が難しいのです。多ければ死に至ってしまう。足りなければ効かない。口に含ませるのが難しいというのなら、香のタイプが良いと思うのですが、これは毒消しを飲んでいても、長時間さらされていると、こちらの意識も犯されます。それを判断するのに、私が付いていなければなりません」
半ばこじつけだった。薬を飲ませる方法なら、いくらでもある。香についても、時間を区切って経過を見に行けばいいだけだ。
だが、どうしても彼に会いたかった。話を聞きたかった。何ができるのかわからない。でも、このまま死なせたくなかった。
「必要ならば、そうするしかないね。殿下、ご許可をいただけますか?」
「仕方あるまい。許可を出そう。すぐに取り掛かれ」
その声も、冷たく重いものだった。
0
あなたにおすすめの小説
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす
遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる