暁にもう一度

伊簑木サイ

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第七章 不死人(ふしびと)

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「どういたしましょう、王妃様。殿下に真実を教えてさしあげた方がよいのでしょうか」
「まさか! これほどの見ものに水を差すなんて、許しませんよ」
「では、夫たちには黙っていないと」

 そう言って果てることのない笑い声をあげるご婦人方に、ソランは懇願した。

「どうか殿下には仰らないでください。でないと、律儀に本当に結婚すると言いだされるに決まっています」
「あら、なにがいけないんですの?」

 ミアーハが尋ねてくる。

「殿下は情の深い方でいらっしゃいます。身内に引き入れた者を見捨てることはありませんでしょう。宝剣の主には制約が付くので、私も安易には結婚できないようですし、だったら自分が責任を取ろうと仰るにちがいありません」
「けっこうではありませんか。ロマンティックではありませんけどね」

 王妃も口を挿む。

「殿下は義務で己を雁字搦めになさいます。よりによってその相手が私では、あまりに申し訳ないです」
「馬鹿なことを仰い。さっきからどうも気になっていたのですが、あなたは自己評価が低すぎます」

 王妃はソランをぴしゃりとやりこめた。

「顔をお上げなさい。もっとです。高慢に見えるように。そう。それでいいのです」

 王妃の言葉通りにしたソランに、満足げに笑む。ソランは、祖父にもよくこうやって表情や姿勢を正されたと思い出す。

「淑女とは言ってみれば『ハッタリ』です。それらしくふるまえば、それらしく扱われるのです。あなたはこれから、たくさんの人の目にさらされるのですよ。見渡すかぎりの人波の前に立つこともあります。そのすべてが、あなたの一挙手一投足を追うのです。あなたの粗を探し、付け入ろうとする者もいましょう。そんな自信のないことでは、これからやっていけませんよ」

 物腰は柔らかかったが、内容は容赦のないものだった。ソランは血の気が引く思いだった。

「だから、わたくしがあなたに武器をさしあげます」

 王妃は立ち上がり、ソランの手を取り、隣室へと導いた。開かれた扉の向こうは衣裳室だった。
 ミアーハとリリアもやってきた。大きな姿見の前に立たされる。歪みのない素晴らしい鏡だ。どれほど高価なものなのだろうか。

「よくごらんなさい。あなたは、本当に美しいのよ」

 その中で、四人の美しい女性がこちらを見返していた。年上の三人は微笑み、中心に立たされたひときわ背の高い黒髪の娘だけが、不安げに目を瞠っていた。その不安げなさまさえ、儚げで美しかった。

「誰もあなたが美しいとは教えなかったの?」
「いいえ、誰もが口々に褒めてくれました。でも、マリー、あ、いえ、私の侍女たちが、これほどの腕前とは思っておりませんでした。化粧とは素晴らしいものですね」

 すっかり感心している様子のソランに、三人が苦笑を漏らす。

「あなたは男装の時も美しかったですよ。何をしていなくても、そこにいるだけで、あたりを薙ぎ払う美しさがありました。今もそうです。そうしているだけで人目を惹き、魅入らせます。あなたはそれほど魅力的なのですよ」

 ソランは小首を傾げ、鏡の中で王妃と目を合わせた。王妃は優しく笑みながら頷いた。

「これがあなたの武器です。それをわたくしがさらに磨き上げてさしあげます。小うるさい淑女たちが嫉妬もできぬほどの、そして愚かな男たちがこぞって足元に平伏すような、女神にしてみせますわ」

 女神という言葉に心臓が跳ねた。そう言った一瞬に、王妃の目に真っ暗い深淵を見た気がしたからだ。それの意味するものもわからないのに、突然、不吉な何かが脳裏ではっきりとした形を取ろうとする。ソランはそれに慄き、震えた。

「二度と同じことは起こさせません。これがわたくしの謝罪です。信じてくださるかしら?」

 王妃の声に、不吉な予兆は形を取る前に霧散した。ソランは我に返って王妃を見つめた。鏡の中の王妃ではなく、振り向き、隣にいるその方を。

「はい。もとより疑ってなどおりません」

 ソランの裏心のない返事に、王妃は言葉を失くしたようだった。表情も失くす。そこに、今度こそ気のせいではなく、暗い感情を見た。ケインの中に見たものとよく似たモノ。
 ――ああ、この方も不死人なのだ。
 けれど、それも数瞬。王妃はすぐに微笑んだ。

「その清冽さは稀有ですわね。まぶしくて目が眩みます」

 ソランは目を伏せ、今の言葉を褒め言葉として受け取り、浅く膝を折り、礼をした。

「イリス、いえ、ソラン殿」

 王妃は名前を呼び変えた。

「あなた自身はどう思ってらっしゃるの?」

 何を指しているのかわからず、ソランは王妃を見返した。

「アティスの妃になるのはお嫌なのかしら」
「いいえ」

 とっさに答え、その意味することに後から気付き、赤面する。

「まさか、もったいのうございます」
「では、あの子が他の女性を娶ってもよいと?」

 息が苦しくなる。いつも、そうだ。胸が重く塞がれ、泣きたくなる。
 どうしてそんな気持ちになるか、本当は知っていた。知っていて、気付きたくなかった。
 そして、だからこそ、義務や同情でなど縛りつけたくなかった。それだけは嫌だった。

「殿下のお選びになる方に、否やなどあろうはずもございません」

 取り澄ました様子で返された答えを、王妃は目を細めて吟味していたが、

「では、その言葉を忘れてはなりませんよ。あの子の選んだ者を、あなたも認めると誓いなさい」

 是以外受け付けぬ厳しさで言った。

「承知いたしました。お誓い申し上げます」

 ソランは祖父に教え込まれた笑みを浮かべ、優雅に礼をしながら、誓いを口にした。
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