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第八章 思い交わす時
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朝食の時間は気まずい雰囲気に包まれていた。
殿下は例の扉から帰って行ったのだが、ソランはいつまでも寝室に篭っているわけにもいかず、いつもの扉から顔を出した。その途端に、わらわらと侍女たちに囲まれ、祝福の言葉をかけられたのだ。
それから、いつもなら乗馬服なのに、裾の長いドレスを引っ張り出してきて着せつけられ、髪もただくくるのではなく、なんだか複雑に結い上げられて、丹念に化粧が施された。
その全部を取り仕切っていたのは侍女頭のマリーだったが、彼女ときたら、一人だけ少し離れた場所から、おはようの挨拶もせずに、じとりとした涙目でソランを意味ありげに見つめ続けているのだ。
言葉を交わそうと彼女に近付こうとすると、今日はそっとしておいてあげてくださいませ、と、他の侍女たちに邪魔される。そうこうしているうちに殿下が来て、マリー以外の侍女たちの興奮はピークに達した。
「おはよう、ソラン。今日は特別綺麗だな」
本名を呼びながら歯の浮くような台詞を口にし、腰に手をまわして、額に口付けを落とす。
侍女たちは口々に小さな可愛らしい悲鳴をあげながらも、淑女らしく見て見ぬ振りをしようとした。実際は好奇心に負けて、爛々とした目で見ていたのだが。
ソランにだけ、からかっているとわかる笑みを浮かべてみせる殿下を一睨みし、そっと押し退け、視界に入ったマリーの様子に、ぎょっとした。いまや彼女はハラハラと両目から涙を零していたのだ。慌てて駆け寄ろうとしたソランを、殿下は抱き寄せて引き止めた。
「離してください」
抗議するが、他に適任者がいる、と言って、部屋の外へと大声で呼ばわった。
「イアル、入って来い」
ソランが驚きに目を瞠った先に、扉を開けて、本当にイアルが現れた。
「イアル!」
ソランは我を忘れて駆け寄ろうとした。が、しっかりと後ろから抱えられ、阻まれる。
イアルはソランに、わかっている、とでもいうように頷くと、壁際で滂沱の涙を流しているマリーを見て、辛そうに眉を顰めた。真っ直ぐに歩み寄って、声をかける。
「マリー」
彼女は瞳だけ動かしてイアルを見た。イアルが、ぽんぽんと頭に手を載せると、くしゃっと顔を歪めてしゃくりあげた。イアルは、よしよしという感じに彼女の頭を抱え込む。彼の腕の中でくぐもった泣き声が上がった。
「もう一日休みをやろう。出仕は明日からでよい」
「ありがとうございます、殿下。では、お言葉に甘えて」
彼は少し屈んだかと思うと、マリーの膝裏に片腕を当て、彼女を軽々と抱き上げた。これにも侍女たちは黄色い悲鳴をあげたが、彼はそれに一切かまわず、軽く会釈をして部屋を出て行った。
女性陣皆で、そのスマートな所作に、思わずほうっと溜息を吐いたとたん、うわあん、と廊下から泣き声が聞こえてきた。
「悔しい! あのケダモノ王子! 私のソランにっ」
その先も罵り言葉が続いているようだったが、口をふさがれたのか急いで遠ざかっているのかで、急によく聞き取れなくなった。
「殿下、あの、今のは」
ソランは焦って殿下の袖を掴み、懇願の目で見上げた。不敬どころの話ではない。手打ちにされても文句の言えない暴言だった。
「心配するな。私は何も聞いていない」
知らん顔でソランを食卓へと導く。ソランには、表情を消したその奥でずいぶんと面白がっているのが感じられたが、侍女たちにそれがわかろうはずもない。
室内は急転直下、緊張に包まれ、気まずい朝食となったのだった。
殿下は例の扉から帰って行ったのだが、ソランはいつまでも寝室に篭っているわけにもいかず、いつもの扉から顔を出した。その途端に、わらわらと侍女たちに囲まれ、祝福の言葉をかけられたのだ。
それから、いつもなら乗馬服なのに、裾の長いドレスを引っ張り出してきて着せつけられ、髪もただくくるのではなく、なんだか複雑に結い上げられて、丹念に化粧が施された。
その全部を取り仕切っていたのは侍女頭のマリーだったが、彼女ときたら、一人だけ少し離れた場所から、おはようの挨拶もせずに、じとりとした涙目でソランを意味ありげに見つめ続けているのだ。
言葉を交わそうと彼女に近付こうとすると、今日はそっとしておいてあげてくださいませ、と、他の侍女たちに邪魔される。そうこうしているうちに殿下が来て、マリー以外の侍女たちの興奮はピークに達した。
「おはよう、ソラン。今日は特別綺麗だな」
本名を呼びながら歯の浮くような台詞を口にし、腰に手をまわして、額に口付けを落とす。
侍女たちは口々に小さな可愛らしい悲鳴をあげながらも、淑女らしく見て見ぬ振りをしようとした。実際は好奇心に負けて、爛々とした目で見ていたのだが。
ソランにだけ、からかっているとわかる笑みを浮かべてみせる殿下を一睨みし、そっと押し退け、視界に入ったマリーの様子に、ぎょっとした。いまや彼女はハラハラと両目から涙を零していたのだ。慌てて駆け寄ろうとしたソランを、殿下は抱き寄せて引き止めた。
「離してください」
抗議するが、他に適任者がいる、と言って、部屋の外へと大声で呼ばわった。
「イアル、入って来い」
ソランが驚きに目を瞠った先に、扉を開けて、本当にイアルが現れた。
「イアル!」
ソランは我を忘れて駆け寄ろうとした。が、しっかりと後ろから抱えられ、阻まれる。
イアルはソランに、わかっている、とでもいうように頷くと、壁際で滂沱の涙を流しているマリーを見て、辛そうに眉を顰めた。真っ直ぐに歩み寄って、声をかける。
「マリー」
彼女は瞳だけ動かしてイアルを見た。イアルが、ぽんぽんと頭に手を載せると、くしゃっと顔を歪めてしゃくりあげた。イアルは、よしよしという感じに彼女の頭を抱え込む。彼の腕の中でくぐもった泣き声が上がった。
「もう一日休みをやろう。出仕は明日からでよい」
「ありがとうございます、殿下。では、お言葉に甘えて」
彼は少し屈んだかと思うと、マリーの膝裏に片腕を当て、彼女を軽々と抱き上げた。これにも侍女たちは黄色い悲鳴をあげたが、彼はそれに一切かまわず、軽く会釈をして部屋を出て行った。
女性陣皆で、そのスマートな所作に、思わずほうっと溜息を吐いたとたん、うわあん、と廊下から泣き声が聞こえてきた。
「悔しい! あのケダモノ王子! 私のソランにっ」
その先も罵り言葉が続いているようだったが、口をふさがれたのか急いで遠ざかっているのかで、急によく聞き取れなくなった。
「殿下、あの、今のは」
ソランは焦って殿下の袖を掴み、懇願の目で見上げた。不敬どころの話ではない。手打ちにされても文句の言えない暴言だった。
「心配するな。私は何も聞いていない」
知らん顔でソランを食卓へと導く。ソランには、表情を消したその奥でずいぶんと面白がっているのが感じられたが、侍女たちにそれがわかろうはずもない。
室内は急転直下、緊張に包まれ、気まずい朝食となったのだった。
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