暁にもう一度

伊簑木サイ

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第九章 束の間の休息(海賊の末裔の地キエラにおいて)

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「お疲れ様でございました。ご無事のご到着、なによりでございます」

 殿下の居城であるという岬の突端の城で、妻を伴い出迎えてくれたのはイドリックだった。
 それに、領主代行の任についているハリー・ファングも、妻と息子夫妻を連れて控えていた。息子ウォルターの妻は、イドリックの妹であるという。

 殿下がハリーやイドリックと話しはじめるのと同時に、ファング夫人のアロナが女性二人を呼び寄せて、改めてソランに挨拶した。

「滞在中はこの者たちがお世話をさせていただきます。どうぞなんなりとお申し付けくださいませ」

 イドリックの妻はファティエラといい、黒髪と見紛う濃い色の豊かな髪をした、切れ長な目の細面の美人だった。
 一方、妹はスーシャといい、やはり同じ色の髪に丸顔の柔らかい印象を持つ、可憐な人だった。
 イドリックもそうだが、西大陸のエランサ出身のせいか、三人ともどことなく顔つきが異国めいている。

 ここでは高位の立場である彼女たち自らの申し出に、ソランは心中で恐縮した。
 だが、道中、殿下にさんざん、婚約者として低姿勢になるなと説教され続けていたので、ソランはミルフェ姫を思い浮かべながら、婉然と微笑んでみせた。居丈高にならないように、でも、威厳を失わないように。

「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」

 スーシャと目が合うと、彼女はランプの明かりでもそれとわかるほどポッと頬を染め、うっとりとソランを見上げた。どこか隙のないファティエラも、一瞬目を見開き、ソランを凝視する。
 どうやら笑顔は引き攣っていなかったらしい。こっそり胸を撫で下ろした。
 アロナがスーシャの腕に触れると、彼女ははっとしたように、あわててもう一度頭を下げた。

「お疲れでございましょう。お湯の用意をしてございます。どうぞこちらへ」

 軽く頷き、先に立って案内するスーシャの後に続いた。ソランが動くと、イアルもついてくる。ファティエラが戸惑ったように彼に声をかけた。

「どうか男性はご遠慮くださいませ」

 立ち止まってしまったソラン一行に気付き、殿下が声をかけた。

「それはイアル・ランバート。ソランの副官だ。護衛も兼ねているから、これからはそのつもりで取り計らえ。だが、イアル、今はおまえも先に身形を整えろ。イドリック、ソランの護衛につけ」

 自分の居城内ですら警戒を怠ろうとしない殿下に、歳若い女性二人は驚いた様子を見せた。殿下からソランへと視線を走らせ、妙に納得した顔を見せる。特にスーシャは花が開くようにふんわりと微笑み、「まあ、素敵」と呟いた。

 自分の呟きに気付いて、とっさに両手で口を押さえるさまが可愛らしい。常々、あんな仕草が似合うようになってみたいものだと思っていたソランは、思わず笑みを浮かべた。
 女四人でなんとなく目を合わせ、通じるものを感じる。年長者のアロナすら口元をゆるめ、ふふふ、と微笑みあった。

「いろいろ教えていただきたいことがあるのです。滞在中、時間をとってもらえますか?」

 ソランが尋ねると、嬉しそうにスーシャが顔を輝かせ、アロナとファティエラがにっこりとした。

「もちろんです! 兄からお話を伺って、ぜひぜひお会いしたらお礼を申し上げたいと思っていたのです」
「お礼? お礼を申し上げるのは私の方です。イドリック殿には大変お世話になりました」
「まあ、本当に? 兄はお役に立ちましたか?」
「もちろんです。とても頼りになる方です」

 ソランは真面目に請け合った。

「まあああ! ファティ! 良かったわね、寂しい思いを我慢した甲斐があったわ!」

 そう言ってファティエラに抱きついた。抱きつかれた彼女はさっと顔を赤くし、一瞬、夫であるイドリックへと視線が泳いだ。ソランが振り返ってイドリックの様子を確かめると、無表情に固まっている。少し狼狽しているようだ。

「さあ、お話は落ち着いてからにいたしましょうか。まずは、疲れを癒していただかないと」

 アロナが柔らかく促した。

「あ。失礼いたしました。どうぞこちらでございます」

 スーシャは背筋を伸ばし、ようやく案内を再開させたのだった。
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