127 / 272
第九章 束の間の休息(海賊の末裔の地キエラにおいて)
2-2
しおりを挟む
まず最初に向かったのは、海側の突端にある灯台だった。
このあたりは海岸線が入り組んでおり、うっかり近付くと船が座礁する。昼間なら水の色で判断もできるが、夜は非常に危ない。そこで、暗くなると目印となるように、最上階の部屋で灯りを灯すのだ。
魚も獲れれば真珠も採れ、大陸の南西端にある半島をぐるりとまわった内側にもあたるせいで、商船の寄港地でもある。キエラは古くから栄えた地で、そのため海賊にもよく襲われたのだと、アロナは語った。
「私たちはその海賊の子孫です」
「本当に?」
「はい。三代ほど前の王の御世に、平定されました。平定されたというより、当時の頭領が領主の娘と恋に落ちたのだと言われています。それでこの地を、他の海賊から守るようになったのだそうです。海賊のやり方は、海賊こそが詳しいですから」
「ロマンティックなお話ですね」
「ええ。もう収穫祭は終わってしまいましたけれど、毎年その時に、それを題材にした劇をいたしますの。ね?」
アロナはスーシャとファティエラに相槌を求めた。スーシャが勢い込んで教えてくれる。
「その海賊の頭領と姫の役を務めたカップルは、生涯仲睦まじくいられるというので、憧れの的なんです。私もファティエラも、夫たちとやりましたのよ。壮絶なキスの大会でしたわ」
「キス?」
「はい。劇のクライマックスが告白とそれに続くキスですから。主役の座を射止めるには、いかにロマンティックにできるかを争うのです」
「イドリック殿も?」
思わず、ファティエラを見て尋ねる。
「ええ。そんなことできるかとぐずぐず言うので、役が取れなかったら結婚しないと言ってやりました」
ソランは声をあげて笑った。
――あの堅物が服を着て歩いているようなイドリック殿が!
「それが、近年稀に見る情熱ぶりで、私、すごくびっくりしたんです」
スーシャがちょっと赤くなって言い添える。
「後で、やりすぎだって怒りました」
ファティエラも赤くなって付け加えた。
「アロナ殿もやったのですか?」
「もちろんです。夫はキスがヘタだったので、ずいぶん練習させました、枕を相手にして」
「まあ。お義父様にそんなことを!?」
「さすがアロナ様!」
二人が叫び、ソランと一緒になって笑いだす。
陰気な塔の中に、若い女性の明るい笑い声が響き渡った。
……一方、影の如く付き従っていたイアルは、知りたくもなかったガールズトークに半ば耳を塞ぎながら、護衛として半日ソランの後をついてまわったのだった。
このあたりは海岸線が入り組んでおり、うっかり近付くと船が座礁する。昼間なら水の色で判断もできるが、夜は非常に危ない。そこで、暗くなると目印となるように、最上階の部屋で灯りを灯すのだ。
魚も獲れれば真珠も採れ、大陸の南西端にある半島をぐるりとまわった内側にもあたるせいで、商船の寄港地でもある。キエラは古くから栄えた地で、そのため海賊にもよく襲われたのだと、アロナは語った。
「私たちはその海賊の子孫です」
「本当に?」
「はい。三代ほど前の王の御世に、平定されました。平定されたというより、当時の頭領が領主の娘と恋に落ちたのだと言われています。それでこの地を、他の海賊から守るようになったのだそうです。海賊のやり方は、海賊こそが詳しいですから」
「ロマンティックなお話ですね」
「ええ。もう収穫祭は終わってしまいましたけれど、毎年その時に、それを題材にした劇をいたしますの。ね?」
アロナはスーシャとファティエラに相槌を求めた。スーシャが勢い込んで教えてくれる。
「その海賊の頭領と姫の役を務めたカップルは、生涯仲睦まじくいられるというので、憧れの的なんです。私もファティエラも、夫たちとやりましたのよ。壮絶なキスの大会でしたわ」
「キス?」
「はい。劇のクライマックスが告白とそれに続くキスですから。主役の座を射止めるには、いかにロマンティックにできるかを争うのです」
「イドリック殿も?」
思わず、ファティエラを見て尋ねる。
「ええ。そんなことできるかとぐずぐず言うので、役が取れなかったら結婚しないと言ってやりました」
ソランは声をあげて笑った。
――あの堅物が服を着て歩いているようなイドリック殿が!
「それが、近年稀に見る情熱ぶりで、私、すごくびっくりしたんです」
スーシャがちょっと赤くなって言い添える。
「後で、やりすぎだって怒りました」
ファティエラも赤くなって付け加えた。
「アロナ殿もやったのですか?」
「もちろんです。夫はキスがヘタだったので、ずいぶん練習させました、枕を相手にして」
「まあ。お義父様にそんなことを!?」
「さすがアロナ様!」
二人が叫び、ソランと一緒になって笑いだす。
陰気な塔の中に、若い女性の明るい笑い声が響き渡った。
……一方、影の如く付き従っていたイアルは、知りたくもなかったガールズトークに半ば耳を塞ぎながら、護衛として半日ソランの後をついてまわったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
攻略. 解析. 分離. 制作. が出来る鑑定って何ですか?
mabu
ファンタジー
平民レベルの鑑定持ちと婚約破棄されたらスキルがチート化しました。
乙ゲー攻略?製産チートの成り上がり?いくらチートでもソレは無理なんじゃないでしょうか?
前世の記憶とかまで分かるって神スキルですか?
君といるのは疲れると言われたので、婚約者を追いかけるのはやめてみました
水谷繭
恋愛
メイベル・ホワイトは目立たない平凡な少女で、美人な姉といつも比べられてきた。
求婚者の殺到する姉とは反対に、全く縁談のなかったメイベル。
そんなある日、ブラッドという美少年が婚約を持ちかけてくる。姉より自分を選んでくれたブラッドに感謝したメイベルは、彼のために何でもしようとひたすら努力する。
しかしそんな態度を重いと告げられ、君といると疲れると言われてしまう。
ショックを受けたメイベルは、ブラッドばかりの生活を改め、好きだった魔法に打ち込むために魔術院に入ることを決意するが……
◆なろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる