暁にもう一度

伊簑木サイ

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第九章 束の間の休息(海賊の末裔の地キエラにおいて)

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 海風は冷たかった。空はから雲一つなく晴れあがり、底が抜けた空を通って、地上のものが天上へと流れ出してしまいそうなほどだった。
 今年一番の冷え込みです、と見送りながらアロナが教えてくれた。そこには、何もこんな日に女性を連れてわざわざ海に出なくても、という遠まわしな批難がこもっていた。
 ソランたちはジェナスの船に乗って、港を離れた。騎士たちが地上から先に行き、人払いした地へと、海から向かう。

「ソラン様、気持ち悪くはなってきませんか?」
「いいえ、なんともありません。船とは爽快な乗り物ですね」

 船酔いを心配して、バケツ片手に隣に控えるジェナスに、ソランは楽しそうに笑って言った。
 海上はあたり一面遮るものがなく、そのがらんどうさが快い。

 やがて崖の上に騎馬の姿が見え、熟練の操舵士によって、岩礁を避けて崖側に船の腹を見せるようにして、碇を下ろした。
 崖まで四百メートル程。それでもソランの目では、崖の上の人間が誰が誰であるかなんとなく見分けることができた。手を振ってみせると、あちらからも手が振り返された。

 船の上ではジェナスの部下たちが忙しく動きまわって、『大砲』と呼ばれる兵器を持ち出してきた。ボルトを使って甲板上に固定する。
 ジェナスの副官エルンストの掛け声に復唱しながら、筒の後ろを開け、二人掛かりで鉄球を滑り込ませ、火薬と呼ばれるものも挿入する。ハンマーまで使って螺子式に蓋が閉められると、今度は手回しで筒の先端を上に向けて角度を調節した。そして、外に垂れ下げられた細い縄に火を点ける。

「耳を塞いでくださいませ」

 隣にいたジェナスが優しく耳に綿状のものを押し入れてきた。ソランはおとなしくされるままになっていたが、他の人たちはやっている様子がない。離れている殿下に、口をはっきり動かすことで尋ねると、もうとっくに入れてあったらしい。観察に夢中になっていたソランだけが出遅れたようだった。

 ジェナスの手がソランの耳を上から押さえ、そっと大砲へと向けた。その瞬間、雷が落ちたかと思うような轟音が鼓膜だけでなく体を襲い、反射的にびくりと体を強張らせた。
 大砲が鉄球を吐き出し、据え付けられたレールの上を後ろへと一気に動く。弾力のある紐で繋がれているために、下がりきったと同時に元の位置へと戻っていった。
 前方の崖で凄まじい破壊音が響き渡り、岩が抉れて砕け散る。もうもうとした砂埃が海風にさらわれると、そこには円状の大穴が開いていた。中央部はひときわ深く抉れており、その奥に鉄球が嵌りこんでいる。

 ソランは心臓が早鐘を打ち、体中に冷や汗を掻いているのを感じた。圧倒的な破壊力に恐怖して、体も心もすくんでいる。背中に触れているジェナスの体がなければ、震えていたかもしれない。それでも頭のどこかでは、これに対抗する策を忙しく考えていた。

 飛距離がある分、弾道は読みやすい。少人数であるなら避けることは可能だろう。大軍では餌食になる。それに、一度飛んできたら、止めることはできない。城壁は破壊され、船体には穴が開き、沈んでしまうに違いなかった。だが、本当にそれを見ているしかないのか。
 いや、厚い鉄板なら耐えられるかもしれない。あれを打ち出す大砲の底には、穴が開かないのだ。同じ強度があれば、防げるかもしれない。
 鉄板を張り巡らせた城壁と船を思い浮かべ、それほどの鉄をどう鋳るのか、また、そんな船が本当に水に浮かぶのか、様々な疑問が泡のごとく湧いて出てくる。

 ソランは途中で思考を止めた。一人で考えていても埒が明かないからだった。
 耳栓が抜かれ、ソランはジェナスに振り返った。
 そして、怒涛のごとく質問を浴びせはじめたのだった。
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