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第十章 バートリエ事変
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補佐官として居たディーやイアルの他に、ジェナス、百騎長たち、イドリック、ハリー・ファング領主代行も呼ばれ、ダニエルの話を聞くことになった。
「バートリエに囲い込んだのは騎馬八百騎ほどです。装備はごく一般的なエランサの装備で、皮製の盾と鎧、剣と槍と弓でした。ただ、エランサから進入してきたのはそれだけでなく、百人ほどの女性を連れた二百騎ほどの騎兵が先になだれ込み、ウィシュタリア軍に助けを求めました。なんでも、誘拐された娘たちを奪い返したのだそうです」
「ほう?」
殿下は冷たく口元を笑みの形に歪ませて、ダニエルに尋ねた。
「逃げ込んできた男、ラショウ・エンレイと名乗らなかったか」
「ご存知でしたか」
「少し前に私の命を狙った男だからな。それで送り返した者たちはどうだった」
「キーツ殿に確かめてもらいましたが、その中にはいなかったようです」
「どう見る、イドリック?」
「は」
イドリックは顔を強張らせていた。
「罠に気づいたかと。おそらく八百騎は手土産のつもりであると思われますが」
「うん。それで?」
思うところを述べたはずのイドリックに、殿下は先を促した。彼は床に視線を落とし、ほとんど顔面蒼白になっていた。
「おまえを責めてはおらん。もちろん他の者も。責めを負うのは当の本人で充分だからな。今後の対応を決めるためにも、その男を良く知っているおまえの詳しい見解を聞いておきたいのだが?」
「は。おそれながら、私どもを救ってくださった時と同じ状況を演出しつつ、敵対勢力の力を削ごうとしているのだろうと」
「つまり、奴の敵の対抗馬にされたわけだな?」
「……は」
殿下は、ふっと鼻で笑った。ダニエルに視線を向ける。
「あちらで女性が攫われているという話は聞いたか?」
「女性というか、むしろ男が攫われているようでした。聖国は船に何十も櫂を取り付け、奴隷に漕がせるのだそうです」
「それは新しい情報だな。それに『聖国』とは彼らがそう名乗っているのか?」
ダニエルは珍しく一瞬言いあぐね、
「いいえ。正式にはエーランディア聖国と。お察しの通りです。私の先祖の故国が、どうやら統一を果たしたようで」
「そうか。その話はまた後で詳しく聞かせてくれ。イドリック、あちらでは女性を攫う風習があったように聞いた気がするが」
「今では廃れた、昔の因習です。戦で男が少なくなり、手っ取り早く子を増やすために、女性を攫っていたことがあったと」
「ああ、思い出した。最後に老婆が娘の婿たちに、村中の老夫を殺させる話だな」
「はい」
殿下は、ふむ、と幾ばくか考え、すぐにダニエルに問いかけた。
「バートリエに追い込んだ者どもの言い分はどうなっている?」
「一族の女性が攫われたと主張しています」
「女性たちは?」
「追ってきた者たちを殺してほしいと頼まれました」
「演技の可能性は?」
「わかりませんが、薄いかと。救い出し、護衛してきたと主張しているエンレイという男のことも、警戒しておりましたので。女性たちは、男を怖がって閉じこもっています。よほど酷い目にあったのでしょう」
殿下が眉間に皺を刻んだ。
「先人が残してくれた戒めを正しく理解できなかった者が、来ているということかもしれんな。イドリック、ウォルター。ファティエラとスーシャを借りるぞ。他にも五人ばかり一族の者を用意してくれ。その女性たちの世話を頼みたい。そして何があったか詳しく聞き出させてくれ」
「承知しました」
「明日にでもすぐに出発してほしい。おまえたちは彼女たちを護衛し、つつがなく仕事できるように、まわりと折衝しろ。ウォルター、一番早い船を用意しろ」
そこへジェナスが口を挿んだ。
「私とエルンストも、彼らと一緒に行ってもよろしいでしょうか。彼女たちを私が診察いたしましょう。それに、坑道の様子や地形も確かめておこうと思うのですが」
「ああ。その方が良かろう。おまえの船を旗艦として借りるが良いか?」
「ご自由にお使いください。船長には私から申し付けておきます」
矢継ぎ早に確認を取り、一段落着いたところで、殿下は全員を見まわした。
「想定外の荷物が増えたが、とりあえずは当初の予定通りにすすめようと思う。何かあるか?」
ディーが手を挙げる。
「エンレイ以下二百人はどうするおつもりですか?」
「それも会ってから決める。イドリック、接触を図ってくるだろうが、適当にあしらっておけよ」
「畏まりました」
「他には? なければ各々持ち場へ向かってくれ。解散」
こうして後に『バートリエ事変』と呼ばれるできごとを収めるべく、赴くことになったのだった。
「バートリエに囲い込んだのは騎馬八百騎ほどです。装備はごく一般的なエランサの装備で、皮製の盾と鎧、剣と槍と弓でした。ただ、エランサから進入してきたのはそれだけでなく、百人ほどの女性を連れた二百騎ほどの騎兵が先になだれ込み、ウィシュタリア軍に助けを求めました。なんでも、誘拐された娘たちを奪い返したのだそうです」
「ほう?」
殿下は冷たく口元を笑みの形に歪ませて、ダニエルに尋ねた。
「逃げ込んできた男、ラショウ・エンレイと名乗らなかったか」
「ご存知でしたか」
「少し前に私の命を狙った男だからな。それで送り返した者たちはどうだった」
「キーツ殿に確かめてもらいましたが、その中にはいなかったようです」
「どう見る、イドリック?」
「は」
イドリックは顔を強張らせていた。
「罠に気づいたかと。おそらく八百騎は手土産のつもりであると思われますが」
「うん。それで?」
思うところを述べたはずのイドリックに、殿下は先を促した。彼は床に視線を落とし、ほとんど顔面蒼白になっていた。
「おまえを責めてはおらん。もちろん他の者も。責めを負うのは当の本人で充分だからな。今後の対応を決めるためにも、その男を良く知っているおまえの詳しい見解を聞いておきたいのだが?」
「は。おそれながら、私どもを救ってくださった時と同じ状況を演出しつつ、敵対勢力の力を削ごうとしているのだろうと」
「つまり、奴の敵の対抗馬にされたわけだな?」
「……は」
殿下は、ふっと鼻で笑った。ダニエルに視線を向ける。
「あちらで女性が攫われているという話は聞いたか?」
「女性というか、むしろ男が攫われているようでした。聖国は船に何十も櫂を取り付け、奴隷に漕がせるのだそうです」
「それは新しい情報だな。それに『聖国』とは彼らがそう名乗っているのか?」
ダニエルは珍しく一瞬言いあぐね、
「いいえ。正式にはエーランディア聖国と。お察しの通りです。私の先祖の故国が、どうやら統一を果たしたようで」
「そうか。その話はまた後で詳しく聞かせてくれ。イドリック、あちらでは女性を攫う風習があったように聞いた気がするが」
「今では廃れた、昔の因習です。戦で男が少なくなり、手っ取り早く子を増やすために、女性を攫っていたことがあったと」
「ああ、思い出した。最後に老婆が娘の婿たちに、村中の老夫を殺させる話だな」
「はい」
殿下は、ふむ、と幾ばくか考え、すぐにダニエルに問いかけた。
「バートリエに追い込んだ者どもの言い分はどうなっている?」
「一族の女性が攫われたと主張しています」
「女性たちは?」
「追ってきた者たちを殺してほしいと頼まれました」
「演技の可能性は?」
「わかりませんが、薄いかと。救い出し、護衛してきたと主張しているエンレイという男のことも、警戒しておりましたので。女性たちは、男を怖がって閉じこもっています。よほど酷い目にあったのでしょう」
殿下が眉間に皺を刻んだ。
「先人が残してくれた戒めを正しく理解できなかった者が、来ているということかもしれんな。イドリック、ウォルター。ファティエラとスーシャを借りるぞ。他にも五人ばかり一族の者を用意してくれ。その女性たちの世話を頼みたい。そして何があったか詳しく聞き出させてくれ」
「承知しました」
「明日にでもすぐに出発してほしい。おまえたちは彼女たちを護衛し、つつがなく仕事できるように、まわりと折衝しろ。ウォルター、一番早い船を用意しろ」
そこへジェナスが口を挿んだ。
「私とエルンストも、彼らと一緒に行ってもよろしいでしょうか。彼女たちを私が診察いたしましょう。それに、坑道の様子や地形も確かめておこうと思うのですが」
「ああ。その方が良かろう。おまえの船を旗艦として借りるが良いか?」
「ご自由にお使いください。船長には私から申し付けておきます」
矢継ぎ早に確認を取り、一段落着いたところで、殿下は全員を見まわした。
「想定外の荷物が増えたが、とりあえずは当初の予定通りにすすめようと思う。何かあるか?」
ディーが手を挙げる。
「エンレイ以下二百人はどうするおつもりですか?」
「それも会ってから決める。イドリック、接触を図ってくるだろうが、適当にあしらっておけよ」
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