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第十章 バートリエ事変
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殿下は中央に用意されたクッションの上に早々に陣取ったが、そのほかの面々は、久しぶりに会うこともあって、まずは挨拶を交わさずにはいられなかった。元気そうでなにより、と肩を叩き合う。だがそれに時間を費やすことはせず、すぐに殿下を中心に半円を描いて座った。
「ご報告の前に、皆を代表してお祝いを申し上げたいと思います。殿下、ソラン様、ご婚約おめでとうございます」
キーツが口上を述べると、他の者も合わせて頭を下げた。殿下も鷹揚に頷く。ソランも黙ったまま頭を下げた。顔を上げたらしい彼らの視線が自分に注がれているのがわかって、ソランはそのまま伏目がちに俯いたままでいた。気まずい。そして、どうしても恥ずかしい。
ソランはいつも戸惑う。どうにも慣れない。何も恥ずかしいことなどしていないはずなのに、なぜ、殿下を好きだと意識すると、こんなに羞恥心でいっぱいになってしまうのか。
「今日のソラン様のお姿を見て、心配も霧散いたしました。我ら一同、心よりお喜び申し上げます。また、身命を賭してソラン様をお守り申し上げることをお誓いいたします」
その申し出を受けて、ソランは急速に熱が冷めるのを感じた。殿下の婚約者という立場の権利と義務の大きさを噛み締め、冷静に彼らを見返す。それから殿下と目を合わせ意向を確認すると、彼らに向き直り、緊張を隠して喜びを表現するために口の端を引きあげた。
「ありがとうございます。皆様の志にお応えできるよう、私も精進いたします」
美しくも毅然として、それでいて憂いを秘めた姿に、一同が瞠目し沈黙する。
数ヶ月前、ここにいる彼女は、確かに少年だった。人懐っこい笑顔で誰からも可愛がられ、無茶ばかりする悪戯盛りの子犬のような子供。それが、一足飛びに大人の匂いさえ感じさせる女性へと変貌してしまっている。艶やかで鮮やかで瑞々しい、もう少しで食べごろを迎える果実のような。それは目を奪うほどの変化だった。
ああ、来るべき時がきたのだ、と誰もが予感めいたものを感じた。不死人である者はよけいに。
彼女を得て、殿下はきっと世界の主に相応しき王へと変わる。そして、王は行き詰って澱んでいるこの世界を変えるだろう。我らもそこに居合わせ、その偉業に名を連ねるのだ、と。
彼らはその予感に身震いするような興奮を感じた。けれどまだ表すにはそれは不確かで、だからその思いを体の中に押し込めるために、彼らは深く深く身を屈め礼をしたのだった。
その後、現在の状況について詳しい報告書が渡され、殿下がそれを読みながら口頭で確認をとっていった。
大雑把に言えば、徴兵者のうち反乱や蜂起を企てていそうな者を密かに監視し、繋がっている者を調べあげていること、逃げ込んできた女性たちは犯罪被害者であること、彼女達を救い出して共に逃げてきたと主張する、ラショウ・エンレイと名乗った男とその部下たちは、司令官への面会を求めており、今のところおとなしいということ、だった。
最後に、バートリエ内の者たちのところで、殿下が呆れた声をあげた。
「奴らを五十殺して、百も生け捕りにしてあるのか」
「は。殺すなというご命令でしたが、無謀な突撃が多く、やむなく。申し訳ございません」
「この人数を炙り出すためにあれを使うのか。ますます馬鹿馬鹿しくなってきたな。しかも相手はろくでなしの盗賊どもときた」
殿下は書類の束をディーへと押し付けた。彼はざっと内容に目を通し、ソランに渡してくる。ソランも同じく大急ぎで読み、殿下が言っていた以上の疑問がないのを確認し、また彼に戻した。
「忌々しいにもほどがある。ディー、もう少し格好のつく理由を捻り出しておけ。私がやる気になるようなのをな」
「いつまでに」
「明日」
横暴なまでの要求に、ディーは顔色一つ変えることなく頷いた。
「承知いたしました」
ディーは簡単に書類を整え、袋にしまいこんだ。それが済んだのを見計らって、キーツが声をかける。
「では、兵の許へご案内いたします」
「いや、その前にジェナスやイドリックたちと会いたい」
「かしこまりました。彼らは女性たちのテントの方におります。そちらへご案内いたします」
キーツを先頭に、一同は目的のテントへと向かった。
「ご報告の前に、皆を代表してお祝いを申し上げたいと思います。殿下、ソラン様、ご婚約おめでとうございます」
キーツが口上を述べると、他の者も合わせて頭を下げた。殿下も鷹揚に頷く。ソランも黙ったまま頭を下げた。顔を上げたらしい彼らの視線が自分に注がれているのがわかって、ソランはそのまま伏目がちに俯いたままでいた。気まずい。そして、どうしても恥ずかしい。
ソランはいつも戸惑う。どうにも慣れない。何も恥ずかしいことなどしていないはずなのに、なぜ、殿下を好きだと意識すると、こんなに羞恥心でいっぱいになってしまうのか。
「今日のソラン様のお姿を見て、心配も霧散いたしました。我ら一同、心よりお喜び申し上げます。また、身命を賭してソラン様をお守り申し上げることをお誓いいたします」
その申し出を受けて、ソランは急速に熱が冷めるのを感じた。殿下の婚約者という立場の権利と義務の大きさを噛み締め、冷静に彼らを見返す。それから殿下と目を合わせ意向を確認すると、彼らに向き直り、緊張を隠して喜びを表現するために口の端を引きあげた。
「ありがとうございます。皆様の志にお応えできるよう、私も精進いたします」
美しくも毅然として、それでいて憂いを秘めた姿に、一同が瞠目し沈黙する。
数ヶ月前、ここにいる彼女は、確かに少年だった。人懐っこい笑顔で誰からも可愛がられ、無茶ばかりする悪戯盛りの子犬のような子供。それが、一足飛びに大人の匂いさえ感じさせる女性へと変貌してしまっている。艶やかで鮮やかで瑞々しい、もう少しで食べごろを迎える果実のような。それは目を奪うほどの変化だった。
ああ、来るべき時がきたのだ、と誰もが予感めいたものを感じた。不死人である者はよけいに。
彼女を得て、殿下はきっと世界の主に相応しき王へと変わる。そして、王は行き詰って澱んでいるこの世界を変えるだろう。我らもそこに居合わせ、その偉業に名を連ねるのだ、と。
彼らはその予感に身震いするような興奮を感じた。けれどまだ表すにはそれは不確かで、だからその思いを体の中に押し込めるために、彼らは深く深く身を屈め礼をしたのだった。
その後、現在の状況について詳しい報告書が渡され、殿下がそれを読みながら口頭で確認をとっていった。
大雑把に言えば、徴兵者のうち反乱や蜂起を企てていそうな者を密かに監視し、繋がっている者を調べあげていること、逃げ込んできた女性たちは犯罪被害者であること、彼女達を救い出して共に逃げてきたと主張する、ラショウ・エンレイと名乗った男とその部下たちは、司令官への面会を求めており、今のところおとなしいということ、だった。
最後に、バートリエ内の者たちのところで、殿下が呆れた声をあげた。
「奴らを五十殺して、百も生け捕りにしてあるのか」
「は。殺すなというご命令でしたが、無謀な突撃が多く、やむなく。申し訳ございません」
「この人数を炙り出すためにあれを使うのか。ますます馬鹿馬鹿しくなってきたな。しかも相手はろくでなしの盗賊どもときた」
殿下は書類の束をディーへと押し付けた。彼はざっと内容に目を通し、ソランに渡してくる。ソランも同じく大急ぎで読み、殿下が言っていた以上の疑問がないのを確認し、また彼に戻した。
「忌々しいにもほどがある。ディー、もう少し格好のつく理由を捻り出しておけ。私がやる気になるようなのをな」
「いつまでに」
「明日」
横暴なまでの要求に、ディーは顔色一つ変えることなく頷いた。
「承知いたしました」
ディーは簡単に書類を整え、袋にしまいこんだ。それが済んだのを見計らって、キーツが声をかける。
「では、兵の許へご案内いたします」
「いや、その前にジェナスやイドリックたちと会いたい」
「かしこまりました。彼らは女性たちのテントの方におります。そちらへご案内いたします」
キーツを先頭に、一同は目的のテントへと向かった。
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