暁にもう一度

伊簑木サイ

文字の大きさ
上 下
157 / 272
第十章 バートリエ事変

2-3

しおりを挟む
 そこは他のテント群からかなり離れた場所にあった。柵まで設けられている。その柵の外側には所々に犬が繋がれ、侵入者対策としているようだった。

 大きなテントが四つ、真ん中に小さな共同広場を作るように、入り口を向かい合わせて張られている。その他に、敷地の隅に小さなテントが二つ、外へと繋がる入り口にあたる場所を塞いでもう一つ張られていた。広場の中央には二つの竈が設けられ、その上に雨避けの屋根が掛けられている。

 一行を見つけて、犬が吠えはじめた。縄は長く取ってあったが、無闇と飛び掛ってこようとはしなかった。怯えている様子もない。するべきことを知っている、よく訓練されている犬たちで、近付くほどに激しく吠え立ててくる。
 イドリックが、入り口のテントの垂れ幕を捲って外に顔を出した。すぐに笛を取り出すと、音のしないそれを吹く。犬笛だ。ぴたりと犬たちは黙った。

 彼はこちらに一礼してからテントの中に戻り、今度はウォルターを伴って出てきた。殿下の前まで駆けてくる。そして二人は片膝をついて挨拶をした。

「出迎えにも参らず、申し訳ございません」
「いいや、かまわん。報告書は読んだ」

 保護した女性たちはひどく怯え、特に男を寄せつけないのだという。故に警護は、妻が中で彼女たちと寝起きを共にしている、イドリックとウォルターが交代で請け負っている状態だった。ただし、入り口にあたるテントから敷地内には入らず、極力接触を避けているという。

 報告書にまとめられた話を見れば、それも無理はないと思われた。
 住んでいた場所を賊に強襲され、男は赤ん坊から大人まですべて殺され、人手にならない老人も殺された。その上、残された女たちは、昼は昼で畑仕事などの労働に駆り出され、夜は夜で男たちの相手をさせられたという。

 痛ましい話だった。自分の領地でそんなことが起こったら、ソランはおそらく、その男どもを一人残らず殺さないことには気がすまないだろう。それで何が戻ってくるわけではないにしろ、きっとそうせずにはいられない。

 けれどソランは当事者ではなく、彼女たちが本当に望むことも未だ知らない。ただ、同じ女性として、また、これから為政者の端くれに並ぶ者として、彼女たちにできるだけの手は差し伸べてやりたかった。それもソランに許される立場の範囲内のことではあったが。

「ジェナスはいるか」
「民間人に怪我人が出たと聞いて、そちらへ行かれました」
「そうか。エレーナ・ホルテナに話が聞きたいのだが、会えそうか?」

 殺された族長の血縁者で、彼女たちのリーダー的存在だと報告されていた女性だ。

「私が駄目ならば、ソランだけでもよい」

 急な話に、ソランは表情は変えないようにして殿下に視線を向けた。

「かしこまりました。しばらくお待ちください」

 彼らは目配せしあって、イドリックがテントへと走っていった。

「殿下、どうかテントの中でお待ちください」
「わかった」

 殿下は振り返ってソランの手を取った。腕を絡めさせる。そしてウォルターの後に続いた。

「何をお聞きになりたいのですか?」

 彼女たちが話したことが本当なら、もう一度それを当人の口から話させるのは酷である。報告書には特に疑わしい点はないと記されていた。それ以外のいったい何を知りたいと言っているのか。

「今回の事の落とし所に、彼女たちの意向を取り入れるのはどうかと思ってな」

 確かに今回は規模が小さく、侵攻というほどのものにはならなかった。どちらかというとエランサ内の覇権争いのとばっちりである。そこから目指す結果を導かなければならない。

「一つの宝を取り合う者が二人、その宝は我々が握っている。我々には我々の事情がある。このへんまで何か出て来かけているのだが」

 そう言って、首あたりで手を振る。

「おまえたちはどうだ? ディー。キーツ」

 殿下は後ろへ首を傾け、すぐ後ろを歩く彼らに尋ねた。

「ううん、何か足りないんですよね。俺もここまで来ている気がするのですが」

 ソランが振り返ると、ディーがやはり首のあたりで手を振る。

「俺はさっぱりです」

 キーツが苦笑した。
 目と鼻の先であったテントにはすぐに到着した。共に来た者を全員外に残し、殿下とソランだけで中へと入った。
しおりを挟む

処理中です...