暁にもう一度

伊簑木サイ

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第十章 バートリエ事変

2-4

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 ファティエラに付き添われてやってきた女性は、小柄で目の大きな人だった。

 テントの中にはソランたちしかいなかったが、薄暗いそこに、真っ黒い格好をした大柄な人間が二人もいれば、誰でも驚く。ソランたちが入ってきたのと反対の入り口が捲り上げられ、外の光に照らされた顔は、一瞬はっきりと怯えの表情を映しだした。だがすぐに気丈に唇が引き結ばれ、中に踏み入ってくる。そして入り口近くでファティエラに促されて座った。

「お待たせいたしました。こちらがエレーナ・ホルテナでございます」

 ファティエラが紹介してくれた。それに合わせて彼女も頭を下げる。その時、膝についた手がのぞく袖口から細い手首が見え、それに気付けば、顎も首も肉が削げており、小柄だと思ったのも、全体的に体が薄くなってしまっているためだったのだと思い至った。

 殿下が口を開いた。流暢なエランサ語で話しだす。

『私はアティス・ウィシュタリア。今回、この騒ぎを治めるべくウィシュタリア国王より遣わされた者だ。他国民とはいえ、おまえたちの受けた被害は見過ごすには重大すぎる。古(いにしえ)より国家間の諍(いさか)いを調停してきた我が国の名において、できるかぎりの便宜を取り計らおう。ついてはおまえたちの意向を知りたい。今後、どうしたいと思っている?』

 視線を落としたまま体を固く強張らせていた彼女は、殿下の言葉を聞いて、さらに気を張り詰めたように見えた。顔が微かに顰められる。
 それが痛々しく、何かをしてあげたい気持ちに、ソランは腰を浮かせた。すると彼女はびくりと身を縮めてこちらを見た。ものすごく怯えた顔だった。彼女と目が合う。

『ごめんなさい。驚かせるつもりなかった』

 ソランはとっさに謝って座りなおした。殿下のように流暢には話せないが、意味は伝わったようだ。彼女は驚いた表情を浮かべた。

『い、いいえ。あの、女性のかた?』
『私の妻だ』

 殿下の端折り過ぎた説明にぎょっとしつつ、そう言った方が彼女を安心させるのだろうと推測し、笑顔で名乗る。

『ソランです』
『奥様』

 確認するともなくポツリと呟かれた言葉に、かーっと頬に血がのぼった。ソランの恥らった様子に、彼女は初めて口元に笑みらしきものを浮かべた。

『失礼いたしました。暗くて目が慣れなかったものですから、その、すみません、男の方だとばかり』
『いいえ、いつも男に思われる。初め女だと思われない。気にしない』
『え? そんなわけは』

 社交辞令で否定してくれるのに乗って、もう少し気分がほぐれてくれればと思い、思いついたことを口にする。

『本当。夫にも、男だと思われて、好きと言われた』
『おまえは、まったく』

 手を取られ、握られた。もう話すなという目で見られる。そういえばテントの外で、ディーたちが息を殺してこちらの話に耳を傾けていたのだった。
 それを思い出し、勢いでなどと言ってしまったことに羞恥を覚え、急に心臓が早鐘を打ちはじめた。背中にも額にも嫌な汗が出てくる。
 殿下はソランのそんな様子に溜息交じりの息を吐き、ソランの手を握ったまま自分の膝の上に置いた。視線をホルテナに戻す。

『これに話したことは、他を通すことなく直接私に伝えられる。故に、これを相談相手として置いていく。急に先の話をされたところで戸惑うのも当たり前だ。他の者と話し合う必要もあろう』

 ソランは殿下の傍を離れたくなかった。この後、兵たちの許へ行くと言っていた。彼らはいつ謀反を起こしてもおかしくない者たちだ。心配でたまらない。だから殿下の手を握り返した。ぎゅっと強く。
 応えて殿下がソランに視線をくれる。ふっと笑う。大丈夫だ、というように。

『こちらには、そこのファティエラたちに与えたと同じものを与える準備がある。詳しくは、これやファティエラに聞いて、これからの参考にするがよい。ソラン、頼んだぞ』

 ずっとソランを見たまま述べる。その強い瞳に、いつものように反論して我儘を通すことはできなかった。

『わかった。任せろ』

 仕方なく、ソランは渋々そう返事をしたのだった。
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