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第十章 バートリエ事変
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女性と子供たちの一人一人から頬に口付けを受けたり抱擁されたりするのは、斜面の上の方にいる決闘相手たちからは丸見えだった。激励を受け、悠々と闘技場に戻って見上げると、彼らは歯噛みして睨み下ろしていた。
ほぼ全員が出てきたようだ。その人数の多さに、武器の受け渡しに時間が掛かっていた。
ウィシュタリア兵は武器を受け取ると、数字の書き入れられた札を縛りつけて、待合所脇の武器置き場に置き、それと同じ番号を相手の手の甲に書きつける。その上で、待合所の中に順番に並ばせている。
ソランは困惑した振りで、しばらく彼らを眺めた。それから、急いだように殿下の許に行き、何事かを訴える素振りをして、イドリックを借り受け、待合所へと近付いていった。
まずは、彼らに優雅に礼をしてみせる。
男たちは脅してやろうと身構えていたのに、ソランの仕草にそれを忘れて訝しげにした。明らかに男の動きではなかったからだ。
それに、見れば見るほど、そこらではお目にかかれない美女だということも知れた。ソランが少し微笑んでみせると、揃って唾を飲み込む。目つきが嘗めまわすようだ。
立ち方一つも、いつもどおりの地面を踏みしめた立ち姿ではなく、王妃監修の礼儀作法見習いで身につけた最高テクニックの披露だ。
自分で彼らがそうなるように仕向けておきながら、ソランはあまりの忌々しさに、今すぐ全員の首を跳ね飛ばしてまわりたくなった。
それを隠し、あくまでも女らしく、エランサ語などわからないとばかりにウィシュタリア語でイドリックに話し掛け、通訳してもらう。
『こんなにたくさんの相手が出てくるとは思わなかった。どうか、一日五十人の相手で許してもらえないだろうか。それを許してくれるなら、私が負けたときは、その相手の物になろう』
下卑た笑いが湧き起こった。下品な言葉も飛び交っているようだが、ソランには、まったくそのへんは理解できなかった。スーシャもファティエラも上品な日常会話しか教えてくれなかったのだ。イドリックが険しい顔をしているところを見ると、相当酷いのだろう。
「気にしないでください。私には一つもわからないのです」
イドリックはやりきれないとばかりに一つ溜息を吐くと、頭を下げた。
「それは不幸中の幸いでした。あなたの耳を汚さないですんだこと、誠にようございました」
イドリックとの会話に、自然なしなを作って笑んだソランを見て、突然、『いいだろう!』と怒声をあげて、男たちが動きだした。見るからに腕っ節の強そうなのが、先頭へと幾人もやってくる。
これで、用心深い頭の切れるタイプは別として、腕に自信のある者から先に、始末ができるだろう。しかもソランを無傷で手に入れたいがため、彼らは手加減せざるを得ない。
並び替えがすんだのを見計らって、ソランは一人一人と目を合わせ、指差しながら口に出して数を数えてみせる。そう、まさに五十まで。
それから彼らを見まわしてお願いをした。今日はあなたたちとだけ、と。順番を入れ替えたりしないでくださいね、と。
ソランが言う後をついて、イドリックが訳して伝えると、彼らから、やはりソランの知らない言葉で返されたのは、言わずもがなだ。
ソランは最後に再び優雅に一礼して、踵を返した。数歩行ったところで立ち止まり、振り返る。言い忘れていたという態をし、イドリックに伝えてほしいと頼む。
『もし途中で気が変わって棄権する場合も、一度は決闘を受けた気高さに免じ、ウィシュタリアは一切手出しをしません。立会人のラショウ・エンレイに引き渡します。あなたたちはエランサの法で裁かれることになります。どうぞ遠慮なくお申し出ください』
そんなわけがあるか! 怒号が飛び、笑い声があがった。ソランはそれを気にすることなく、闘技場へと下りたのだった。
ほぼ全員が出てきたようだ。その人数の多さに、武器の受け渡しに時間が掛かっていた。
ウィシュタリア兵は武器を受け取ると、数字の書き入れられた札を縛りつけて、待合所脇の武器置き場に置き、それと同じ番号を相手の手の甲に書きつける。その上で、待合所の中に順番に並ばせている。
ソランは困惑した振りで、しばらく彼らを眺めた。それから、急いだように殿下の許に行き、何事かを訴える素振りをして、イドリックを借り受け、待合所へと近付いていった。
まずは、彼らに優雅に礼をしてみせる。
男たちは脅してやろうと身構えていたのに、ソランの仕草にそれを忘れて訝しげにした。明らかに男の動きではなかったからだ。
それに、見れば見るほど、そこらではお目にかかれない美女だということも知れた。ソランが少し微笑んでみせると、揃って唾を飲み込む。目つきが嘗めまわすようだ。
立ち方一つも、いつもどおりの地面を踏みしめた立ち姿ではなく、王妃監修の礼儀作法見習いで身につけた最高テクニックの披露だ。
自分で彼らがそうなるように仕向けておきながら、ソランはあまりの忌々しさに、今すぐ全員の首を跳ね飛ばしてまわりたくなった。
それを隠し、あくまでも女らしく、エランサ語などわからないとばかりにウィシュタリア語でイドリックに話し掛け、通訳してもらう。
『こんなにたくさんの相手が出てくるとは思わなかった。どうか、一日五十人の相手で許してもらえないだろうか。それを許してくれるなら、私が負けたときは、その相手の物になろう』
下卑た笑いが湧き起こった。下品な言葉も飛び交っているようだが、ソランには、まったくそのへんは理解できなかった。スーシャもファティエラも上品な日常会話しか教えてくれなかったのだ。イドリックが険しい顔をしているところを見ると、相当酷いのだろう。
「気にしないでください。私には一つもわからないのです」
イドリックはやりきれないとばかりに一つ溜息を吐くと、頭を下げた。
「それは不幸中の幸いでした。あなたの耳を汚さないですんだこと、誠にようございました」
イドリックとの会話に、自然なしなを作って笑んだソランを見て、突然、『いいだろう!』と怒声をあげて、男たちが動きだした。見るからに腕っ節の強そうなのが、先頭へと幾人もやってくる。
これで、用心深い頭の切れるタイプは別として、腕に自信のある者から先に、始末ができるだろう。しかもソランを無傷で手に入れたいがため、彼らは手加減せざるを得ない。
並び替えがすんだのを見計らって、ソランは一人一人と目を合わせ、指差しながら口に出して数を数えてみせる。そう、まさに五十まで。
それから彼らを見まわしてお願いをした。今日はあなたたちとだけ、と。順番を入れ替えたりしないでくださいね、と。
ソランが言う後をついて、イドリックが訳して伝えると、彼らから、やはりソランの知らない言葉で返されたのは、言わずもがなだ。
ソランは最後に再び優雅に一礼して、踵を返した。数歩行ったところで立ち止まり、振り返る。言い忘れていたという態をし、イドリックに伝えてほしいと頼む。
『もし途中で気が変わって棄権する場合も、一度は決闘を受けた気高さに免じ、ウィシュタリアは一切手出しをしません。立会人のラショウ・エンレイに引き渡します。あなたたちはエランサの法で裁かれることになります。どうぞ遠慮なくお申し出ください』
そんなわけがあるか! 怒号が飛び、笑い声があがった。ソランはそれを気にすることなく、闘技場へと下りたのだった。
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