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第十一章 解呪
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クロゥの領主館へと戻るために馬車に乗り込み、人々の熱気から物理的に遮断されても、彼らの熱は、まだソランの心にも体にも宿ったままだった。そのため気分は高揚していたが、そんな自分すら少し離れて俯瞰している意識は常にあり、人々の熱狂も冷静に分析していた。
この熱は王族が彼らに庇護を与えている間だけ寄せられるものであって、彼らを失望させれば、あっという間に同じ質量の怨嗟になるのだろう。そういった、移ろいやすく、また、やっかいなものなのだと。
ソランは馬車の座席に深く身を沈め、ほう、と息をついた。そんなソランの頬を、殿下がそっと撫でた。
「疲れたか」
「少し」
ソランは素直に頷いた。そして、尋ね返す。
「殿下はどうですか?」
「私か? そうだな、うん、少し」
苦笑する。そうとしか言えないことに気付いたのだろう。体にそれほどの負担はなくても、気疲れはあった。
今回、バートリエであったことは、本来ここまで大騒ぎするほどのものではない。マリーは噂の伝播に神殿も関わっていると言っていたが、おそらく意図的に人々を煽っているのだ。問題は、誰が、である。問わずとも知れてはいたが、ソランは確認をとっておくことにした。
「私に聖騎士の位を授けるという噂が流されているようですが」
「おまえに対する恩賞だ。私には王太子の位が下される。後でベイルから、正式に陛下の御言葉が伝えられる予定だ」
殿下は当たり前のように、そう告げた。
「心苦しいばかりですが、お受けしないわけにはいかないのでしょうね」
ソランは目を伏せて溜息混じりに言った。
「おまえ以外の誰があんなことをできたものか。当然の褒美だ」
強く言い聞かせる調子の殿下の声につられて、視線を上げた。ソランはそれに抗議せずにはおれなかった。
「いいえ。今もバートリエの寒空の下で、警備を続けている兵たちの功績です。そこへ横から出て行って、私が恩賞だけ攫ったようなものです。しかも噂にあるような実態はないのです。いくら私でも千の兵を一人で相手はできません。なぜそこまでして私の名を高めねばならないのですか」
「まったく、おまえは」
殿下は複雑に微笑んで、ソランの頬を両手で包みこんだ。どこか痛みを感じているようでありながら、瞳はひどく優しかった。
「だからだ。兵たちの献身を埋もれさせないためだ。あれらは未だ所属の決まらぬ私兵でしかない。王妃の命で謀反人の領地から切り離され、身柄を拘束されている身分だ。誰かがあれらを代表して功績を誇らねば、誰にも知られることのないまま埋もれてしまう」
ソランは、その理不尽さに奥歯を噛み締めた。残務処理で残っている間に触れ合った彼らは、非常に士気の高い、高潔な志を持った者たちだった。
ソランは彼らを思い出して泣きたくなった。眉を顰めて涙を我慢したが、声は震えたものになった。
「彼らこそが恩賞を受けるべきです。弱き者を守り、この国の礎となることを、あれほど誇りに思っている者たちこそが」
殿下は目を細めて、柔らかな笑みを零した。
「その誇りを与えたのは、おまえだ」
ソランは意味がわからず、瞬きを繰り返した。涙腺がゆるんで、視界が歪む。
「覚えておらんか。おまえは決闘の最中に、ウィシュタリア軍は、と言ったのだ。おまえが、ではなく、ウィシュタリア軍は、弱き者を虐げる者に容赦はせぬ、と。逃げる者を必ず捕らえ、死を与える、と。おまえはあれらを信じ、背中を任せた。その時から、あの決闘はおまえだけのものではなく、あれら自身のものになったのだ。だから、そのおまえの誉れを、一番喜ぶのは、あれらだ」
涙が一粒だけこぼれた。ソランは鼻をすすりあげた。ソランは何も特別なことを言ったわけではない。ただ、当たり前のことを言っただけだったのに。
「私は、どうやって彼らに報いればいいのでしょう」
「おまえが与えたもので充分だと思うが?」
そこで殿下はソランと額を合わせ、至近距離で瞳を覗き込んで、ふっと笑った。
「納得しておらんな。では、これならどうだ。どうせあれらとは長い付き合いになる。そのうち、必ず報いる機会は巡って来よう。その時に返せばよい」
「はい」
ソランはやっと気持ちに区切りをつけることができて、小さく頷いた。
この熱は王族が彼らに庇護を与えている間だけ寄せられるものであって、彼らを失望させれば、あっという間に同じ質量の怨嗟になるのだろう。そういった、移ろいやすく、また、やっかいなものなのだと。
ソランは馬車の座席に深く身を沈め、ほう、と息をついた。そんなソランの頬を、殿下がそっと撫でた。
「疲れたか」
「少し」
ソランは素直に頷いた。そして、尋ね返す。
「殿下はどうですか?」
「私か? そうだな、うん、少し」
苦笑する。そうとしか言えないことに気付いたのだろう。体にそれほどの負担はなくても、気疲れはあった。
今回、バートリエであったことは、本来ここまで大騒ぎするほどのものではない。マリーは噂の伝播に神殿も関わっていると言っていたが、おそらく意図的に人々を煽っているのだ。問題は、誰が、である。問わずとも知れてはいたが、ソランは確認をとっておくことにした。
「私に聖騎士の位を授けるという噂が流されているようですが」
「おまえに対する恩賞だ。私には王太子の位が下される。後でベイルから、正式に陛下の御言葉が伝えられる予定だ」
殿下は当たり前のように、そう告げた。
「心苦しいばかりですが、お受けしないわけにはいかないのでしょうね」
ソランは目を伏せて溜息混じりに言った。
「おまえ以外の誰があんなことをできたものか。当然の褒美だ」
強く言い聞かせる調子の殿下の声につられて、視線を上げた。ソランはそれに抗議せずにはおれなかった。
「いいえ。今もバートリエの寒空の下で、警備を続けている兵たちの功績です。そこへ横から出て行って、私が恩賞だけ攫ったようなものです。しかも噂にあるような実態はないのです。いくら私でも千の兵を一人で相手はできません。なぜそこまでして私の名を高めねばならないのですか」
「まったく、おまえは」
殿下は複雑に微笑んで、ソランの頬を両手で包みこんだ。どこか痛みを感じているようでありながら、瞳はひどく優しかった。
「だからだ。兵たちの献身を埋もれさせないためだ。あれらは未だ所属の決まらぬ私兵でしかない。王妃の命で謀反人の領地から切り離され、身柄を拘束されている身分だ。誰かがあれらを代表して功績を誇らねば、誰にも知られることのないまま埋もれてしまう」
ソランは、その理不尽さに奥歯を噛み締めた。残務処理で残っている間に触れ合った彼らは、非常に士気の高い、高潔な志を持った者たちだった。
ソランは彼らを思い出して泣きたくなった。眉を顰めて涙を我慢したが、声は震えたものになった。
「彼らこそが恩賞を受けるべきです。弱き者を守り、この国の礎となることを、あれほど誇りに思っている者たちこそが」
殿下は目を細めて、柔らかな笑みを零した。
「その誇りを与えたのは、おまえだ」
ソランは意味がわからず、瞬きを繰り返した。涙腺がゆるんで、視界が歪む。
「覚えておらんか。おまえは決闘の最中に、ウィシュタリア軍は、と言ったのだ。おまえが、ではなく、ウィシュタリア軍は、弱き者を虐げる者に容赦はせぬ、と。逃げる者を必ず捕らえ、死を与える、と。おまえはあれらを信じ、背中を任せた。その時から、あの決闘はおまえだけのものではなく、あれら自身のものになったのだ。だから、そのおまえの誉れを、一番喜ぶのは、あれらだ」
涙が一粒だけこぼれた。ソランは鼻をすすりあげた。ソランは何も特別なことを言ったわけではない。ただ、当たり前のことを言っただけだったのに。
「私は、どうやって彼らに報いればいいのでしょう」
「おまえが与えたもので充分だと思うが?」
そこで殿下はソランと額を合わせ、至近距離で瞳を覗き込んで、ふっと笑った。
「納得しておらんな。では、これならどうだ。どうせあれらとは長い付き合いになる。そのうち、必ず報いる機会は巡って来よう。その時に返せばよい」
「はい」
ソランはやっと気持ちに区切りをつけることができて、小さく頷いた。
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