暁にもう一度

伊簑木サイ

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第十一章 解呪

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 ソランの気分が落ち着いたのを悟ると、殿下は涙の跡に口付けてから、体を起こした。頬の手が離され、代わって手を握られる。

「聖騎士の名はそれだけで抑止力になる。リリア・コランティアがそうであるように。私が王都を離れる際には、その名と与えた旗が、おまえの盾となってくれるだろう」

 ソランは聞き捨てならない言葉に、座席の背面から弾かれたように背を離した。殿下へと体ごと向き直る。

「それは私を置いて戦にいらっしゃるということですか?」
「おまえとて、出産の前後はどうにもならんだろう」

 さらりと言われて、なぜか自分の妊娠した姿が思わず思い浮かび、言葉に詰まって赤面した。

「おまえの傍を離れたくはないが、こればかりはわからんからな。もちろんある程度は状況をコントロールするが、手の及ばんことは必ず起こる。それは許せ」

 殿下は先のことまで考えて、常にソランを守ってくれようとしている。そう気付いたら、急に自分の手を掴んでいる手も、隣にある体も、とても大きいものに感じられ、対して自分が小さな可愛らしいものになってしまったような気がした。

 そして、自分の片腕にむくむくしたちっちゃな赤ん坊を抱き、もう片方には幼児を抱いて、その子供たちごと広い胸に抱き締めてもらう映像が頭の中を流れ、ソランは一人で恥じらって息を止めた。
 殿下に伝わるはずもないのにバレそうな気がして、その前に妄想を追い払おうと力んで、ぎゅっと拳を握る。

「どうした?」
「何もないです!」

 勢いよく否定し、しまった、と思った時には遅く、ニヤリとした殿下が、ソランへと身を屈ませた。

「やけに挙動不審だな。何だ? 白状しろ」

 握っていた手が再び頬をすっと撫で、次いで、ついっと下唇に添って触れる。その艶かしい感触に、ソランはびくりと身を震わせた。

「さて。思いを込めた口付けの一つもして請わねば、教えていただけぬか、婚約者殿?」

 殿下の目は本気だった。全精力を傾けて、ソランに吐かせようとしている。どういうわけか、殿下はソランが恥じらって口にしたくないことばかり言わせようとする。彼は基本的にいじめっ子気質なのだろう。その上、我儘で傲慢で人の迷惑は顧みない。いつでも最後はソランが折れるしかなくなる。
 ソランは諦めて、恥ずかしさに目をそらしつつ口にした。

「こ、こどもは何人……」

 欲しいですか、は言えなかった。不自然に黙ったソランに殿下は身を寄せ、「おまえは?」と耳元で囁く。息が耳に当たり、ソランは身をすくませた。

「ひ、一人よりは、兄弟があったほうが」
「うん、そうだな。私もそう思うぞ」
「では、ふ、ふたり、は?」
「遠慮するな」
「え? えーと、では、さん? よにん?」

 殿下が答えてくれないので、人数を増やしていく。

「ごにん? ろくにん? しちにん? あの、多くないですか?」

 恐る恐る聞くと、くくくく、とおかしくて仕方ないという笑い声がした。ソランは座席の上で許されるかぎり身を大きく引き離して、殿下を睨みつけた。

「からかいましたね!」
「からかってはおらん」

 腹を抱えて笑っているくせに、息も切れ切れにそんなことを言う。ソランは馬車の床面を踏み鳴らして、地団駄踏んだ。

「殿下なんて、もう知りませんっ」
「待て、真面目に聞いたんだ。聞いたんだが」

 おさまりかけていたのに、殿下がまた発作的に笑いだし、苦しそうに笑いながら呻く。

「おまえこそ。腹が痛いだろうっ」

 ――なんで私のせいになるのだ。これがイアルなら殴り倒してやるのに。
 ぷいと顔を背けた。

 ひとしきり笑い終えると、殿下はぐったりと背もたれに寄りかかって、手だけ伸ばしてソランの手を掴んだ。それを振り払おうとしたが、しっかりと掴まれていてかなわなかった。

「おまえが望むなら、私はいくらでも付き合う。五人だろうが十人だろうがかまわん。全員かわいがってしっかり養育する。私たちの子だ。変わり者は生まれても、馬鹿はおらんだろう。先が楽しみだな?」

 ソランは顔は背けつつも、手を振り払うのはやめた。殿下の言い様に、もう、ほだされつつあった。
 殿下は拒絶されないと見て取ると、ソランの腰に腕をまわし、傍へと引寄せた。そうして、こめかみに口付ける。

「だが、残念だ。さっそくといきたいところだが、フェイルの奴が、屋敷じゅうに念入りな警備を布いている。寝室の壁という壁の向こうで、耳をすませた兵が一晩中、部屋の中を窺っているだろうからな。奴らにおまえの可愛い声を聞かせるのは業腹だ」

 そこで、深い深い溜息を吐いた。

「仕方ない。今日は、おまえはマリーと同室で休むといい。女同士、積もる話もあるだろう。私は一人寝をかこつとしよう」

 勝手なことを言うだけ言うと、ソランの腰を強く抱き、頭に頬をくっつけて、またもや溜息を吐く。そんな殿下に、ソランはどうやっても、どうにも勝てない気しかしないのだった。 
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