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閑話集 こぼれ話
思いのままに(アッシュ編)4
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夜、俺は領主館に居残って、兄の仕事が引けるのを待った。父からマリー義姉さんのことを聞いたからだ。
それで、王太子様がマリー義姉さんをソラン様から遠ざけたんじゃないことがわかって、無実の罪が晴れた。むしろ、一番傍に置いてくれているらしい。「さすが王太子様はソラン様が一番喜ぶことをわかっていらっしゃる」と評判になった。
怖い相談をしていた女どもも、それで黙らざるを得なかったようで、とりあえず胸を撫で下ろした。あいつらが本気になったら、阻むのは難しい。
兄が階段を下りてきた。俺に気が付く。
「なんだ、いたのか」
そっけない言いようにちょっとむっとしたけれど、兄の後ろから他の護衛の人たちもやってきていて、そちらへご挨拶しているうちに、どうでもよくなった。格好いい護衛さんたちは、にこやかに軽く頷いてくれて、応接室の方へ立ち去っていった。
それをしっかり見送ってから、残った兄の方へと向き直った。
「マリー義姉さん、子供ができたんだって? おめでとう」
「ああ。ありがとう」
「いつ頃生まれるの?」
「夏の終わり頃だ」
「へえ。そっか」
それ以上会話が続かなかった。あんまり一緒にいたことがないから、共通の話題がないのだ。というか、実を言うと、ものすごく不思議だった。
「それ、本当に兄さんの子?」
「どういう意味だ」
兄の顔色が変わった。怒気が吹き出ている。俺は焦った。
「違う! そうじゃなくて! だって、あのマリー義姉さんだよ、ソラン様の子供だって言われた方が、納得するじゃん、そうだろ!?」
「ソラン様は女だ」
「ああ、うん、そうだったみたいだけど。五ヶ月前まで男だったような」
「バカか、おまえは。性別が変わる人間がいるか」
「そうなんだけど! だって、急に胸とか腰のくびれとかできてるし」
兄は、深い溜息を吐いた。このバカ、手のつけようがない、と顔に黒々と書いてある。いつもならはらわたが煮えくり返るくらい腹が立つところだったけど、俺はあたりを見まわすのに必死で、それどころではなかった。
今のは失言だった。女どもに聞かれていたら、抹殺されるに違いない。ジェナシスの女はそれだけの技量を持っている。冗談ではすまなかった。
「近くに気配はない。目に頼るんじゃない」
兄が説教をたれる。
「わかっているよ、そんなの」
兄はまた溜息を吐いた。
「あのな、アッシュ、頼むからもう少ししっかりしてくれ。ソラン様は話さなかったけど、状況は逼迫しているんだ。おまえたちの手が要る。だが、それでおまえたちの一人でも失ったら、ソラン様がどれほど嘆くかわかっているだろう。これ以上心労を増やすような真似はするな」
「だから、わかってるよ、そんなの! あんただって、ソラン様を心配させたくせに!」
言ってから後悔した。卑怯なことを言ったと思った。兄はソラン様をかばって、瀕死の重傷を負ったのだ。きっとそれを不甲斐無いと一番思っているのは兄だ。だけど兄は冷静に切り返してきた。
「そうだ。だからおまえは絶対するな」
俺はやましい思いを抱えて、ふてくされて頷いた。
「それから、もう今夜は誰も二階には上がるなよ」
「え? う、うん」
突然関係ないことを言われて、戸惑う。
「えっと。どうして?」
「ガキの耳には毒な声が聞こえるといけないから」
「ええっと、それって、どういう?」
兄は、今日会ってから初めて笑った。
「ソラン様の胸と腰に今頃気付くようじゃあ、おまえの春もまだまだだな」
さて、寝るか、と背を向けられる。悔しいけれどすっかり大人な兄の背に向かって、苛立ちをぶつける。
「だから、どーゆー意味だよ!」
兄はちょっと振り返って、また笑った。
「やっぱり、親族でおまえが一番ソラン様に似ているな」
「えっ、ほんと?」
「言っとくけど、褒めてないから」
とっさに喜んだのに、すぐに突き落とされる。
ソラン様に似ていて、褒めていない? ええ?
「だから、どーゆー意味だってーっ!?」
俺は兄の背に突進していって飛びついた。兄は笑い声をあげて、投げ飛ばさないで、珍しく幼かった頃のように受け止めてくれた。
それで、王太子様がマリー義姉さんをソラン様から遠ざけたんじゃないことがわかって、無実の罪が晴れた。むしろ、一番傍に置いてくれているらしい。「さすが王太子様はソラン様が一番喜ぶことをわかっていらっしゃる」と評判になった。
怖い相談をしていた女どもも、それで黙らざるを得なかったようで、とりあえず胸を撫で下ろした。あいつらが本気になったら、阻むのは難しい。
兄が階段を下りてきた。俺に気が付く。
「なんだ、いたのか」
そっけない言いようにちょっとむっとしたけれど、兄の後ろから他の護衛の人たちもやってきていて、そちらへご挨拶しているうちに、どうでもよくなった。格好いい護衛さんたちは、にこやかに軽く頷いてくれて、応接室の方へ立ち去っていった。
それをしっかり見送ってから、残った兄の方へと向き直った。
「マリー義姉さん、子供ができたんだって? おめでとう」
「ああ。ありがとう」
「いつ頃生まれるの?」
「夏の終わり頃だ」
「へえ。そっか」
それ以上会話が続かなかった。あんまり一緒にいたことがないから、共通の話題がないのだ。というか、実を言うと、ものすごく不思議だった。
「それ、本当に兄さんの子?」
「どういう意味だ」
兄の顔色が変わった。怒気が吹き出ている。俺は焦った。
「違う! そうじゃなくて! だって、あのマリー義姉さんだよ、ソラン様の子供だって言われた方が、納得するじゃん、そうだろ!?」
「ソラン様は女だ」
「ああ、うん、そうだったみたいだけど。五ヶ月前まで男だったような」
「バカか、おまえは。性別が変わる人間がいるか」
「そうなんだけど! だって、急に胸とか腰のくびれとかできてるし」
兄は、深い溜息を吐いた。このバカ、手のつけようがない、と顔に黒々と書いてある。いつもならはらわたが煮えくり返るくらい腹が立つところだったけど、俺はあたりを見まわすのに必死で、それどころではなかった。
今のは失言だった。女どもに聞かれていたら、抹殺されるに違いない。ジェナシスの女はそれだけの技量を持っている。冗談ではすまなかった。
「近くに気配はない。目に頼るんじゃない」
兄が説教をたれる。
「わかっているよ、そんなの」
兄はまた溜息を吐いた。
「あのな、アッシュ、頼むからもう少ししっかりしてくれ。ソラン様は話さなかったけど、状況は逼迫しているんだ。おまえたちの手が要る。だが、それでおまえたちの一人でも失ったら、ソラン様がどれほど嘆くかわかっているだろう。これ以上心労を増やすような真似はするな」
「だから、わかってるよ、そんなの! あんただって、ソラン様を心配させたくせに!」
言ってから後悔した。卑怯なことを言ったと思った。兄はソラン様をかばって、瀕死の重傷を負ったのだ。きっとそれを不甲斐無いと一番思っているのは兄だ。だけど兄は冷静に切り返してきた。
「そうだ。だからおまえは絶対するな」
俺はやましい思いを抱えて、ふてくされて頷いた。
「それから、もう今夜は誰も二階には上がるなよ」
「え? う、うん」
突然関係ないことを言われて、戸惑う。
「えっと。どうして?」
「ガキの耳には毒な声が聞こえるといけないから」
「ええっと、それって、どういう?」
兄は、今日会ってから初めて笑った。
「ソラン様の胸と腰に今頃気付くようじゃあ、おまえの春もまだまだだな」
さて、寝るか、と背を向けられる。悔しいけれどすっかり大人な兄の背に向かって、苛立ちをぶつける。
「だから、どーゆー意味だよ!」
兄はちょっと振り返って、また笑った。
「やっぱり、親族でおまえが一番ソラン様に似ているな」
「えっ、ほんと?」
「言っとくけど、褒めてないから」
とっさに喜んだのに、すぐに突き落とされる。
ソラン様に似ていて、褒めていない? ええ?
「だから、どーゆー意味だってーっ!?」
俺は兄の背に突進していって飛びついた。兄は笑い声をあげて、投げ飛ばさないで、珍しく幼かった頃のように受け止めてくれた。
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