暁にもう一度

伊簑木サイ

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閑話集 こぼれ話

思いのままに(アッシュ編)3

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 神殿の前を馬で行く一行に、前の方にいる者たちは神殿の中から手を振った。曇りも歪みもない大きい水晶製の窓は、まるでないかのように透明で、多少建物の中が暗くても、外からの光で手を振っているのくらいは見分けがつく。
 それを見た御領主は、ぎょっとした表情になったらしい。それを目ざとく見つけた王太子様が、気軽に手を振り返してくれたようだ。おお、と喜びの笑い声が起きる。

 しばらくすると、王太子様が先に立って扉の方へとやってきた。扉近くにいた者が開け放ち、ようこそいらっしゃいました、と大声で挨拶して招き入れる。

 明るい日の光を背負ってゆっくりと入ってくる姿は、優雅でありながら力に満ちていて、むしょうに格好よかった。王太子様の歩みに合わせて、自然と皆が膝をつく。
 俺もそうしながらも、興奮してたまらず指笛を吹いた。とたんに近くにいた小父さんに、失礼だろ! と、ゴツンと一発殴られた。

 王太子様がこちらに顔を向けた。すると光が横顔に当たって、表情がよく見えた。怒っている様子はない。どちらかというと、面白がっているようだ。

「さっきいた者だな。名は?」
「アッシュ・ランバートです!」
「イアルの親族か」
「弟です!」
「覚えておこう」
「ありがとうございます!」

 歓喜に小躍りして、隣にいた仲間の首に片腕をまわして、がたがたと揺さぶった。じっとしていられなかったのだ。

 それから王太子様は後ろを振り返って、ソラン、と御領主を呼んだ。紹介してくれんのか、とからかうように言う。扉の外で躊躇していた彼女は、唇を引き結んで、がっがっがっがっと足音荒く入ってくると、王太子様の横に並んだ。
 王太子様はこの上なく楽しそうにし、それをちらりと見上げた彼女は、それまでの勢いはどこにいったのか、頼りなげな顔をした。薄ぼんやりと暗いからよくわからないけれど、もしかしたら、真っ赤になっているのかもしれない。見ているこっちまで恥ずかしくなるような恥じ入りようだ。その姿は、信じられないことに、普通の女の子そのものだった。
 彼女は胸元で両手をぎりぎりと握り合わせて、息を吸い込んだ。

「こちらはアティス王太子殿下でいらっしゃいます。わ、私は、この方と、婚約、しました」

 ぎくしゃくと言葉を紡ぐ。数拍、迷うような時間があって、ますますいたたまれないという顔をしながら、

「春の大祭に結婚します」

 御領主が言い切った瞬間、しん、と静寂が落ちた。それから、わっと歓声があがった。おめでとうございます、の声が飛び交う。
 王太子様は微笑んで、固まっている御領主の腰に手をやってさりげなく抱き寄せ、こめかみにキスをした。それを見て、さらに歓声が大きくなる。今度は指笛を吹いても誰も怒らなかった。それどころか、床まで踏み鳴らして祝福を示した。
 神殿内は、大騒ぎになったのだった。



 それから俺達は誰ともなく皆で、二人を祭壇の前まで皆で押し出して、冥界に続く穴を案内した。皆、御領主の歌が聞きたかったのだ。初めは戸惑っていた御領主も、床にある入り口が開けられると神官の顔になり、いつものように見事な歌を歌ってくれた。

 御領主の歌を聞くと、喜びで心も体もいっぱいになって、生まれ変わったような気がするのだ。女神や家族や仲間に、感謝してもしきれないような気持ちになる。ありがとう、て、叫んでまわりたい気持ちに。

 歌の余韻が鎮まると、御領主は、ジェナシスは領地を挙げて王太子の御世を支えることを宣言した。
 それは、どんなに姿が変わっても、確かに様だった。
 凛として立つ、ジェナシスの民のしるべ
 俺は、熱い確かな決意が湧いて体の隅々まで満ちるのを感じた。

 ソラン様、俺たちは喜んであなたの盾となり剣となる。世界を救ってくれた失われた神を守るのが、ジェナシスの民の誓い。だけどそんなのは関係ないくらい、俺たちはソラン様のいる今に生まれて、一緒に生きられることが嬉しいんだ。その、他の誰でもないソラン様が望んでくれるなら、俺たちはいくらでもあなたの信頼に応える。それが俺たちの喜びであり、誇りだから。
 あなたの思い描く未来が、俺たちの生きるべき道。だから、あなたが思いのままに行けるように、俺たちは道を切り拓くよ。命を懸けて。当たり前のことだから、今更、面と向かっては言わないけれど。

 俺は祭壇の前に寄り添い立つ二人を見て、失われた神と英雄の君の話を思い出した。
 彼らは命を賭して世界を救った。でも、この方たちは、きっとあの神話以上の未来に導いてくれるに違いない。そして、俺たちも一緒に神話になるんだ。

 わくわくしてきて、うずうずして、嬉しくて楽しみでしかたなくなった。胸の中で歓喜が渦を巻いてたまらなかった。
 それがどうにも収まらず、二人が神殿を出た後、仲間たちと一緒に野原に飛び出して、馬鹿騒ぎをした。そうして親父たちにどやされるまで、騒ぎまくったのだった。
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