暁にもう一度

伊簑木サイ

文字の大きさ
214 / 272
閑話集 こぼれ話

思いのままに(アッシュ編)2

しおりを挟む
 父たちは歓迎の準備のために領主館に戻ったが、俺たちは神殿に入った。
 そこには多くの人々がひしめいていた。足腰の悪い年寄りから、首の据わらない赤ん坊を抱えた母親までいる。領地にいる領民全員が揃っていた。呼ばれてもいないのに、新御領主が婚約者を連れて帰ってくると聞いて、勝手に集まったのだ。
 俺たちは彼らに取り囲まれた。

「あの女性は本当にソラン様か?」
「仲良さそうにしてたのが王太子か?」
「どうなんだ」
「どうなってるんだ」

 わあわあよってたかって言われて、あーっ、もうっ、とそれを振り払う。一瞬静まり返ったのをついて、一緒に出迎えた者たちが、口々に感想を披露した。

「すごい美人だったけど、ソラン様だったような気がする。少なくとも馬はソラン様のだった」
「胸があったけど、たぶん、あの手綱さばきはソラン様だと思う」
「女みたいに寄り添っていたけど、声はソラン様だった」

 そこで俺も続けた。

「王太子様はすごかった」
「ああ、そうそう。ソラン様が普通サイズの女性に見えた」
「あのソラン様が気のいいおとなしい馬みたいに懐いていたよな」
「平気でソラン様を女性扱いしていた」

 どれも当たっているが、圧倒的に表現が足りなくて、俺は苛々と足踏みしつつ叫んだ。

「とにかく、すごかったんだよ!」

 すると、皆に笑われた。

「そうかそうか。すごかったか」
「そりゃあ、楽しみだなあ」

 親父どもに背中を叩かれ、いいようにあしらわれてしまう。
 ああ、違う、違うんだ、と、出てこない言葉の代わりに、手足をじたばたと振り回していると。

「あっ、抱き締めてる」

 祭壇の方から驚きの声があがった。いっせいにそちらを見るが、前に人がいるので、窓の向こうが見えない。

「どうしたって!?」

 入り口側にいた誰か大声で尋ねる。

「王太子がソラン様を引き寄せた!」
「ソラン様はおとなしく抱かれてる!」
「ずっとそのまんまだ!」
「長いな!」
「あっ、なんかしたかもしれない!」
「なんかって、なんだ?!」
「チューだ、チュー!」

 野太い親父の声でそんなことを言うので、どっと笑いが起きる。ほのぼのとした雰囲気があたりに広がった。
 一部を除いて。
 俺は突然肩を叩かれ、体を割り込ませるようにしてやってきた同年代の女子たちに詰問された。

「マリー姉さんは? 見当たらなかったけど?」
「ああ、いなかったな」
「じゃあ、遠ざけられているのかしら。あのマリー姉さんがついていて、ソラン様が男とどうこうなんて、考えられないじゃない!」
「ええっ? じゃあ、ソラン様、騙されているってこと?」
「あのマリーを退けるんだから、結構やり手よね」
「要注意だわ。よく見極めて、駄目なら早目に手を打たないと」
「最悪抹殺しないと」
「わたしたちのソランを取り戻さないと」
「そうよね。臭くて汚くてデリカシーのない大飯食らいの男になんて渡せないわよね」

 なんだか怖い話になっている。俺はあわてた。

「いや、すごい人だから。なんか、すごい人だったから!」
「あんた、少しは勉強しなさいよ。表現力がソラン様並みよ」

 ばっさりと退けられた。ちょっとショックを受ける。御領主に何かを習おうと思っても、ガッとやって、とか、そこでえいってやるんだ、とか、要領を得ない説明しかしてもらえない。

「えー? 俺、あんなに酷くないし……」

 その力ない反論は、彼女たちに黙殺された。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...