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閑話集 こぼれ話
思いのままに(おまけの反省会)2
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「悪かった。私の我慢が足りなかった」
「あんなふうに、婚約を伝える予定じゃなかったんです。もっと、ちゃんと紹介しようと思っていたのに。なんか、うやむやになっちゃったじゃないですか」
恨みがましさがこもる声に、そうだっただろうかと首を捻った。むしろソランらしくて、領民たちとのやりとりも微笑ましくて好ましかったが。ことにあの歌は素晴らしいものだった。
「いろいろ考えていたんです。順番とか、言い方とか。領主に就任して初めてだし、ちゃんとしなければって。それが全部、ぱあです。失われた神だってことも、殿下が英雄の君だってことも、伝えなきゃって思っていたのに、言い出せなくなっちゃったじゃないですか」
それは別に、死ぬまでに教えればいいことなのでは? ソランの性格で言い出せなかったのは当たり前だろう。それを言ったら、だから従え、と強要するみたいになりかねないのだから。
「……こんなこと、言うつもりなかったのに。ごめんなさい。八つ当たりです。本当はわかっているんです。私が足りてないだけだって。殿下は、天性の女たらしの才能があるから平気かもしれませんけど、私は、駄目なんです。どきどきして、ふわふわして、心臓がこわれそうになって、平常心ではいられなくなってしまうんです。だから、人前では絶対離れていてほしいんです。それに、一緒の部屋で寝てたなんて目で、明日見られたくないんです。今日だって、溜まった報告を聞いてても、生まれた子供たちに祝福をしてても、なまぬるーい目で見守られている感じがして、いたまれなかったんです。だって、ベッドは一人用なんですよ? どれだけ我慢して狭いところで寝ることになるか、わかっているんですか? そんなところで一晩我慢できるほど離れがたいと思っているなんて、絶対知られたくないです」
つまり、ソランは二人の仲について何か言われるのが嫌なのではなく、私といると胸が高鳴ってしかたなく、それを指摘されるのがいたたまれないと言っているのだろうか。それは、恥ずかしいというより、単に恋故の感情に戸惑っているだけなのでは?
勝手にゆるんでくる口元に手をやって、隠す。うっかり見られたら、なぜ笑うんだと怒るかもしれない。今は話をややこしくしたくなかった。
もちろん、とんでもなく気にするポイントがずれているのは、おかしくてかわいらしい。ソランに口説いている気がないのも、今までに散々学習してわかっている。
だが、私の我慢が足りないのだけが、本当に問題なのだろうか? こんな告白をされて正気でいられる男は、恋人でもなんでもないだろう。
「私の脈を計ってみよ」
ソランは顔を上げた。ほとんど条件反射のようなものなのだろう。差し出した手を取り、診やすいようにベッドの上まで引いて、そこで手首の脈を探して指を当てた。幾許もなく真剣な顔になって起き上がり、首に触れてきた。
「少し速いですね。熱は」
その手に手を重ね、しっかり捕まえてから理由を告げる。
「さあ、どうかな。あったとしても、それは全部おまえのせいだ。おまえだけがそうなるわけではない。私もおまえといれば、どきどきして、ふわふわして、心臓が壊れそうになって、それから平常心でいられなくなる、だったか? 同じだ。だから、おまえに触れたくなるのだ」
「殿下も?」
信じ難そうに呟く。
「アティスと呼べと言っただろう。そうすればもっと速くなる。呼んでみればいい」
黙っているソランに、さあ、と促す。
「アティス、様」
「うん」
いい呼び声だった。面映ゆそうな表情もいい。思わず微笑むと、ソランはなんとも色っぽい顔をした。本人は少しも気付いていないのだろうが。抱き締めて、口付けてほしいと言っているようだった。
だから、そうした。しても、ソランは腕の中でおとなしかった。
「離れたくない。こうしていたい。それは私だけの我儘か?」
目を覗き込んで囁くと、切なそうに目を細めて、横に首を振った。安心して片腕で抱きなおし、空いた手を伸ばして掛け布団をめくる。次にソランの剣帯を外し、ベッドの上に放り投げた。それから、彼女の室内履きと上着を脱がし、抱き上げて、ベッドの上に下ろす。
ソランは剣を改めてヘッドボードへと置きなおしている。私も自分の上着と靴を脱ぎ散らかしてベッドに上り、剣も外してソランの剣の横に置いた。掛け布団を引き上げて、中に滑り込む。
確かに狭かった。下手に寝返りを打てば、転げ落ちるだろう。
「もっとこちらにどうぞ」
ソランが引き寄せようと、無防備に背中に手をまわしてきた。何度体を重ねても、その相変わらずの無垢ぶりに、本当の悪女というのは、こういうのを言うのだろうと思った。無邪気に男心を掴んで、決して逸らさせない。
ソランがそれを自覚しないかぎり、いつでも悪者は私になるのだろう。
それでよかった。ソランにとっての悪者が、私だけであるのなら。
彼女に身を寄せ、腰に手を滑らせる。どうせ悪者なら、せいぜい悪者らしくふるまって、思いのままに、期待を裏切らない行動で応えることにしたのだった。
「あんなふうに、婚約を伝える予定じゃなかったんです。もっと、ちゃんと紹介しようと思っていたのに。なんか、うやむやになっちゃったじゃないですか」
恨みがましさがこもる声に、そうだっただろうかと首を捻った。むしろソランらしくて、領民たちとのやりとりも微笑ましくて好ましかったが。ことにあの歌は素晴らしいものだった。
「いろいろ考えていたんです。順番とか、言い方とか。領主に就任して初めてだし、ちゃんとしなければって。それが全部、ぱあです。失われた神だってことも、殿下が英雄の君だってことも、伝えなきゃって思っていたのに、言い出せなくなっちゃったじゃないですか」
それは別に、死ぬまでに教えればいいことなのでは? ソランの性格で言い出せなかったのは当たり前だろう。それを言ったら、だから従え、と強要するみたいになりかねないのだから。
「……こんなこと、言うつもりなかったのに。ごめんなさい。八つ当たりです。本当はわかっているんです。私が足りてないだけだって。殿下は、天性の女たらしの才能があるから平気かもしれませんけど、私は、駄目なんです。どきどきして、ふわふわして、心臓がこわれそうになって、平常心ではいられなくなってしまうんです。だから、人前では絶対離れていてほしいんです。それに、一緒の部屋で寝てたなんて目で、明日見られたくないんです。今日だって、溜まった報告を聞いてても、生まれた子供たちに祝福をしてても、なまぬるーい目で見守られている感じがして、いたまれなかったんです。だって、ベッドは一人用なんですよ? どれだけ我慢して狭いところで寝ることになるか、わかっているんですか? そんなところで一晩我慢できるほど離れがたいと思っているなんて、絶対知られたくないです」
つまり、ソランは二人の仲について何か言われるのが嫌なのではなく、私といると胸が高鳴ってしかたなく、それを指摘されるのがいたたまれないと言っているのだろうか。それは、恥ずかしいというより、単に恋故の感情に戸惑っているだけなのでは?
勝手にゆるんでくる口元に手をやって、隠す。うっかり見られたら、なぜ笑うんだと怒るかもしれない。今は話をややこしくしたくなかった。
もちろん、とんでもなく気にするポイントがずれているのは、おかしくてかわいらしい。ソランに口説いている気がないのも、今までに散々学習してわかっている。
だが、私の我慢が足りないのだけが、本当に問題なのだろうか? こんな告白をされて正気でいられる男は、恋人でもなんでもないだろう。
「私の脈を計ってみよ」
ソランは顔を上げた。ほとんど条件反射のようなものなのだろう。差し出した手を取り、診やすいようにベッドの上まで引いて、そこで手首の脈を探して指を当てた。幾許もなく真剣な顔になって起き上がり、首に触れてきた。
「少し速いですね。熱は」
その手に手を重ね、しっかり捕まえてから理由を告げる。
「さあ、どうかな。あったとしても、それは全部おまえのせいだ。おまえだけがそうなるわけではない。私もおまえといれば、どきどきして、ふわふわして、心臓が壊れそうになって、それから平常心でいられなくなる、だったか? 同じだ。だから、おまえに触れたくなるのだ」
「殿下も?」
信じ難そうに呟く。
「アティスと呼べと言っただろう。そうすればもっと速くなる。呼んでみればいい」
黙っているソランに、さあ、と促す。
「アティス、様」
「うん」
いい呼び声だった。面映ゆそうな表情もいい。思わず微笑むと、ソランはなんとも色っぽい顔をした。本人は少しも気付いていないのだろうが。抱き締めて、口付けてほしいと言っているようだった。
だから、そうした。しても、ソランは腕の中でおとなしかった。
「離れたくない。こうしていたい。それは私だけの我儘か?」
目を覗き込んで囁くと、切なそうに目を細めて、横に首を振った。安心して片腕で抱きなおし、空いた手を伸ばして掛け布団をめくる。次にソランの剣帯を外し、ベッドの上に放り投げた。それから、彼女の室内履きと上着を脱がし、抱き上げて、ベッドの上に下ろす。
ソランは剣を改めてヘッドボードへと置きなおしている。私も自分の上着と靴を脱ぎ散らかしてベッドに上り、剣も外してソランの剣の横に置いた。掛け布団を引き上げて、中に滑り込む。
確かに狭かった。下手に寝返りを打てば、転げ落ちるだろう。
「もっとこちらにどうぞ」
ソランが引き寄せようと、無防備に背中に手をまわしてきた。何度体を重ねても、その相変わらずの無垢ぶりに、本当の悪女というのは、こういうのを言うのだろうと思った。無邪気に男心を掴んで、決して逸らさせない。
ソランがそれを自覚しないかぎり、いつでも悪者は私になるのだろう。
それでよかった。ソランにとっての悪者が、私だけであるのなら。
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