暁にもう一度

伊簑木サイ

文字の大きさ
219 / 272
閑話集 こぼれ話

酒癖(ディー編)

しおりを挟む
 密談も行われるようなある高級料理店の一室で、ディーは酔ってクダを巻いていた。

「今日だって人前でソラン様にべったべった触りまくって、しまいにはディープなキスをやらかして突き飛ばされたくせに、空気を読まない俺が悪いって言うんだ! 空気読んでないのはあなたでしょーに!」

 ううう、酷すぎる~。そう言ってテーブルに突っ伏すが、おそらくあれは泣き真似だろう。同僚たちは、おざなりに、はいはい、と返事をし、来たばかりのつまみがなくならないうちに、口の中に放り込んだ。
 ディーは再びがばっと身を起こし、腕を振って語りはじめる。

「何がいけないって、あの人、王子だから、羞恥心とかないんだよ。だって、生まれた時から衆人環視の中で生きているんだから、そんなのあったら、生きていられないでしょ? それに王子だから、空気も読まないし。あの人、読めないんじゃないんだよ。読めなきゃ今頃暗殺されてるよ。単に読まないだけなんだよ、面倒だから。好きにやりたい放題やって、その皺寄せを全部俺に押し付けるんだ、あの人、王子だから! 生まれる前からそうなんだよ。なにしろ、王子だから!」

 いや、生まれる前はないでしょう、と誰もが思うが、面倒なので突っ込まない。むしろ先を争ってつまみを自分の口に突っ込む。

「ううううう。自分ばっかりずるい~。あっちは新婚でもこっちは一人身だっての! 王子だからって見せ付けていいものと悪いものがあると思わない、ねえ?」

 新婚なんだからしかたなかろうよ、とは、やはり誰も言わない。自分の身がかわいければ黙っているに限るからだ。
 ディーは絡み酒だ。しかも王子王子と煩い。どんだけ上司が好きなんだ、という話である。大好きな上司が妻にかまけてばかりいるので、寂しいのだろう。
 と本人に言ったら、そんなわけあるかーっ。俺がどんだけあの横暴上司に振り回されていると思っているんだーっ!!! と暴れるので、絶対に言わない。二度も同じ惨劇を繰り返す気は、誰にもなかった。

「誰だよ、あれを誘ったの」
「違う違う、あっちが俺たちを誘ったの。今日は奢るからって」
「そうだと知ってれば来ねーよ。こいつが奢るって迷惑料だろ? そのつもりでやってるんだもんなあ、まったく」
「でも、時々ガス抜きしといてやんないと、こいつが倒れたら、次、俺たちのうちの誰かだから」
「ああ~、それは勘弁だよなあ」

 殿下の副官を死なないでこなせるのはディーぐらいだ、と皆思っている。殿下がその気で動くと、その後ろには死屍が累々と、まではいかないが、過労死寸前の部下が足の踏み場もないほど転がるということになる。
 比喩ではなく、恐ろしいことに実際の光景となることが珍しくない。いつだったか、情報立案局の事務所の床に、力尽きた局員がごろごろ転がって、暗殺者の襲撃があったのかというような状態になったこともあった。

 あの方のやる気は迷惑なのだ。非常時にはとんでもなく頼りになるが、平時はむしろ、ディーにすべてを押し付け、妻にかまけていてくれた方が、どれだけまわりにとって平和であるか知れない。
 しかも、それもしばらくの平和なのだ。妃殿下が出産して復帰されれば、いよいよ殿下は兵制の改革に着手されるだろう。身重であることを慮っておとなしくされ、ついでに妃殿下が身動きままならないのをいいことに、恥ずかしがって嫌がるのを悪趣味にも楽しみつつ、いちゃついておられるのは、束の間の休息に過ぎない。

 彼らは、妃殿下をお気の毒に思いながらも見て見ぬ振りをして、いつでもそそくさとその場を退出する。眉間の皺がトレードマークで、女と見れば無言で凄んでいた殿下のお姿を知っているだけに、いっそ微笑ましいとすら思っているのであった。
 なにしろ、あまりの女嫌いに男色の噂まであった殿下だ。自分が生贄にならなかっただけでも儲けものである。愛人ではなく正妃に鼻の下を伸ばしておられるなら、こんなありがたい話はないのだ。

 まあ、そんな風に休暇を満喫していらっしゃるので、必然的にディーは忙しい。兵制の改革の下準備だ、それに伴う法改正だ、根回しだ、というだけでも重量級の仕事量なのに、海軍の創設とそれに伴う軍港の建設に軍船の建造、他にも砲兵隊の創設だの、バートリエ砦の建設だの、エランサとの交渉だの、殺人的なスケジュールを捌いている。
 最終的な判断は殿下と将軍と宰相がなさっておられるが、そこまで纏めて持っていくのはディーである。いつも軽口ばかりたたいているが、彼は有能で豪腕であった。

 ディーが切れるか倒れるかしたらなどと考えたくもない。そうなるくらいなら、彼の絡み酒に付き合った方がマシである。
 というわけで、彼らは諦めた。別名、放置する、ともいう。
 まずは呼び鈴を鳴らし、ボーイを呼ぶ。そして高級酒の注文と、自腹では食う気のしない高額な珍味の追加をする。高給取りの上司様の奢りである。遠慮するだけ失礼である。
 そうして彼らはディーが酔いつぶれるまで、楽しく美味しく付き合ったのだった。



 もちろん友情に厚い彼らは、後日奢ってくれたお礼に、皆で割り勘で奢り返してあげたのは言うまでもない。
 ついでに、殿下に(ディーの陥っている)事態の改善を申請(告げ口)したのも、厚い友情故であった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...