暁にもう一度

伊簑木サイ

文字の大きさ
220 / 272
閑話集 こぼれ話

ディーの休暇1

しおりを挟む
「ディー、一人身が淋しいそうだな」

 用事を済ませて帰ってくると、殿下はソファに腰掛けて、ソラン様を膝の上に乗せておられた。はっきり言えば、背の高いソラン様では、胸元に寄りかからせて抱え込むなどという可愛いことはできない。ではどうするのかというと、両腕を自分の首にまわさせるのである。つまり、ソラン様から抱きつかせて、安定した体勢にするのだ。それはそれで、非常に目に毒な姿だった。

 初め、ソラン様は恥ずかしがって、ずいぶんと抵抗しておられたが、殿下に諦めるとか折れるとか空気を読むとかいう選択肢はない。逆らうだけ無駄というものだ。この頃では休憩時間などお二人で過ごされる前提の時は、羞恥心に躊躇いつつも、殿下の望むようにしておられる。
 今も、殿下の首元に顔を隠すようにしておられるが、耳から首筋から真っ赤である。どうも、恥ずかしいからというだけでなく、雰囲気的に、なにかされていたのだろうと思われた。

 俺の視線に気付いて、殿下はニヤリとしながらソラン様の頭に手をやり隠された。見るな、もったいない、減るだろう、というわけだ。
 だったら、人前では控えたらどうですか、と思わずにはいられない。こっちだって、見ようと思って見ているのではない。目の前で正々堂々とやられたら、誰だって目に入るに決まっている。気を利かせるべきなのは俺ではなく、殿下が控えるべきであるはずだ。

 女に興味がないと思っていたら、意中の女ができた途端これである。どうしてこの人には中庸というものがないのだろう。何事であれ、極端なことしかなさらない。本当に、王子でなければただの迷惑な人だ。
 俺は努めて視線を落として、殿下に書類を提出した。

「こちらはこれで本決まりです。すぐに目を通していただけますか」

 殿下は書類を取られて、ソラン様にも見やすい場所に掲げられた。ソラン様もこうなると頭の切り替えは早い。隠していた顔を上げられて、二人で顔を並べて真剣な様子で読んでおられる。
 やがて読み終わると小声で言葉を交わされ、満足気に頷かれる。少しこちらに身を乗り出して、テーブルの上のペンを取られると、紙をソラン様に押さえさせて、署名をされた。

「早速取り掛かるように指示しろ。そうしたらおまえには十日の休暇をやる。実家に戻って片をつけてこい」

 書類を取ろうと伸ばした手が、思わず止まる。

「はい?」
「休暇をくれてやると言っている。実家で有意義に使って来い。いっそ華々しくふられて散ってくるがいい」

 振られてだの、散ってだのという単語で、婚約者のことを言われていると、やっと気付く。

「どういう前提ですか。散るもなにも、あとは彼女が気に入った男を連れてくればいいだけで」
「それには次期の座を返上するのが必要だろう。とにかく、これから更に忙しくなるのに、面倒事にかかずらってる暇はない。今の内に身辺を整理しろ」
「いえ、特に必要ありません。ご迷惑は決して掛けませんよ」
「良い心がけだと言いたいところだが、全然信用ならんな。迎えが来ているぞ」

 嫌な予感が膨らむ。殿下が、入れ、と別室に続く扉に声をかけると、そこからシリンが現れた。
 金茶の柔らかそうな髪をふんわりと結い上げた姿は小柄で、優しげに見える垂れ気味の目尻といい、浮ついたところのない丁寧な所作といい、十人中七人の男は、恋人ではなく妻にしたい女として認識するだろう。

「お久しぶりです、ディー。お母様がお呼びになっておられます。どうか一度お帰り願えませんか」

 数年ぶりに会った従姉妹にして婚約者は、相変わらず冷めた瞳で俺を見て、お願いという名の命令を申し渡してきたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...