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閑話 ルティンの恋
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予告なく病室に入ったのは、単に先手必勝の法則に乗っただけだった。中に入ったところで目深に被っていたフードを除けた将軍を目にした彼らは、一斉に起き上がろうとして、一人残らず呻いて無様に崩れた。ひどい怪我をしているのだから当たり前だろう。
『将軍』
誰からともなく口々に呼びかけた彼らを、彼女は冷ややかに見まわした。
『おまえたちは、最早私の部下ではない。そう言ったはずだが?』
『将軍の命に従わなかったこと、お怒りは重々承知です。ですが』
頬に傷のある精悍な顔付きの男が言い募ろうとするのを、彼女はよくとおる声でさえぎった。
『本来なら死を以って償わせるところだが、私を将軍に任じた聖王を殺した身では、その権限もないだろう。その意味でも、おまえたちは私の部下ではないのだ。そのくらいのことはわかると思ったのだが、それもわからぬほど愚かだったか』
『我らは聖王に仕えたのではありません。将軍であろうとなかろうと、あなたに仕えたのです』
彼女は億劫そうに目を逸らし、溜息を吐いた。
『私の命令を守れぬような者はいらん。この期に及んで、まだ私にすがりつくつもりか。おまえたちなぞ、うんざりだ』
辛らつな言葉に、彼らは黙り込んだ。諦めた様子はなかったが、言葉ではどうにもできないと悟ったのだろう。
『わかりました。申し訳ありません。どうしていらっしゃるか、将軍のご様子を一目なりと確かめたかったのです』
男たちの抑えた物言いに、彼女は彼らに視線を戻した。
『二度と私に関わるな。これからは自分の面倒は自分で見るしかないと悟れ』
言葉もなく彼女を一心に見詰める男たちそれぞれに視線をとめた後、彼女は無言で踵を返した。少し離れて後ろに立っていたルティンに、このまま行かせろとばかりに、有無を言わせぬ一瞥を投げつける。
ルティンは彼女に向かってものやわらかに右手を伸ばした。びくりとして立ち止まった彼女の前に立ち、後ろのフードを引っ張って頭に被せる。片手ではうまくゆかず、両手を使って整えると、その両腕の中で固まってこちらを凝視している彼女に気付いて、思わず笑ってしまった。見ようによっては、鋭い目つきで睨んでいるようにも見える。でも、そうでないことは、もうわかっていた。
あんなむさくるしい男たちに囲まれていたにもかかわらず、彼女はどうやら男慣れしていないようだった。殺し合いだったらたじろがないのだろうが、ちょっとしたことで気遣われると、どうしたらいいのかわからないらしい。
あれほど心配していた部下たちへの高飛車な態度といい、これといい、気付いてしまえば、なんと言えばいいのか、胸の奥をくすぐられるような感情を刺激される。
「ハイデッカー、部屋まで送ってさしあげろ」
振り返ることなく、戸口に立つ彼に指示を出す。そうしながら、彼女には改めて微笑みかけた。
『お先にお戻りください。お気をつけて』
彼女はコクリと頷いた。ルティンは、やってきたハイデッカーに彼女を引き渡した。
彼女の足音が聞こえなくなったところで、ルティンは男たちに向き合った。
『ウルティア将軍の身柄は、安全な場所で匿っています。けれど、あなた方が問題を起こせば、彼女はこうして人前に出て、危険に身を曝さなければならなくなる。彼女を守る心積もりがあるのならば、それなりの身の処し方をよく考えてください』
これは誰だ、その顔はなんだ、どうして将軍に馴れ馴れしいのか、といった戸惑いが感じられた。それにはかまわず、ルティンはクーリィとウィラーに合図して食事を運び込ませた。
『まずは食事を。その後、この二人がバルトロー総督からのメッセージを聞きましょう』
彼らは一様に驚いた顔をした。一人が、なぜそれを、と声をあげた。鎌をかけただけだが、どうやら引っかかったようだ。
『将軍に詳しくお話を伺いましたから』
意識して温和にニッコリしてみせると、彼らは目を見開いて固まった。唾をごくりと飲みこむ者までいる。
ルティンの美貌は老若男女関係なく人を惹きつける。厄介な代物だが、有効に使えば、こうして便利な面もあった。初対面でも簡単に人の好意を得易いのだ。そして、かなり辛らつなことを言っても相殺されてしまうようで、反感を買いにくい。
ハイデッカーなどのように、おまえの笑顔からは黒いものが滲み出ている、と言って鳥肌を鎮めるために両腕をさする人間は、百人に一人いるかどうかだ。
『将軍は私が責任を持ってお預かりしています。先ほどのご様子からも、心配ないことはわかってもらえたと思うのですが』
彼らの表情が固くなり、動揺が目に現れた。ハイデッカーが昨日していたのと同じ心配をしている雰囲気だった。というより、もっと直接に危惧しているようだ。無理もない。エーランディアでは、敵国の女を殺しはしなくても手篭めにする。それが常識の者からしてみたら、そうでないことなど想像もできないだろう。
少々親密に見えるようにふるまっても、彼女は嫌がる素振りを見せなかった。あの高飛車さが標準ならば、それも恐らく驚きだろう。
彼らには、ルティンが彼女の信頼を得ていると誤解させておきたかった。その方が、彼らの協力も得易いはずだからだ。
『ウィシュタリアこそがどこよりも将軍を守れること、ゆめゆめお忘れなきようお願いします』
ルティンは華やかな笑みとともに、脅しを、優しげに捕虜たちに伝えた。
『将軍』
誰からともなく口々に呼びかけた彼らを、彼女は冷ややかに見まわした。
『おまえたちは、最早私の部下ではない。そう言ったはずだが?』
『将軍の命に従わなかったこと、お怒りは重々承知です。ですが』
頬に傷のある精悍な顔付きの男が言い募ろうとするのを、彼女はよくとおる声でさえぎった。
『本来なら死を以って償わせるところだが、私を将軍に任じた聖王を殺した身では、その権限もないだろう。その意味でも、おまえたちは私の部下ではないのだ。そのくらいのことはわかると思ったのだが、それもわからぬほど愚かだったか』
『我らは聖王に仕えたのではありません。将軍であろうとなかろうと、あなたに仕えたのです』
彼女は億劫そうに目を逸らし、溜息を吐いた。
『私の命令を守れぬような者はいらん。この期に及んで、まだ私にすがりつくつもりか。おまえたちなぞ、うんざりだ』
辛らつな言葉に、彼らは黙り込んだ。諦めた様子はなかったが、言葉ではどうにもできないと悟ったのだろう。
『わかりました。申し訳ありません。どうしていらっしゃるか、将軍のご様子を一目なりと確かめたかったのです』
男たちの抑えた物言いに、彼女は彼らに視線を戻した。
『二度と私に関わるな。これからは自分の面倒は自分で見るしかないと悟れ』
言葉もなく彼女を一心に見詰める男たちそれぞれに視線をとめた後、彼女は無言で踵を返した。少し離れて後ろに立っていたルティンに、このまま行かせろとばかりに、有無を言わせぬ一瞥を投げつける。
ルティンは彼女に向かってものやわらかに右手を伸ばした。びくりとして立ち止まった彼女の前に立ち、後ろのフードを引っ張って頭に被せる。片手ではうまくゆかず、両手を使って整えると、その両腕の中で固まってこちらを凝視している彼女に気付いて、思わず笑ってしまった。見ようによっては、鋭い目つきで睨んでいるようにも見える。でも、そうでないことは、もうわかっていた。
あんなむさくるしい男たちに囲まれていたにもかかわらず、彼女はどうやら男慣れしていないようだった。殺し合いだったらたじろがないのだろうが、ちょっとしたことで気遣われると、どうしたらいいのかわからないらしい。
あれほど心配していた部下たちへの高飛車な態度といい、これといい、気付いてしまえば、なんと言えばいいのか、胸の奥をくすぐられるような感情を刺激される。
「ハイデッカー、部屋まで送ってさしあげろ」
振り返ることなく、戸口に立つ彼に指示を出す。そうしながら、彼女には改めて微笑みかけた。
『お先にお戻りください。お気をつけて』
彼女はコクリと頷いた。ルティンは、やってきたハイデッカーに彼女を引き渡した。
彼女の足音が聞こえなくなったところで、ルティンは男たちに向き合った。
『ウルティア将軍の身柄は、安全な場所で匿っています。けれど、あなた方が問題を起こせば、彼女はこうして人前に出て、危険に身を曝さなければならなくなる。彼女を守る心積もりがあるのならば、それなりの身の処し方をよく考えてください』
これは誰だ、その顔はなんだ、どうして将軍に馴れ馴れしいのか、といった戸惑いが感じられた。それにはかまわず、ルティンはクーリィとウィラーに合図して食事を運び込ませた。
『まずは食事を。その後、この二人がバルトロー総督からのメッセージを聞きましょう』
彼らは一様に驚いた顔をした。一人が、なぜそれを、と声をあげた。鎌をかけただけだが、どうやら引っかかったようだ。
『将軍に詳しくお話を伺いましたから』
意識して温和にニッコリしてみせると、彼らは目を見開いて固まった。唾をごくりと飲みこむ者までいる。
ルティンの美貌は老若男女関係なく人を惹きつける。厄介な代物だが、有効に使えば、こうして便利な面もあった。初対面でも簡単に人の好意を得易いのだ。そして、かなり辛らつなことを言っても相殺されてしまうようで、反感を買いにくい。
ハイデッカーなどのように、おまえの笑顔からは黒いものが滲み出ている、と言って鳥肌を鎮めるために両腕をさする人間は、百人に一人いるかどうかだ。
『将軍は私が責任を持ってお預かりしています。先ほどのご様子からも、心配ないことはわかってもらえたと思うのですが』
彼らの表情が固くなり、動揺が目に現れた。ハイデッカーが昨日していたのと同じ心配をしている雰囲気だった。というより、もっと直接に危惧しているようだ。無理もない。エーランディアでは、敵国の女を殺しはしなくても手篭めにする。それが常識の者からしてみたら、そうでないことなど想像もできないだろう。
少々親密に見えるようにふるまっても、彼女は嫌がる素振りを見せなかった。あの高飛車さが標準ならば、それも恐らく驚きだろう。
彼らには、ルティンが彼女の信頼を得ていると誤解させておきたかった。その方が、彼らの協力も得易いはずだからだ。
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