暁にもう一度

伊簑木サイ

文字の大きさ
249 / 272
閑話 ルティンの恋

8-2

しおりを挟む
 予告なく病室に入ったのは、単に先手必勝の法則に乗っただけだった。中に入ったところで目深に被っていたフードを除けた将軍を目にした彼らは、一斉に起き上がろうとして、一人残らず呻いて無様に崩れた。ひどい怪我をしているのだから当たり前だろう。

『将軍』

 誰からともなく口々に呼びかけた彼らを、彼女は冷ややかに見まわした。

『おまえたちは、最早私の部下ではない。そう言ったはずだが?』
『将軍の命に従わなかったこと、お怒りは重々承知です。ですが』

 頬に傷のある精悍な顔付きの男が言い募ろうとするのを、彼女はよくとおる声でさえぎった。

『本来なら死を以って償わせるところだが、私を将軍に任じた聖王を殺した身では、その権限もないだろう。その意味でも、おまえたちは私の部下ではないのだ。そのくらいのことはわかると思ったのだが、それもわからぬほど愚かだったか』
『我らは聖王に仕えたのではありません。将軍であろうとなかろうと、あなたに仕えたのです』

 彼女は億劫そうに目を逸らし、溜息を吐いた。

『私の命令を守れぬような者はいらん。この期に及んで、まだ私にすがりつくつもりか。おまえたちなぞ、うんざりだ』

 辛らつな言葉に、彼らは黙り込んだ。諦めた様子はなかったが、言葉ではどうにもできないと悟ったのだろう。

『わかりました。申し訳ありません。どうしていらっしゃるか、将軍のご様子を一目なりと確かめたかったのです』

 男たちの抑えた物言いに、彼女は彼らに視線を戻した。

『二度と私に関わるな。これからは自分の面倒は自分で見るしかないと悟れ』

 言葉もなく彼女を一心に見詰める男たちそれぞれに視線をとめた後、彼女は無言で踵を返した。少し離れて後ろに立っていたルティンに、このまま行かせろとばかりに、有無を言わせぬ一瞥を投げつける。
 ルティンは彼女に向かってものやわらかに右手を伸ばした。びくりとして立ち止まった彼女の前に立ち、後ろのフードを引っ張って頭に被せる。片手ではうまくゆかず、両手を使って整えると、その両腕の中で固まってこちらを凝視している彼女に気付いて、思わず笑ってしまった。見ようによっては、鋭い目つきで睨んでいるようにも見える。でも、そうでないことは、もうわかっていた。

 あんなむさくるしい男たちに囲まれていたにもかかわらず、彼女はどうやら男慣れしていないようだった。殺し合いだったらたじろがないのだろうが、ちょっとしたことで気遣われると、どうしたらいいのかわからないらしい。
 あれほど心配していた部下たちへの高飛車な態度といい、これといい、気付いてしまえば、なんと言えばいいのか、胸の奥をくすぐられるような感情を刺激される。

「ハイデッカー、部屋まで送ってさしあげろ」

 振り返ることなく、戸口に立つ彼に指示を出す。そうしながら、彼女には改めて微笑みかけた。

『お先にお戻りください。お気をつけて』

 彼女はコクリと頷いた。ルティンは、やってきたハイデッカーに彼女を引き渡した。
 彼女の足音が聞こえなくなったところで、ルティンは男たちに向き合った。

『ウルティア将軍の身柄は、安全な場所で匿っています。けれど、あなた方が問題を起こせば、彼女はこうして人前に出て、危険に身を曝さなければならなくなる。彼女を守る心積もりがあるのならば、それなりの身の処し方をよく考えてください』

 これは誰だ、その顔はなんだ、どうして将軍に馴れ馴れしいのか、といった戸惑いが感じられた。それにはかまわず、ルティンはクーリィとウィラーに合図して食事を運び込ませた。

『まずは食事を。その後、この二人がバルトロー総督からのメッセージを聞きましょう』

 彼らは一様に驚いた顔をした。一人が、なぜそれを、と声をあげた。鎌をかけただけだが、どうやら引っかかったようだ。

『将軍に詳しくお話を伺いましたから』

 意識して温和にニッコリしてみせると、彼らは目を見開いて固まった。唾をごくりと飲みこむ者までいる。
 ルティンの美貌は老若男女関係なく人を惹きつける。厄介な代物だが、有効に使えば、こうして便利な面もあった。初対面でも簡単に人の好意を得易いのだ。そして、かなり辛らつなことを言っても相殺されてしまうようで、反感を買いにくい。
 ハイデッカーなどのように、おまえの笑顔からは黒いものが滲み出ている、と言って鳥肌を鎮めるために両腕をさする人間は、百人に一人いるかどうかだ。

『将軍は私が責任を持ってお預かりしています。先ほどのご様子からも、心配ないことはわかってもらえたと思うのですが』

 彼らの表情が固くなり、動揺が目に現れた。ハイデッカーが昨日していたのと同じ心配をしている雰囲気だった。というより、もっと直接に危惧しているようだ。無理もない。エーランディアでは、敵国の女を殺しはしなくても手篭めにする。それが常識の者からしてみたら、そうでないことなど想像もできないだろう。

 少々親密に見えるようにふるまっても、彼女は嫌がる素振りを見せなかった。あの高飛車さが標準ならば、それも恐らく驚きだろう。
 彼らには、ルティンが彼女の信頼を得ていると誤解させておきたかった。その方が、彼らの協力も得易いはずだからだ。

『ウィシュタリアこそがどこよりも将軍を守れること、ゆめゆめお忘れなきようお願いします』

 ルティンは華やかな笑みとともに、脅しを、優しげに捕虜たちに伝えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...