暁にもう一度

伊簑木サイ

文字の大きさ
266 / 272
閑話集 四季折々

星に願いを(冬至)

しおりを挟む
 天に輝く星々は、その昔、主神セルレネレスが創造したもうたものだという。
 月のない晩に、真っ暗なだけだった夜空を飾り、その下で、美しいものが大好きな美の神リエンナを口説いたのだそうだ。
 けれど、リエンナはにっこりと笑って言ったという。

「我らが偉大なる輝かしきあなた。今宵のあなたは、夜に輝く月のよう。満ちもすれば、姿を見せぬこともありましょう。私は、小さくとも夜毎に変わらず美しく光る、あの小さな星を愛します」

 そうして星々はリエンナの祝福を受け、女神と共に、地上に灯る愛を見守る存在となったのだった。



「気がすすまん」

 回廊を歩きながら、まだそんなことを言う兄に振り返り、ミルフェ姫は、キッと睨み据えた。

「ですから、説明しましたでしょう? 夜の最も長くなる冬至の日は、星々に願い事をするのに一番良い日なのです。だいたい、一番必要だと思われるお兄様がお願いしなくてどうするのですか。私、今回は今までになく力を込めて、祭壇を作ったのです。それもこれもお兄様のためです。なにがなんでもお祈りしてもらいます!」
「だからどうして、私に必要だというのだ。なあ、ソラン」

 妹にニヤリと笑ってみせてから、腕を組んで隣を歩く妻のこめかみに、自然に唇を寄せた。
 ソランは頬を染めて上目遣いで、人前では控えてください、と小声で抗議したが、その様子があまりに可憐だったので、夫である殿下は聞き流した。ぜひまたこの顔を見たいと思ったのだ。

「……まあ、無口で無愛想なのは脱したと認めましょう。けれど、頑固でわからずやなのは変わらないではないですか。いつお義姉様に呆れられるかと、私、心配で、心配で」

 ミルフェ姫は、兄の反対側から、すがりつくように義姉の手を取った。

「言ってやれ、ソラン。私の欠点など見当たらないと」
「おかしなことを言わないでください! いいのですよ、お義姉様。私が味方です。いいえ、私だけでなく、父や母やエルファリアお兄様も味方です。アティスお兄様の至らない点は、私たちで必ず直させますから、どうぞ遠慮なく仰ってください」
「え、あの、その」

 左右を一歩も引かない兄妹に挟まれ、ソランは答えに窮した。

「ああ、すまない、ソラン」

 アティス殿下は思い出したように言うと、妹の手を妻の手から叩き落して、妻の体を抱きこみ、ぐるりと反対側に移動させた。

「私のどこが好きかと聞いたら、どこと言えないくらい全部だと言ってくれたのは、二人だけの秘め事だったな」

 とたんに、妃殿下は頭の先まで真っ赤になり、いたたまれないというように、自分の耳を両手で覆った。本当は、ミルフェ殿下を筆頭に、まわりにいる護衛たちの耳を塞いでまわりたかったのだろうが、それは無理で無駄な話だった。
 恥らいきって、最早目に涙まで浮かべている。それもまた可愛らしいと、アティス殿下は満足な面持ちで、腕の中の妻を見下ろすのだった。
 そうしながら、妹に苦言を呈す。

「これ以上、いったい何を望めというのだ。生涯の愛か? 永遠の愛か? 愛想を尽かされているかもしれないのに、神の力で愛する者の心を歪めて、ずっと自分に縛りつけておきたいと? そんなものに、どんな価値があるというのだ。それは、己の幸せではあっても、相手の幸せとは違うだろう。それが本当に美しいものに価値を見出すリエンナの心に適うと思うのか?」

 ミルフェ姫は押し黙った。ちょうど手が届く部分のスカートを握り締め、全身を強張らせて、こちらもだんだん涙目になっていく。そして、我慢しかねたように、声を震わせ、つまらせながら弁解した。

「わ、私は、ただ、末永く、お兄様とお義姉様が、仲良く幸せでいてくれればと、思っただけで」

 それにあわてたのは、兄ではなく義姉の方だった。

「ミルフェ様、お心遣いありがとうございます」

 夫を押しのけ、手を伸ばして、布地に皺を作ってしまっている手を取って、柔らかく包んだ。

「私の幸せまで考えてくださって、とても嬉しいです」
「お義姉様。でも」
「大丈夫です。私はアティス様になんの不満もありません」
「それでも、私、お義姉様に酷いことをするところでした。こんな兄ですもの。いつ愛想を尽かされたっておかしくありません。なのに、お義姉様に我慢をさせようと」
「おい。不満はないと、今、聞いただろう」

 アティス殿下が訂正を入れたが、二人は聞いていなかった。

「ミルフェ様、私たちが婚約した時に、お約束してくださったではないですか。そんな時は、ミルフェ様の許へ来るようにと。だから私は心強くいられるのです」
「おい、ソラン!」

 何を言い出すのかと彼はあわてだした。思わず彼女の肩を抱くが、彼女は義妹と手を取り合って見つめあい、そちらに興味を払わない。

「そうでした。もちろんです。ぜひ、いらしてください。そうしたら一緒に楽しく暮らしましょうね」
「はい。ありがとうございます」
「ちょっと待て! 勝手な約束をするな!」
「お兄様、うるさいです。心が狭いにもほどがあります。それではすぐに、お義姉様に呆れられますよ」

 つい今さっきまで泣きそうになっていたのに、ミルフェ姫は、つんとして生意気な口を利いた。
 アティス殿下は眉間に皺を寄せ、怖い顔になって妹から妻を引き離し、腕の中に囲う。
 すっかり元気を取り戻した姫は、兄にからかう視線を向けて、二人の様子を眺めた後、また少し意気消沈気味になって言った。

「そうですね。よけいなお世話でした。お二人には必要のないものでしたね」
「わかればいい」

 アティス殿下は重々しく頷いた。沈黙が三人の間に落ちる。
 用がないのなら、ミルフェ殿下についていく必要はない。しかし、このまま別れて帰るのは気まずかった。

「あの、ミルフェ様。私の領地では、人は神に願い事をするものではないと言われています」

 ソランが静かに言った。

「まあ。そうだったのですか。では、私、よけいによくないことをするところでした」
「ああ、すみません、そういうことを言いたかったのではないのです。そのかわり、私たちは神に感謝を捧げるのです。今日の一日を与えられたことに感謝いたします、と」
「感謝?」
「はい。ですから、リエンナにも感謝を捧げたらいいと思うのです。愛する人と共に生きられる一日は、リエンナの加護あってのことでしょうから」
「ええ。ええ。そうですね。それは、たとえ離れていたとしても変わりませんわね。生きて、そこにいてくれるのなら」

 ミルフェ姫は遠くにいる婚約者を思ったのだろう。遠い目をしてそう言った。

「ならば、やはり、星々が最も長く輝くこの日に、ぜひ感謝を申し上げなければ」

 義姉の提案に、姫は嬉しげに頷いた。

「はい。そうしましょう! こちらです。もうすぐそこなんですよ。あの木立の向こうに用意してあるのです」

 また先にたって歩きはじめた妹姫のあとを、先程と同じように、二人は腕を組んでついていった。
 アティス殿下が、ふいに尋ねる。

「愛する人か?」

 ソランはちらりと目を上げた。優しい色合いの夫の視線に絡めとられて、照れるよりも幸せな気分で素直に返す。

「はい。愛する人です」

 彼は黙って彼女の唇に、触れるだけの口付けを落とした。



 二人の頭上では、星々が美しく楽しげにさんざめいていた。
 地上で灯された愛の灯めがけて、たくさんの祝福を降らせんとして。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

遊鷹太
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...