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第3話
母とお茶会2
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「それで、どうなったのですか?」
リチェル姫が、無神経に先をうながした。
彼女は弟に一目惚れして以来、他国であるこの王宮に一年以上にわたって居座り、ふられても邪険に扱われてもいっさい気にせず、毎日ルシアンを口説いているのだった。
俺も、いつもならその根性に感嘆して、むしろ弟を口説き落としてくれと応援しているのだが、今はその空気の読まなさかげんが、非常に迷惑なのだった。
なにしろ、ここから話はさらにヒートアップしていくのだから。
「わたくしはブラッド様の胸にしなだれかかり、ブラッド様がわたくしのうなじに手をさし入れて、その優しい瞳に見つめられて、思わず目を閉じてしまいましたの。そうして、彼の熱い吐息がわたくしの唇にかかった時でしたわ。窓の外が、急に明るくなったのです」
俺は耳を塞ぎたい衝動に駆られた。はっきり言えば、そんなことをしていたかどうか、あまり記憶には残っていない。ただ、茶を飲むよりも、いつもどおりに誘惑されていたのは確かだ。
俺は前世で、彼女と深く何かを語り合った記憶がなかった。なぜなら、室内で二人きりになると、まあなんというのか、つまり、夫婦の営みになだれこんでしまいがちだったのだ。
元々根が貧乏百姓のせがれだった俺には、夫婦とはいえ、なんとも破廉恥きわまりない関係に思えたものだった。
だが、彼女の手練手管はすさまじく、すっかり彼女の掌の上で転がされていたのだった。
まったくもって、痛い記憶である。
「まあっ。それでどうなったのですか?」
「ブラッド様はすぐに立ち上がられて、窓の外の様子を見にいかれましたの。外を見つめる真剣な表情はすばらしく、ええ、不謹慎だとは思ったのですが、男性の色気にあふれていらして、わたくし、うっとりと見惚れてしまったのですわ」
とろりとした目で俺を見る。
……もう、そのまなざしの意味は考えたくなかった。
「ブラッド様はふり返られて、わたくしを見つめられました。そして、切なく微笑まれたのです。ああ、もう、その瞳といったら! わたくしに対する愛情がよくわかりましたの。愛していると言葉にされるよりも、雄弁に目で語ってくださったのです」
やめて。やめてくれ。本当に、俺はそんなことをしていたのか。かなり記憶が変質していないか。メデアイヲカタルとか、どこの優男だ。
しかし、会話上手の母の話は、臨場感に満ちている。おかげで、前世の俺と母の婚姻の顛末は、悲劇のラブロマンスとして非常に人気を博し、今では世界中の庶民にまで知れ渡っているのだった。
だから、母に会う者たちは、こんな風に、直に話を聞きたがるのだが。
……お願いだから、その場に俺を呼ばないで欲しい。
俺は、必死に維持している薄笑いの仮面に、とうとうヒビがはいるのを感じた。
「ブラッド様はおっしゃいました。姫、私はすぐに行かねばなりません。かねてからの約束通り、私になにかあった時は、どうぞ私のことはお忘れください。……私はいつでも貴女の幸いを祈っています、と。そして、一つ優雅に礼をなさると、窓を押し開き、窓枠に足をかけて、外に飛び出していってしまわれたのです。わたくしは我に返って、ブラッド様、と呼びかけましたが、きっとその声は届いていなかったのだと思います。わたくしも窓に駆け寄って外を見ましたが、その時にはもう、光は消え、彼の姿はどこにもなかったのです。それきり」
母は声を途切れさせ、涙ぐんだ。レースがふんだんにあしらわれたハンカチで、楚々と目元をぬぐう。
「ブラッド様は、帰ってこられませんでした。わたくしのいるこの王都を、命懸けで守ってくださったのです。わたくしへの愛で、あの方は身を滅ぼしてしまわれたのですわ」
「ああ、アナローズ様、おいたわしい」
リチェル姫も涙をぬぐう。
「でも、ブラッド様は、きっとお幸せでしたわ。たとえ短い間でも、アナローズ様みたいな真の貴婦人を愛し、そして愛されたのですもの」
「ええ。ありがとう、リチェル様。なんて優しい方なのかしら。ブラッド様を失った痛みはけっして癒えませんけれど、ほんの少し、慰められました」
なんの茶番だ。それとも本気なのか? なんでもいい。もう吐きそうだ。痛む胃を押さえ、俺はどろりと目を据わらせた。
しばらくたって、ハンカチからやっと目を上げた母は、ふっと、まともな気配をまとった。俺ではなく、ルシアンとリチェル姫を見て、口を開く。
「こんなことは言いたくありませんが、王族は一国の中枢を担う責があります。いつどんなことがあるかわかりません。あなたたちも、思いを交わせるうちに、寸暇を惜しんでなされた方がよいですよ」
俺は、はっとした。あの愛欲にまみれた生活には、そんな意味があったのかと。
思わず、真剣に母を見てしまう。彼女も俺を見て、一瞬、俺たちの間に、なんとも言いがたい空気が流れ。
「まああっ、アナローズ様! すばらしいアドバイスをありがとうございます。ぜひそうしますわ!!」
リチェル姫があげた、今夜は夜這い確実な雄たけびに、微妙な空気は霧散した。
その時、こんこん、と外から扉が叩かれ、ルシアンが俺の腕を掴んで立ちあがった。
「時間です。では、母上、俺たちはこれで失礼します」
いっそ慇懃無礼とも言えるほどに丁寧に礼をして、俺を引きずるようにして扉へと向かう。
俺も、慌てて一つ頭を下げ、引っ張られるままに部屋の外へと出た。
リチェル姫が、無神経に先をうながした。
彼女は弟に一目惚れして以来、他国であるこの王宮に一年以上にわたって居座り、ふられても邪険に扱われてもいっさい気にせず、毎日ルシアンを口説いているのだった。
俺も、いつもならその根性に感嘆して、むしろ弟を口説き落としてくれと応援しているのだが、今はその空気の読まなさかげんが、非常に迷惑なのだった。
なにしろ、ここから話はさらにヒートアップしていくのだから。
「わたくしはブラッド様の胸にしなだれかかり、ブラッド様がわたくしのうなじに手をさし入れて、その優しい瞳に見つめられて、思わず目を閉じてしまいましたの。そうして、彼の熱い吐息がわたくしの唇にかかった時でしたわ。窓の外が、急に明るくなったのです」
俺は耳を塞ぎたい衝動に駆られた。はっきり言えば、そんなことをしていたかどうか、あまり記憶には残っていない。ただ、茶を飲むよりも、いつもどおりに誘惑されていたのは確かだ。
俺は前世で、彼女と深く何かを語り合った記憶がなかった。なぜなら、室内で二人きりになると、まあなんというのか、つまり、夫婦の営みになだれこんでしまいがちだったのだ。
元々根が貧乏百姓のせがれだった俺には、夫婦とはいえ、なんとも破廉恥きわまりない関係に思えたものだった。
だが、彼女の手練手管はすさまじく、すっかり彼女の掌の上で転がされていたのだった。
まったくもって、痛い記憶である。
「まあっ。それでどうなったのですか?」
「ブラッド様はすぐに立ち上がられて、窓の外の様子を見にいかれましたの。外を見つめる真剣な表情はすばらしく、ええ、不謹慎だとは思ったのですが、男性の色気にあふれていらして、わたくし、うっとりと見惚れてしまったのですわ」
とろりとした目で俺を見る。
……もう、そのまなざしの意味は考えたくなかった。
「ブラッド様はふり返られて、わたくしを見つめられました。そして、切なく微笑まれたのです。ああ、もう、その瞳といったら! わたくしに対する愛情がよくわかりましたの。愛していると言葉にされるよりも、雄弁に目で語ってくださったのです」
やめて。やめてくれ。本当に、俺はそんなことをしていたのか。かなり記憶が変質していないか。メデアイヲカタルとか、どこの優男だ。
しかし、会話上手の母の話は、臨場感に満ちている。おかげで、前世の俺と母の婚姻の顛末は、悲劇のラブロマンスとして非常に人気を博し、今では世界中の庶民にまで知れ渡っているのだった。
だから、母に会う者たちは、こんな風に、直に話を聞きたがるのだが。
……お願いだから、その場に俺を呼ばないで欲しい。
俺は、必死に維持している薄笑いの仮面に、とうとうヒビがはいるのを感じた。
「ブラッド様はおっしゃいました。姫、私はすぐに行かねばなりません。かねてからの約束通り、私になにかあった時は、どうぞ私のことはお忘れください。……私はいつでも貴女の幸いを祈っています、と。そして、一つ優雅に礼をなさると、窓を押し開き、窓枠に足をかけて、外に飛び出していってしまわれたのです。わたくしは我に返って、ブラッド様、と呼びかけましたが、きっとその声は届いていなかったのだと思います。わたくしも窓に駆け寄って外を見ましたが、その時にはもう、光は消え、彼の姿はどこにもなかったのです。それきり」
母は声を途切れさせ、涙ぐんだ。レースがふんだんにあしらわれたハンカチで、楚々と目元をぬぐう。
「ブラッド様は、帰ってこられませんでした。わたくしのいるこの王都を、命懸けで守ってくださったのです。わたくしへの愛で、あの方は身を滅ぼしてしまわれたのですわ」
「ああ、アナローズ様、おいたわしい」
リチェル姫も涙をぬぐう。
「でも、ブラッド様は、きっとお幸せでしたわ。たとえ短い間でも、アナローズ様みたいな真の貴婦人を愛し、そして愛されたのですもの」
「ええ。ありがとう、リチェル様。なんて優しい方なのかしら。ブラッド様を失った痛みはけっして癒えませんけれど、ほんの少し、慰められました」
なんの茶番だ。それとも本気なのか? なんでもいい。もう吐きそうだ。痛む胃を押さえ、俺はどろりと目を据わらせた。
しばらくたって、ハンカチからやっと目を上げた母は、ふっと、まともな気配をまとった。俺ではなく、ルシアンとリチェル姫を見て、口を開く。
「こんなことは言いたくありませんが、王族は一国の中枢を担う責があります。いつどんなことがあるかわかりません。あなたたちも、思いを交わせるうちに、寸暇を惜しんでなされた方がよいですよ」
俺は、はっとした。あの愛欲にまみれた生活には、そんな意味があったのかと。
思わず、真剣に母を見てしまう。彼女も俺を見て、一瞬、俺たちの間に、なんとも言いがたい空気が流れ。
「まああっ、アナローズ様! すばらしいアドバイスをありがとうございます。ぜひそうしますわ!!」
リチェル姫があげた、今夜は夜這い確実な雄たけびに、微妙な空気は霧散した。
その時、こんこん、と外から扉が叩かれ、ルシアンが俺の腕を掴んで立ちあがった。
「時間です。では、母上、俺たちはこれで失礼します」
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俺も、慌てて一つ頭を下げ、引っ張られるままに部屋の外へと出た。
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