しかたなく英雄的最後を迎えた魔法使いの受難

伊簑木サイ

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第4話

アナローズ1

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 俺は、貴族の屋敷が集まる界隈でも最も広い敷地を持つ豪勢な屋敷の庭へと降り立った。相変わらずどこからどう見ても美しく、様々なことに造形が深く趣味のいいアナローズ姫の美意識が行き届いている。

 何とか様式の何とかだと、夕暮れ時に庭を散策しながら説明してくれたことがあったっけと思い出す。そんな興味のない様式名より、彼女の姿に見惚れていたから、詳細は全然覚えていない。そのへんがもう駄目だったよな、と、我が事ながら苦笑いがもれた。

 この屋敷は、俺との結婚祝いに、国王が彼女へ贈ったものの一つだ。彼女には一生遊んで暮らせるだけの財産も持参金としてつけられていて、それら全部が彼女ごと俺に下賜されたというわけだ。
 また、それとは別に、姓も下された。アウレリエ。百年位前に絶えた家名なのだとか。王国の建国期に王家を守った家柄だそうで、その家名の復活は大変めでたいと言われたが、俺は正直、そんな不吉なものはいらないと思ったのだった。別に家名のせいにする気はないが、事実、すぐに死ぬことになったしな。

 ちなみに、王族ではあっても庶民の血の混ざった俺とルシアンに王位継承権はなく、俺たちはアウレリエを名乗っている。ブラッド・アウレリエ。それが俺の名だ。
 王位なんぞに興味はないし、継承問題に巻き込まれでもしたらいい迷惑だから、多少不吉でも、直系の名乗るネニャフルよりはましだろう。

 さて。思いたったままに来てみたが、彼女はここにいるのだろうか。いないようなら、執事を呼び出して居場所を吐かせなければならない。そうするといろいろ面倒事が雪だま式に増えるが、その時はその時か、と深く危惧することもなく、彼女のお気に入りのテラスへと向かった。
 はたして彼女はそこにいた。午後の穏やかな一時ひとときを、庭にしつらえた席で、一人ですごしていた。

 亜麻色の豊かな髪は無造作に下ろしたままにされ、彼女の華奢な肩を覆っていた。化粧もほとんどしていないのだろう、唇は妖艶な赤ではなく、優しい色合いをしていた。瞳の色に合わせたモスグリーンのドレスとあいまって、彼女はまるで花の妖精のようだと思った。
 憂い顔で庭にぼんやりと目をやっていた彼女は、木の陰から出た俺を見て目を見開いた。純粋に驚いている顔だ。なんだかそれが可愛らしくて、俺は思わず微笑んだ。

「姫、お迎えに参りました」

 声もなく一心に俺を見ている彼女に近付き、その傍らで膝をついて、花束をさしだす。

「これは、長くお待たせしたお詫びです。受け取っていただけますか?」
「なぜ、これを?」

 彼女は呆然といった態で条件反射的に受け取り、それでも花へと目を落とす。特に濃いピンクの花弁を選んで触れた指は震えていた。

「あなたと同じ名の花だと聞いて」

 あの時、俺はそうとしか言えなかった。言っている途中で、だからなんだと思ってしまったのだ。花は彼女のように、とても美しかった。彼女と同じ名だと聞いたら、衝動的に手にしたくなった。けれどだからといって、同じ名の花を贈るのは、貴族の女性への贈り物としてどうなのだろうと、わからなくなってしまったのだ。もしかしたら、ものすごくまぬけなことをしているんじゃないかと。

 彼女は花から目を離し、俺を見た。
 信じられないと、彼女の顔に書いてある。でも、信じたいと、どこかすがるような色もあった。何度か唇が言葉を紡ごうと動くが、声が出てこないようだった。

 俺はゆっくりと待った。あの時彼女は、ありがとうございますと、満面の笑みで答えてくれた。棘は落としてあっても、何も整えてもいなければ、美しくラッピングもしていない、ただ蔓薔薇を切って束ねただけの、花束を。

 やがて、かすれた小さな呼び声が聞こえた。

「ブラッド、さま?」
「はい。姫」

 そう答えると、彼女の瞳に見る間に涙がもりあがり、手を伸ばして、椅子から落ちるようにして、俺に抱きついてきた。
 俺はその柔らかい体をしっかりと抱き留めた。花は彼女の膝の上からばらばらになって落ち、あたりに散って甘い匂いを放った。
 華奢な背が震えている。泣いているのだろう。彼女の顔が伏せられた部分がじんわりと温かくなり、嗚咽が漏れ聞こえてきた。
 俺は自然とこみあげてきた愛しさに、彼女の頭に頬を寄せたのだった。
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