しかたなく英雄的最後を迎えた魔法使いの受難

伊簑木サイ

文字の大きさ
33 / 104
第5話

舞台に登る2

しおりを挟む
 王は上機嫌で、楽しげに語りだした。

「近頃のおまえの活躍は、まこと、目をみはるものがある。おまえの噂は味気ない毎日を彩る最高の娯楽ぞ。褒めてつかわす」
「おそれいります、陛下」

 そんなん褒められても、嬉しかねーよ。俺は心の中でツッコミながらも、平然と返した。とにかく相手は変人であり、常識など何の役にもたたない世界の住人なのだ。いちいち真面目に取り合っていたら、神経がもたない。

「余はおまえのその才能を、もっと活かすべきだと思うのだ。しかし、こんな離宮に閉じこもっていては、そうそう大事おおごとはやらかせないであろう。それではあまりにもったいない。人生は有限ぞ。寸暇を惜しんで楽しまねばな。だから、おまえに守護魔法使いの地位をやろうと決めた」

 にこお、と、極上の笑みで宣言する王を、俺は無表情に眺めた。
 計画通りと言おうか、予想通りと言おうか。うまくいって嬉しいような、引き返せない場所まで来てしまったのに緊張するような。複雑な気分だった。
 先日の件で、母のほうは今ひとつの結果だったが、こちらはうまく王の気を引けたらしい。

 王の態度のどこまでが本気で、どこからが演技かはわからない。しかし、王は用意された舞台が面白ければ面白いだけ、共に登って、まわりの迷惑も顧みず、とことん酔狂に徹する。それが、エンディミオンⅣ世という人だ。
 ただし、こちらから誘っておいて、途中で降りれば、身の破滅だ。王は興醒めをなによりも嫌う。
 だから俺は、道化になりきらなければならない。王をこの舞台に釘付けにしておくために。

「陛下」

 俺は自分が尊大に見えるように、溜息混じりに至高の存在に呼びかけた。しかし、王は気を悪くする風もなく、なんだ、ブラッド、と、いっそ優しい猫なで声で答えてきた。まるで、我儘な甥がかわいくてしかたないとでもいうように。

「やってさしあげてもよいですが、それにはいくつか叶えてほしいことがあります」
「ほう。面白いことを言う。なんぞ、言ってみよ」
「はい。まず、俺は一つの名声を、誰かと分け合うつもりはありません」
「ふむ。なるほど。コルネードを更迭せよと言うのだな」

 俺はそれには直接答えず、意味深に笑った。

「ついでに言わせてもらえば、夫婦そろって辺境に飛ばしていただけると嬉しいのですが」
「ほう、そうか。妹はかいがいしくおまえの世話をしていると耳にしているが。なぜと聞いてもよいかの?」
「自分の人生に母親面で嘴を突っ込まれたい男がいたら、ぜひ紹介してもらいたいものですね」
「おお。至言じゃ、至極そのとおりだの」

 王は自分の膝を打って頷いた。そして、ご機嫌で先をうながしてくる。

「その顔ではまだ何か言いたいことがありそうだ。かわいい欲張りめ。思ったとおりを言ってみよ」
「ならば遠慮なく。では、ルシアンとリチェル姫の婚約も認めていただきたい」
「ブラッド!」

 ルシアンが驚愕そのままに俺を呼んだ。

「黙れ、ルシアン。俺は陛下とお話申し上げている。無礼だぞ」

 国王との会話に横から口を挿むなど、近親者故、黙認されるものではあっても、本来ならば不敬罪に問われてもしかたないふるまいだ。

「どうも、意見の一致がみられないようだが?」

 王がからかうように言った。

「陛下は俺の・・願いをお聞きくださるのでしょう? ならば、それも条件の内です」

 俺ではできない弟や母の説得も、この王ならば、やりおおせてみせるだろう。最悪、了承を取り付けられなくても、国王命令ですむ話だしな。

「おお、言うのう、ブラッドよ! そこは余の腕の見せ所というわけじゃな!」
「仰せのとおりにございます、陛下。信頼申し上げております」
「そうか、そうか。おまえは本当にかわいいのう。よし、よし。吉報を待っておれ。うむ。まずはルシアン、余と共に参れ!!」

 王はルシアンの腕をつかみ、立ち上がった。

「俺は、兄の警護を」
「必要ない。余の護衛を置いていく。おまえが余の護衛をせよ。さ、行くぞ!!」

 ルシアンは引かれる手に逆らって足を踏ん張り、黙って殺気を膨れ上がらせた。俺はとっさにルシアンを諭した。

「陛下の思し召しに従え、ルシアン」
「ブラッド!! 嫌だよ!! 嫌だ!!」

 ルシアンは幼く喚いた。かわいい弟の傷ついた必死なまなざしに、気持ちが揺らぐ。

 未曾有の災禍から王都を守った『英雄ブラッド』の名は、他国でも伝説として語られるほど有名で、また、その遺児である俺の名も、恐ろしげなたくさんの二つ名と共に知れ渡っている。
 王は変人だが、馬鹿ではない。ついでに言えば、抜け目もない。この名だけで他国への抑止力となる俺を、そのまま無為に放っておくなど、するはずがないのだ。

 ただ、俺と違って、同じ遺児でもルシアンの名声は高いのが問題だった。輝く美貌、渇水の時期に水と緑をもたらした奇跡の魔法使い、力を制御できずに壊滅的な破壊をもたらす兄の抑止力。『狂王子』とすら呼ばれる俺ではなく、ルシアンを守護魔法使いにと望む声は、宮廷からも市井からも多いのだ。

 だが、冗談じゃない。ルシアンを守護魔法使いになど、させてたまるものか。
 力を振るわない守護魔法使いなど、有り得ない。力を振るえば、必ず人を傷つけることになる。その立場故に、人を殺さなければならなくなる。絶対に、ルシアンをそんな地位に就けるわけにはいかない。手を汚すのは、俺だけで充分だ。

 自分がルシアンの気持ちも無視して、どれほど横暴なことをしているのかもわかってる。でも、俺は、怖い。怖くて我慢できない。ルシアンや母をどうすれば守れるのか。こうする以外の方法を、考えつけない。
 だから、ルシアンに落ち着けるように優しく笑いかけて、甘くずるい言葉をささやく。

「もちろん、断るのはおまえの自由だ。いい機会だから、これから陛下についていって、陛下とリチェル姫を説得してくるといい」

 相手が王と、あのリチェル姫だ。両者をいっぺんに相手にして、口説き落とせるわけがない。むしろ反対に丸め込まれるにちがいない。

「本当に? それで怒らない?」
「もちろんだ。そしたら、守護魔法使いになる話が流れるだけのことだ。おまえの好きにするといい」

 ルシアンはいろいろ考えをめぐらせているようだった。眉間をわずかに寄せている顔は、色っぽい。本人の意思にかかわらず、注目を集める。人々は固唾を呑んで、ルシアンの動向を見守っていた。

「……わかった。行ってくる」

 渋々と同意する。それだけで、部屋中に、ほっとした雰囲気が流れた。

「では、行こうかの、ルシアン」

 鼻歌でも歌いだしそうな王に手を引かれ、ルシアンは振り返り、振り返り、売られていく小牛のように、部屋を出ていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...