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おまけ 「アティ」

ディエンナの驚愕

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 ディエンナは部屋に入ってすぐ目に入った光景に足を止めた。後ろで続いて入ろうとした友達たちが、早くしてと小声で文句をさかんに言っているが、無視した。

「ああ。ディエンナ、荷物を持ってきてくれたのか。わざわざすまない。ありがとう」

 ディエンナたちがやってきたと、先に連絡が行っていたのだろう。アティが室内の扉のすぐ傍まで迎えに出てくれていた。……のだが、その姿に目を疑ったのだった。
 なんか見たことないくらい爽やかで綺麗な顔の男に腰に手をまわされ、ついでに手まで取られて繋いでいる。彼は甘く微笑んでアティを見つめているのに、彼女の表情はいつもと変わらない様子で、非常にクールだ。そのアンバランスさが、どうにも異様だった。
 ディエンナはアティにかぶりついて問い詰めたい衝動を抑えて、努めて良い外面を装って尋ねた。

「どういたしまして。ところでそちらは、どなた?」
「彼はソラン・ファレノだ。同じ宝剣の主で、婚約者だ」
「は?」

 アティが係員に連れ去られて、まだ三時間ほどだ。いったい何がどうなったら、そんな話になるのか。

「ちょおっと、失礼しますわね?」

 ディエンナは淑女の笑みで彼とアティの間に強引に割って入ると、彼女を連れて、声の届かないところまで連れて行った。

「婚約って、何っ」
「結婚を申し込まれて、承諾した」

 単純明快に説明してくれる。ディエンナは眩暈を感じながら、アティの両肩に手を置き、懇々と言い聞かせた。

「だって、初めて会った人でしょう? いくら運命の相手だからって、あなたそんなに面食いだったっけ? ああ、そうじゃなくて、ちゃんと、あの人がどんな人か知ってからでないと、ダメよ。あんな顔のいい男、しかもあなたの腰を抱く手付きが、妙に板についていたわよ。あれは絶対女慣れしてるわ。もう少し、様子を見てからにしなきゃダメでしょう?」
「そうか? ならばなおさら良い判断だったな。アレを他の誰かにやりたくはないからな」
「アレって、あなた」

 どういう呼び方よ、と言いたかったが、アティがニッと笑ったのを見て、絶句する。
 ディエンナが心配したように、騙されているわけではないらしい。それどころか、自らすすんであの男を手に入れようとしているような。
 自分の思いつきの、そのありえなさ加減に、えええ!? と、つい叫んでしまう。

「うるさい」
「だって、なにそれ、一目惚れ!?」

 アティにとって男なんてのは、基本舎弟だ。少々素行の悪い強面の男でさえ、彼女を『アニキ』と呼んでは、『誰がアニキだ!!』と怒鳴り飛ばされ、時に蹴り倒されるのを心待ちにして、顎で使われている。それが普通の状態なのだ。もう、腰を抱かせるとか、手を取らせるとか、そのへんからして天変地異の前触れのような話だった。

「ああ。言われてみればそうか。でも、ずっと前からよく知っているような気しかしないな。だから自己紹介ついでに求婚されても、全然違和感なかった」
「ちょっと待って!!!! 出会って何分で承諾したの!?」
「んー。そうだな。五分くらいか? なあ?」

 アティは視線をディエンナの背後に向けて微笑んで聞いた。ディエンナはぎょっとして振り返った。すぐそこに困ったように笑んだ彼と、驚愕で言葉を失っているらしい、一緒に来た友達たちが立っていた。

「もうちょっと短かった気もしますが」
「そうか? じゃあ、三分か」

 そう言って、アティは水平に彼へと向かって手を上げた。その仕草はまるで、ここへ来い、と言っているようだった。彼はそれは嬉しげに微笑んで、近付いて恭しく彼女の手を取った。
 アティは彼を従え、満足気に笑った。
 それを見て、ディエンナは悟った。
 男になんて興味がないと思っていた親友が、実はどうやらものすごい面食いで(だから顔の悪い男には見向きもしなかったのね!?)、しかも肉食系女子だったなんて。それも、とんでもなく手がはやい凄腕だったなんて!! 三分で男を落とすって、いったい、なにっ!?

「なにこれ」

 ディエンナは額に手をあて、呆然と呟いた。そして、それだけでは足りず、

「なにこれーーーーっっ」

 たまらずに、叫ぶ。

「うるさいぞ、ディエンナ」

 いつもと変わらぬ態度でディエンナをたしなめる親友の、いつもどおりに刻まれた眉間の皺を、彼女は呆然と、一本、二本と数えたのだった。 
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