叶わぬ約束

伊簑木サイ

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14 手を離さずに

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 手を引っ張ると、おとなしく椅子に座る。彼は手を離さないままに、ぼやくように侯爵に話しかけた。

「侯爵、お願いです、何とか言ってやってください……」
「そうだな」

 考え深げにそう答え、侯爵はくつくつと笑いだした。

「うむ。アイリーン。おまえの男の手綱を取る手際、しかと見た。これほどの名手もなかなかおらん。エルバートはおまえの良い馬になろう。存分に乗りこなすがよいぞ」
「はい。ありがとうございます」
「侯爵!」

 抗議の声を上げたエルバートに、侯爵はうるさげに手を振った。

「アイリーン。しかし、乗り手も馬の気持ちを汲み取らねば、馬の方もうまく従わない。気持ちよく馬を走らせてやるのも、乗り手の技量。そうは思わんか?」
「それは、私の参加はお許しいただけないと?」

 わかっていた。昨夜も侯爵は、私の参加を歓迎するとは言わなかった。「ベアハルト家の」と言われて、面には出さなかったが、悔しい思いをしたのだ。

「そうは言わん。だが、女当主はある意味、騎士にとって夢の華よ。
 まなざし一つで騎士を手足のように使い、微笑み一つで報いてしまう、悪女よりも魅惑的で、聖女よりも跪きたくなる、そういう主に、アイリーンならばなれると思うのだが」

 侯爵の言いように、私は笑うしかなかった。本当に、女心のくすぐり方を、よくわかっていらっしゃる。
 私は立ち上がり、改めて侯爵に深く頭を垂れた。

「かしこまりました。侯爵の思し召しに従います。必ずや、悪女よりも魅惑的で、聖女よりも跪きたくなる女当主となってごらんにいれましょう」
「うむ。期待しているぞ」

 カタンと隣でエルバートも立った。

「これから彼女を領地まで送ってきたいと思います。お許し願えますか」
「許そう。おまえももう、ベアハルトの一員だ。今日から三か月、ベアハルト家はグレッグの喪に服すのだ。神もそれを望んでいらっしゃるだろう。
 そして、次に顔を出すときは、二人の結婚の報告を聞かせてもらいたいものだな」

 私達は思わず顔を見合わせた。エルバートが目を細めて笑ってくれて、真昼の太陽より眩しく感じる。私もくすぐったい気持ちに笑い返せば、ずっと離されることのなかった手を、あらためてぎゅっと握られた。
 もうこの手は離さないし、離されることもないだろう。……神の思し召しがそれぞれの上にあるまで。

 これからは、……いいえ、これからも、私達はあの誓いを胸に、共に生きていくのだ。
 あの約束は、完全な形では叶わなくなってしまったけれど、兄さんと彼と私で幼い日に夢見た、輝かしい未来は、きっと紡いでいけるから。

 私たちは侯爵に向き直って、手を繋いだまま、そろって拝命の礼をしたのだった。
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