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2-港町シーサイドブルー
12.少女、ドン引く。
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シーサイドには港が二つある。海の港と高台に作られた『崖』の港だ。
丘の上からは見えない位置にあったその場に着くなり、ニチカはあんぐりと口をあけた。港と聞いて思い浮かぶイメージを完全に覆す光景がそこには広がっていた。
「おぉぉ!」
崖にはたくさんの板が組まれていて、何匹かの翼の生えた生き物が停泊していた。驚くのはその種族だ。
「に、ニワトリ? 豚が空飛んでる! うわっ、なにあれウサギ!?」
いずれの動物も人が乗れるほど巨大で、鞍が取り付けられ乗車できるようになっている。ふわりふわりと羽根を羽ばたかせる生き物を指差して横の男をバシバシ叩く。
「すごいすごい! あれ生きてるの? ああいう機械じゃなくて!?」
「いでっ、叩くなアホ!」
そうは言っても興奮するなと言う方がムリだ。見ているうちに一人の男性が羽根の生えた栗毛の馬にまたがり海へと飛び立っていく。まさにファンタジーの世界そのものだ。
「すごーい、私も乗せてもらえないかなぁ」
感動していたニチカだが、一番大きな船着き場に大勢の人が押しかけて何かわめいているのに気づきそちらに注意を向ける。
「あれ? どうしたんだろう」
「大型の旅客機がずっと出てないんだ、おかげで海を渡りたい客が不満を募らせて三日目……と、新聞もたまには役に立つな」
「わぷっ」
クシャッと顔面に押し付けられた新聞を広げてみるとモノクロ写真が動いていた。制服を来た中年の男がしきりに客に向かって頭を下げている。文字は読めないがだいたいの雰囲気は伝わった。
「大型旅客機? 故障でもしちゃったのかな」
港を見回してもそんな大量輸送できそうな空飛ぶ生き物は居ない。ニチカの疑問にはお構いなしに、オズワルドは群衆の方へとズンズン進んで行った。
「ですから申し訳ありません、振り替え輸送も今はまったくの未定でございまして……はい、お急ぎのお客様は陸のルートを迂回して頂くかもしくは船で海に――」
「ふざけるな! そんな危険なルートいけるか!」
「そうよ、海にはクラーケンが出るんでしょ!?」
「それにオレは船酔いが酷いんだ! 空の旅じゃなけりゃ吐いちまうんだよぉ」
旅行客と乗務員が押し合いへし合いする中、オズワルドは制服姿の若い男を捕まえてバカ丁寧な口調で問いかけた。
「少しお尋ねしても? すみませんね、私は先を急いでいるものでして。桜花国との香辛料の取り引きに遅れたらウン百万の損失になるのですが……もちろんすべてとは言いませんが、運航もまともにできないような航空会社に多少の責任が発生したとしてもおかしくはないですよね? ところであなたの名前は……あぁ、覚えました。もしもの時は参考にさせて頂くかもしれませんのでよろしくお願いします」
「ひぃぃ!」
「……」
インテリヤクザか。思わず言いかけた言葉をグッと呑み込んで見守る。しばらくすると若い乗務員は半泣きになりながら謝罪した。
「ご、ごめんなさいい、苦情なら本社に行ってくださいい、僕まだ入社して半年なんです、とても責任なんてとれませんんん」
震える指の先を見た男は、フンと鼻を鳴らすと新入社員の襟元を離した。まだわめき続ける集団から離れニヤリと笑う。
「これは思わぬ金儲けが出来るかもしれないな」
「なにをするつもり?」
「魔女はこういうトラブルでメシにありつくんだ。お前も覚えておけよ」
イヤな予感しか無かったが、取り敢えずその後を追うことにした。船着場から離れ、もう少し高台に作られたオレンジの屋根の建物にたどりつく。
――ホウェール航空社
切り立つ崖の上に作られたその建物の看板にはそう書かれている(らしい)
「文字が読めないって不便……」
「ウルフィにでも習ったらどうだ。共通語までド忘れしたバカには、あのくらいの師匠でちょうどいいんじゃないか」
「だからどうしてそういうイジワルな言い方しかできないのっ、バカだのアホだの……私にはニチカって名前があるんですよ!」
「あー、うるせぇ」
少女の憤慨したような声を背中に受けつつ扉を押し開けたオズワルドは、真っ先に受付の女性のところに向かった。乗り出すように手をついて持ちかける。
「い、いらっしゃいませ、どのようなご用件で……」
「社長にお伝え願えますか、通りすがりの魔女があなたの悩み解決しに来てやりました、と」
慇懃無礼な態度に女性は息を呑み、ニチカは痛む頭を抑えた。慌てたように立ち上がった受付嬢が椅子の足をひっかけながら転がるように飛び出していった。
「しょっ、少々お待ちくださいませっ!」
社長室に押しかけたオズワルドは、勧められもしない内から椅子に腰掛けた。長い足を組んでローテーブルの上にドカリと乗せる。
「ななな、なんだね君たちは!?」
当然のことながら社長は慌てふためいた。ハンカチでしきりに汗を拭きながら目を白黒させる様子にニチカは同情した。もうやだこの師匠。
「初めまして魔女のオズワルドです。まだるっこい挨拶は抜きにして単刀直入に言いましょう。私にはあなたの会社が現在かかえている問題を全て解決する力があります」
「なんだと!」
「まずは確認から、大型旅行客『ホウェール』がある日忽然と消え困り果てている。そうですね?」
すでに散々メディアに書き立てられているので、あまり弱みは見せたくないのだろう、社長は固い表情のまま慎重にこちらの出方を伺っているようだ。
「そんなことは……言われんでもわかっておる、こちらとしても全力をあげて捜索しているところだ」
「状況から察するに、まだ遠くへは逃げていないでしょう。あれだけ大きな機体が隠れるようなところなどたかが知れている。どうです? ここは私に任せてみませんか。すぐに探し出して御覧にいれますよ」
そこからの師匠の話術は驚くほど鮮やかなものだった。上手い具合に相手を乗せてサクサク話が進んでいく。その様子にニチカは目を丸くするだけだった。
「ほ、本当になんとかできるのか!」
「ええ、三日――いえ、二日もあれば全て上手く行くはずです。ところで報酬の件ですが……」
「払う! 解決できるのならそのくらい端金だ!」
「商談成立と言うことで。あぁ、成功報酬で結構。それでは進展がありましたらまた報告に参ります」
部屋に入って五分も経たない内に話がまとまったらしい。オズワルドは何かの巻紙を社長に放り投げサッサと出て行ってしまった。ニチカもぺこりと頭を下げて慌てて追う。
「三日で解決できるって本当に? どうやって?」
「三日も要らん。即座に解決できるなどと言っても足元を見られるだけだから三日と言っただけだ。速攻解決して上乗せしてやる」
「じゃあ目算はつけてあるのね?」
「んなわけあるか。これから調査するんだよ」
「ぜんぜん当て無いんじゃない!」
自信家もここまで来ればアッパレである。この男は魔女を廃業しても詐欺師として生きていけるに違いない。
ニチカが内心舌を巻いていると、男は懐からまた怪しげな魔女グッズを取り出した。黒い木炭のようなそれは不恰好な鳥の形をしていた。オズワルドは指先でつつきながら命令を下す。
『鳥よ、風よ、精霊よ、翼を持たぬ我の目となり下界を開け』
一瞬ブルっと身震いした木炭細工は、空へと勢いよく飛び立った。それを見送りながら師匠は簡単な説明をしてくれる。
「商売道具『視野鳥』。辺り一帯の風景を記録するだけだがこういった調査では非常に重宝する」
空高く舞い上がった小鳥は、途中で力尽きたかのように落ちてきた。そしてそのまま落下地点に広げられた羊皮紙の上に墜落する。
びちゃっ
「うわっ」
黒い体液をブチまけた小鳥はそれきり動かなくなった。液体はインクのように羊皮紙に染み渡って行き、やがてモノクロではあるが空からの航空写真のような見取り図が現れた。そのショッキングな光景にニチカは冷や汗をかきながら意見する。
「……もうちょっと悪趣味じゃない作り方って、できなかったの?」
「理に叶ってるんだから別にいいだろうが」
小鳥の死体(少なくともニチカにはそう見えた)をつまんで捨てた後、オズワルドは地図をザッと眺めどこか楽しそうに推理を始めた。
「あんだけバカでかい旅客機が数日でそう遠くに行けるとは思えん。となると、この近くで身を隠せそうな場所……たとえば深い森や洞窟などに範囲は絞られてくる。そら、お誂え向きな横穴がこの崖にある。上手く隠してはあるが巨大な生物が移動しているような跡も周りに見られる。湖がすぐ近くにあるから干上がる心配もない。十中八九『ホウェール』はここにいるな」
丘の上からは見えない位置にあったその場に着くなり、ニチカはあんぐりと口をあけた。港と聞いて思い浮かぶイメージを完全に覆す光景がそこには広がっていた。
「おぉぉ!」
崖にはたくさんの板が組まれていて、何匹かの翼の生えた生き物が停泊していた。驚くのはその種族だ。
「に、ニワトリ? 豚が空飛んでる! うわっ、なにあれウサギ!?」
いずれの動物も人が乗れるほど巨大で、鞍が取り付けられ乗車できるようになっている。ふわりふわりと羽根を羽ばたかせる生き物を指差して横の男をバシバシ叩く。
「すごいすごい! あれ生きてるの? ああいう機械じゃなくて!?」
「いでっ、叩くなアホ!」
そうは言っても興奮するなと言う方がムリだ。見ているうちに一人の男性が羽根の生えた栗毛の馬にまたがり海へと飛び立っていく。まさにファンタジーの世界そのものだ。
「すごーい、私も乗せてもらえないかなぁ」
感動していたニチカだが、一番大きな船着き場に大勢の人が押しかけて何かわめいているのに気づきそちらに注意を向ける。
「あれ? どうしたんだろう」
「大型の旅客機がずっと出てないんだ、おかげで海を渡りたい客が不満を募らせて三日目……と、新聞もたまには役に立つな」
「わぷっ」
クシャッと顔面に押し付けられた新聞を広げてみるとモノクロ写真が動いていた。制服を来た中年の男がしきりに客に向かって頭を下げている。文字は読めないがだいたいの雰囲気は伝わった。
「大型旅客機? 故障でもしちゃったのかな」
港を見回してもそんな大量輸送できそうな空飛ぶ生き物は居ない。ニチカの疑問にはお構いなしに、オズワルドは群衆の方へとズンズン進んで行った。
「ですから申し訳ありません、振り替え輸送も今はまったくの未定でございまして……はい、お急ぎのお客様は陸のルートを迂回して頂くかもしくは船で海に――」
「ふざけるな! そんな危険なルートいけるか!」
「そうよ、海にはクラーケンが出るんでしょ!?」
「それにオレは船酔いが酷いんだ! 空の旅じゃなけりゃ吐いちまうんだよぉ」
旅行客と乗務員が押し合いへし合いする中、オズワルドは制服姿の若い男を捕まえてバカ丁寧な口調で問いかけた。
「少しお尋ねしても? すみませんね、私は先を急いでいるものでして。桜花国との香辛料の取り引きに遅れたらウン百万の損失になるのですが……もちろんすべてとは言いませんが、運航もまともにできないような航空会社に多少の責任が発生したとしてもおかしくはないですよね? ところであなたの名前は……あぁ、覚えました。もしもの時は参考にさせて頂くかもしれませんのでよろしくお願いします」
「ひぃぃ!」
「……」
インテリヤクザか。思わず言いかけた言葉をグッと呑み込んで見守る。しばらくすると若い乗務員は半泣きになりながら謝罪した。
「ご、ごめんなさいい、苦情なら本社に行ってくださいい、僕まだ入社して半年なんです、とても責任なんてとれませんんん」
震える指の先を見た男は、フンと鼻を鳴らすと新入社員の襟元を離した。まだわめき続ける集団から離れニヤリと笑う。
「これは思わぬ金儲けが出来るかもしれないな」
「なにをするつもり?」
「魔女はこういうトラブルでメシにありつくんだ。お前も覚えておけよ」
イヤな予感しか無かったが、取り敢えずその後を追うことにした。船着場から離れ、もう少し高台に作られたオレンジの屋根の建物にたどりつく。
――ホウェール航空社
切り立つ崖の上に作られたその建物の看板にはそう書かれている(らしい)
「文字が読めないって不便……」
「ウルフィにでも習ったらどうだ。共通語までド忘れしたバカには、あのくらいの師匠でちょうどいいんじゃないか」
「だからどうしてそういうイジワルな言い方しかできないのっ、バカだのアホだの……私にはニチカって名前があるんですよ!」
「あー、うるせぇ」
少女の憤慨したような声を背中に受けつつ扉を押し開けたオズワルドは、真っ先に受付の女性のところに向かった。乗り出すように手をついて持ちかける。
「い、いらっしゃいませ、どのようなご用件で……」
「社長にお伝え願えますか、通りすがりの魔女があなたの悩み解決しに来てやりました、と」
慇懃無礼な態度に女性は息を呑み、ニチカは痛む頭を抑えた。慌てたように立ち上がった受付嬢が椅子の足をひっかけながら転がるように飛び出していった。
「しょっ、少々お待ちくださいませっ!」
社長室に押しかけたオズワルドは、勧められもしない内から椅子に腰掛けた。長い足を組んでローテーブルの上にドカリと乗せる。
「ななな、なんだね君たちは!?」
当然のことながら社長は慌てふためいた。ハンカチでしきりに汗を拭きながら目を白黒させる様子にニチカは同情した。もうやだこの師匠。
「初めまして魔女のオズワルドです。まだるっこい挨拶は抜きにして単刀直入に言いましょう。私にはあなたの会社が現在かかえている問題を全て解決する力があります」
「なんだと!」
「まずは確認から、大型旅行客『ホウェール』がある日忽然と消え困り果てている。そうですね?」
すでに散々メディアに書き立てられているので、あまり弱みは見せたくないのだろう、社長は固い表情のまま慎重にこちらの出方を伺っているようだ。
「そんなことは……言われんでもわかっておる、こちらとしても全力をあげて捜索しているところだ」
「状況から察するに、まだ遠くへは逃げていないでしょう。あれだけ大きな機体が隠れるようなところなどたかが知れている。どうです? ここは私に任せてみませんか。すぐに探し出して御覧にいれますよ」
そこからの師匠の話術は驚くほど鮮やかなものだった。上手い具合に相手を乗せてサクサク話が進んでいく。その様子にニチカは目を丸くするだけだった。
「ほ、本当になんとかできるのか!」
「ええ、三日――いえ、二日もあれば全て上手く行くはずです。ところで報酬の件ですが……」
「払う! 解決できるのならそのくらい端金だ!」
「商談成立と言うことで。あぁ、成功報酬で結構。それでは進展がありましたらまた報告に参ります」
部屋に入って五分も経たない内に話がまとまったらしい。オズワルドは何かの巻紙を社長に放り投げサッサと出て行ってしまった。ニチカもぺこりと頭を下げて慌てて追う。
「三日で解決できるって本当に? どうやって?」
「三日も要らん。即座に解決できるなどと言っても足元を見られるだけだから三日と言っただけだ。速攻解決して上乗せしてやる」
「じゃあ目算はつけてあるのね?」
「んなわけあるか。これから調査するんだよ」
「ぜんぜん当て無いんじゃない!」
自信家もここまで来ればアッパレである。この男は魔女を廃業しても詐欺師として生きていけるに違いない。
ニチカが内心舌を巻いていると、男は懐からまた怪しげな魔女グッズを取り出した。黒い木炭のようなそれは不恰好な鳥の形をしていた。オズワルドは指先でつつきながら命令を下す。
『鳥よ、風よ、精霊よ、翼を持たぬ我の目となり下界を開け』
一瞬ブルっと身震いした木炭細工は、空へと勢いよく飛び立った。それを見送りながら師匠は簡単な説明をしてくれる。
「商売道具『視野鳥』。辺り一帯の風景を記録するだけだがこういった調査では非常に重宝する」
空高く舞い上がった小鳥は、途中で力尽きたかのように落ちてきた。そしてそのまま落下地点に広げられた羊皮紙の上に墜落する。
びちゃっ
「うわっ」
黒い体液をブチまけた小鳥はそれきり動かなくなった。液体はインクのように羊皮紙に染み渡って行き、やがてモノクロではあるが空からの航空写真のような見取り図が現れた。そのショッキングな光景にニチカは冷や汗をかきながら意見する。
「……もうちょっと悪趣味じゃない作り方って、できなかったの?」
「理に叶ってるんだから別にいいだろうが」
小鳥の死体(少なくともニチカにはそう見えた)をつまんで捨てた後、オズワルドは地図をザッと眺めどこか楽しそうに推理を始めた。
「あんだけバカでかい旅客機が数日でそう遠くに行けるとは思えん。となると、この近くで身を隠せそうな場所……たとえば深い森や洞窟などに範囲は絞られてくる。そら、お誂え向きな横穴がこの崖にある。上手く隠してはあるが巨大な生物が移動しているような跡も周りに見られる。湖がすぐ近くにあるから干上がる心配もない。十中八九『ホウェール』はここにいるな」
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