ひねくれ師匠と偽りの恋人

紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ

文字の大きさ
14 / 156
2-港町シーサイドブルー

14.少女、嘆く。

しおりを挟む
 古めかしいドアを後ろ手に閉め、ニチカはまるでこれから決戦に向かうかのような勇ましい表情をしていた。正面の男を視界に捕らえ、まっすぐに視線をそちらに向ける。

「とてもお情けを頂戴にきた女には見えないな」

 オズワルドは窓を向く椅子に腰掛けワインを傾けていた。サイドテーブルにグラスを置くと肘掛け部分に頬杖を着きこちらに身体をひねる。月明りを取り込んで不思議な色合いの青い瞳がニチカの射抜くような眼差しを余裕で受け止めた。薄く笑いを浮かべる男は挑発するかのように呼びかける。

「どうした、早くこっちに来い」

 ツカツカと歩み寄った少女はロビーで借りてきた羽根ペンをスッと取り出した。それを認めた男の眉間に皺が寄る。

「……何だそれは」
「ずっと考えてたの。これしかないわ!」

 さぞ名案が浮かんだと言わんばかりの表情を浮かべ、少女は瞳を輝かせて拳を握り締めた。

「涙が出るほどくすぐって、それを私が舐めれば解決!」
「アホか」

 ズバッと切り返されニチカは目を見開く。この返しは百パーセント予期していなかった。

「なんで!? 良い案でしょ!?」
「この単細胞のちぢれマイマイめ。そんな情けない真似を俺にしろってか? 断固拒否する勝手にくたばって死ね」
「なんでよ契約が違うじゃない!」

 涙目で掴みかかるニチカだったが、腰に手を回されビクリと反応する。引き寄せらそうになり慌てて片膝を男の足の間に突くと自然と見下ろす体勢になった。いきなりの至近距離に否が応でも心拍数が上がる。

 オズワルドはいつもかけている眼鏡を外していた。目を細めて口の端をつり上げる微笑に視線を奪われる。

「俺だって体液を提供するからには少しでも楽しくやりたいんだがな? 成り行きとは言えこんな状況なんだ、お互い楽しくやろうぜ」
「でも、その、私は」

 やっとのことでしどろもどろに視線をそらす。初恋もまだのニチカにとっては何もかもが初めてだった。踏み出してしまっていいのだろうか。

「こちらを向け」

 あごを掴まれ視線を合わせられる。恥ずかしくて自分が茹ダコのようになってしまっているのではないかと心配する。

 いや、仕方ないのだ。こうしなければすぐにでも体内の薔薇が目を覚ましてしまう。

「~~~っ」

 目をきつく瞑りプルプルと震える少女に、オズワルドは一瞬噴き出しそうになった。だがなんとか堪え、そっと唇を重ねる。

「………」

 静かな室内にかすかな水音だけが響く。ゴクンと飲み下した音を合図にお互いに離れた。

 しばらく張りつめた顔をしていたニチカはワッと顔を覆って逃げ出した。後に残されたオズワルドがそっけなくつぶやく。

「……ガキめ」

***

 部屋を飛び出したニチカはテラスまで飛び出すと壁を背にして大声で泣き出した。

「ニチカ!? どうしたの?」

 どこから現れたのか、元のオオカミ姿に戻ったウルフィが飛び降りてきて驚いたように言う。

 それでもニチカは泣き続けた。嗚咽が治まるまでたっぷり五分は泣き続けただろう。他に誰も来ないのが幸いだった。

 隣に座り込んだウルフィに背中をテシテシされ、ようやく落ち着いてくる。

「わ、わたし、今まで男の人を好きになったことすらないのに、いきなりこんな事になって」
「ニチカは、ご主人とのキスがイヤなの?」

 問いかけられて、泣き腫らした目元を拭いながら弱々しく頭を振る。ぐちゃぐちゃになってしまった頭の中を整理するように正直な気持ちを打ち明けた。

「そうじゃなくて、不安なの。こんなんじゃ元の世界に帰ったとき、本当に誰かを愛した時、この事がよぎるんじゃないかって」
「んー? よくわかんないけど、つまり……どういうこと?」
「気持ちよすぎるのよーっ!!」

 正直に言おう、上手すぎた。割り入るように入ってきた舌がこちらを絡め取り、歯列の裏をなぞるように――思い出すだけで顔から火を噴きそうになる。

「あーもうっ! あのヘンタイなんであんな上手いのよ! 私は初心者若葉マークなのよ! もう少し手加減してくれたっていいじゃない!」
「う、ううん?」
「どうしようウルフィ、私ヘンなのかな? アイツの事これっぽっちも好きじゃないのに、キスされただけで感じちゃう変態なの!?」
「お、落ち着いてよニチカ」
「そんなのイヤーッ!」

 髪を振り乱し必死に記憶を追い出そうとする。口では嫌がっていても身体は正直に反応してしまうだなんて……もしかしたら自分は淫乱なのでは? そんな心と身体の感じ方の差に感情が振り回される。

「うっ、うっ……」

 また溢れてきた涙をすくい取るように、ウルフィが優しく目じりに唇を押し当てた。ノロノロとそちらを見るとオオカミは尻尾を千切れんばかりに振っていた。

「じゃーさ、こう考えればいいんだよ。キスは僕らの挨拶代わりなんだって」
「あい、さつ?」
「そう、嬉しく思った時とかありがとうって思った時にちゅーするの。パパが娘にするのと同じって考えればいいんだよ」

 パパと言う単語にブッと吹き出す。

「ふ、フフッ、あ、あんなお父さんイヤだよ」
「へへ~」

 ひとしきり笑うと、どこか気持ちがスッキリしたような気がした。膝を抱えて夜空を見上げればいくつもの星が瞬いている。

「そっか、そうよね。気の持ちよう……なのかな」
「そーだよー、だから僕もニチカにちゅー」
「アハハ」

 ほっぺにじゃれ付くようなキスをされ、くすぐったさで笑いがこみ上げる。今はこのオオカミの純粋さがありがたかった。

「ありがとうウルフィ。そうだよね、こんな事態になったのは私の責任でもあるんだから、つまんないことで泣いてちゃダメだよね。オズワルドだって契約でしてくれてるだけなんだし、怒るのは的外れか」
「そーそー、ニチカは笑ってる方がかわいーよ」

 にっこり笑ったウルフィは本当に癒しだ。彼が居なければあの森の中で野垂れ死にしていたかもしれない。感謝してもしきれなかった。

「さぁさ、そろそろ寝ないと明日起きれないよ」
「そうね」

 立ち上がった少女は、くるりと彼に向き直ると膝立ちになりギュッと抱きしめた。少しでもこの気持ちが伝わればいいと思いながら。

「本当にありがとう。おやすみ」
「えへへ、どういたしましてぇ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

処理中です...