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3-炎の精霊
25.少女、戸惑う。
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一瞬、街の喧噪も夜の音もすべてが遠のいた。冗談のような血の量にニチカは動けなくなる。だがかすかな呻き声にハッと我に返り慌ててウルフィを抱きかかえる。ぐったりとした彼は目を閉ざしてピクリともしなかった。
「ウルフィ! ウルフィ!!」
「誰だっ!」
オズワルドが鋭く問いかけるが、屋根の上の人物は白いローブをひるがえしてサッと消えてしまった。
「くそッ、逃がすか!」
「オズワルド! ウルフィがぁ……」
男はすぐに追跡しようとしたが悲痛な声に引きとめられる。屋根の上を睨んだ男は舌打ちをして戻ってきた。膝を着き使い魔がかろうじて生きていることを確かめる。
「出血がひどい。ニチカ、宿にもどってありったけの布を借りてこい」
「助かるの? ねぇ!」
状態を確認しようとした所で腕に縋りつかれ、男は振り払うように一喝した。
「助けたいのなら動け! 祈りで命が救えるか!!」
少女は一瞬ビクッとしたが、それでも涙を拭うと走り出した。急速に流れ落ちていく命に魔女は顔をしかめる。懐から取り出した瓶のふたをキュポンッと口で開けると、中身を傷口に手荒くかけ応急処置を始めた。
「だから俺は医者でもなければ獣医でもないんだ!」
ぶっきらぼうに言い放った男は、使い魔の意識を少しでも呼び戻そうと話しかける。
「死ぬなよバカ犬。主人を置いて先に死ぬ奴があるか」
***
ふすまが開き治療を終えた男が出てくる。隣の部屋でじりじりと待機していたニチカは飛びつくように尋ねた。
「どう!? 大丈夫なの?」
「とりあえずはな。内臓(なか)までダメージがいってないのが幸いした、悪運の強いヤツだ」
「良かったぁぁ」
へたりと座り込んだニチカは安堵の息をついた。聞けば出血は派手だったが、切れたのは皮一枚だけだったらしく縫合して何とか血は止まったとの事だ。
「だが油断を許さない状況だ、傷口が熱を持ったままで……」
「しばらくこの街でゆっくりしていこうよ。由良さまのおかげで魔女審議官も来ないんでしょ?」
ホッとしたような少女はそう提案する。だが男は曇った表情のまま懐から何かを取り出した。
「見ろ」
「なにこれ?」
コロンと畳に転がされた物をつまみ上げる。薬莢だろうか、黒っぽいそれは先端がひしゃげていた。
「さっきの路地に落ちていた、アホ犬はこれに撃たれたらしい」
「撃たれた? でも……」
ウルフィの傷口は明らかに斬撃によるものだった。銃で撃たれたようには見えない。どういう事なのかと尋ねる前に男は白状した。
「それは俺が作ったものだ。対象に命中するとそこを中心に相手を切り裂くようにできている」
「なっ!? 信じらんないっ、なんでこんな危険なもの作ってるのよ!」
思わず絶句したニチカは男に掴みかかる。だが男はそれには答えず顎に手をやった。最悪のパターンが頭を過ぎる。
「……まずいな」
「えっ」
「この弾は由良姫にしか売っていないんだ。早めにこの街を出た方が良いかもしれない」
緊張したように腰を浮かすオズワルドに、ニチカは慌てて問いかけた。
「な、なんで由良さまが私たちを狙うの!?」
「さぁな。だが理由ならいくらでも考えられる、弾の製造を知る俺を消したいのか、お前の存在が気に食わないのか、あるいはもっと単純に俺たちを魔女審議官に売ったか」
「そんな……」
あの優しい微笑みを浮かべる彼女がそんなことを考えるなんて。ニチカは信じられない思いで顔をこわ張らせる。
「でも逃げるにしてもウルフィが……動かすと危ないんでしょ!?」
思わず叫ぶと、その絶対安静のオオカミがうっすらと目を開けた。しばらく視線を彷徨わせていた彼は、主人と少女の姿を認め少しだけ安心したのか目を細める。ニチカはまたこみ上げてきた涙を振り払った。
「ごめんね、私の代わりにこんな……」
「ウルフィ、歩けるか?」
男がそう聞くとオオカミは微かに笑って首を振った。
「ちょっと難しいかなぁ、でも僕なら大丈夫だから。二人は先に行って」
信じられない提案に、少女が目を見開いた。
「私たちにあなたを見捨てていけっていうの?」
「そうじゃないよニチカ、さっき気づいたんだ。あの攻撃は明らかにキミを狙っていた」
「私……を?」
驚いて思考が止まる。ウルフィは半分閉じたままの目で続けた。
「そう、だから僕はおとなしくここで待ってた方がいいと思うんだ。どっちにしろ足手まといになっちゃうし」
まだ意識が混濁しているのか、その声はスピードを落としていった。
「二人で、精霊様を探しにいって、最後に迎えに来てくれればいい……から」
ウルフィはそれだけ言い残すと、また深い眠りへと落ちていった。安らかな寝息を前に、二人は黙り込む。そういえば、とポケットから透明な魔導球を取り出す。この国に来たのは精霊探しをするためでもあったのだ。
立ち上がったオズワルドは結論を出した。
「行くぞ、ぐずぐずしている暇はなさそうだ」
「ウルフィ! ウルフィ!!」
「誰だっ!」
オズワルドが鋭く問いかけるが、屋根の上の人物は白いローブをひるがえしてサッと消えてしまった。
「くそッ、逃がすか!」
「オズワルド! ウルフィがぁ……」
男はすぐに追跡しようとしたが悲痛な声に引きとめられる。屋根の上を睨んだ男は舌打ちをして戻ってきた。膝を着き使い魔がかろうじて生きていることを確かめる。
「出血がひどい。ニチカ、宿にもどってありったけの布を借りてこい」
「助かるの? ねぇ!」
状態を確認しようとした所で腕に縋りつかれ、男は振り払うように一喝した。
「助けたいのなら動け! 祈りで命が救えるか!!」
少女は一瞬ビクッとしたが、それでも涙を拭うと走り出した。急速に流れ落ちていく命に魔女は顔をしかめる。懐から取り出した瓶のふたをキュポンッと口で開けると、中身を傷口に手荒くかけ応急処置を始めた。
「だから俺は医者でもなければ獣医でもないんだ!」
ぶっきらぼうに言い放った男は、使い魔の意識を少しでも呼び戻そうと話しかける。
「死ぬなよバカ犬。主人を置いて先に死ぬ奴があるか」
***
ふすまが開き治療を終えた男が出てくる。隣の部屋でじりじりと待機していたニチカは飛びつくように尋ねた。
「どう!? 大丈夫なの?」
「とりあえずはな。内臓(なか)までダメージがいってないのが幸いした、悪運の強いヤツだ」
「良かったぁぁ」
へたりと座り込んだニチカは安堵の息をついた。聞けば出血は派手だったが、切れたのは皮一枚だけだったらしく縫合して何とか血は止まったとの事だ。
「だが油断を許さない状況だ、傷口が熱を持ったままで……」
「しばらくこの街でゆっくりしていこうよ。由良さまのおかげで魔女審議官も来ないんでしょ?」
ホッとしたような少女はそう提案する。だが男は曇った表情のまま懐から何かを取り出した。
「見ろ」
「なにこれ?」
コロンと畳に転がされた物をつまみ上げる。薬莢だろうか、黒っぽいそれは先端がひしゃげていた。
「さっきの路地に落ちていた、アホ犬はこれに撃たれたらしい」
「撃たれた? でも……」
ウルフィの傷口は明らかに斬撃によるものだった。銃で撃たれたようには見えない。どういう事なのかと尋ねる前に男は白状した。
「それは俺が作ったものだ。対象に命中するとそこを中心に相手を切り裂くようにできている」
「なっ!? 信じらんないっ、なんでこんな危険なもの作ってるのよ!」
思わず絶句したニチカは男に掴みかかる。だが男はそれには答えず顎に手をやった。最悪のパターンが頭を過ぎる。
「……まずいな」
「えっ」
「この弾は由良姫にしか売っていないんだ。早めにこの街を出た方が良いかもしれない」
緊張したように腰を浮かすオズワルドに、ニチカは慌てて問いかけた。
「な、なんで由良さまが私たちを狙うの!?」
「さぁな。だが理由ならいくらでも考えられる、弾の製造を知る俺を消したいのか、お前の存在が気に食わないのか、あるいはもっと単純に俺たちを魔女審議官に売ったか」
「そんな……」
あの優しい微笑みを浮かべる彼女がそんなことを考えるなんて。ニチカは信じられない思いで顔をこわ張らせる。
「でも逃げるにしてもウルフィが……動かすと危ないんでしょ!?」
思わず叫ぶと、その絶対安静のオオカミがうっすらと目を開けた。しばらく視線を彷徨わせていた彼は、主人と少女の姿を認め少しだけ安心したのか目を細める。ニチカはまたこみ上げてきた涙を振り払った。
「ごめんね、私の代わりにこんな……」
「ウルフィ、歩けるか?」
男がそう聞くとオオカミは微かに笑って首を振った。
「ちょっと難しいかなぁ、でも僕なら大丈夫だから。二人は先に行って」
信じられない提案に、少女が目を見開いた。
「私たちにあなたを見捨てていけっていうの?」
「そうじゃないよニチカ、さっき気づいたんだ。あの攻撃は明らかにキミを狙っていた」
「私……を?」
驚いて思考が止まる。ウルフィは半分閉じたままの目で続けた。
「そう、だから僕はおとなしくここで待ってた方がいいと思うんだ。どっちにしろ足手まといになっちゃうし」
まだ意識が混濁しているのか、その声はスピードを落としていった。
「二人で、精霊様を探しにいって、最後に迎えに来てくれればいい……から」
ウルフィはそれだけ言い残すと、また深い眠りへと落ちていった。安らかな寝息を前に、二人は黙り込む。そういえば、とポケットから透明な魔導球を取り出す。この国に来たのは精霊探しをするためでもあったのだ。
立ち上がったオズワルドは結論を出した。
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