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4-マキナ・ロジカル
39.少女、疑心暗鬼になる。
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青い花園で光の胞子だけが舞い散る。半ば思考が停止していた少女は無意識のうちに尋ねていた。
「スミレさん……のことは」
その名を聞いた途端、青年の表情がこわばった。握られた手にわずかに力が込められる。
「どこでその名前を」
「村の子供たちに話を聞いたの。バイオレットさんがそっくりだってことも」
ますます表情を凍りつかせるマキナだったが、ニチカは意を決して続けた。
「あの人、自分のことホムンクルスって言ってたけど本当? 彼女は一体――」
「彼女は実家から送られてきたただの人形だよ、父さんの嫌がらせであんな見た目に……」
手を放し背を向けた彼は、自らに言い聞かせるように呟いた。
「スミレは死んだ。死んだんだ」
そこに込められた様々な想いを汲み取ったニチカは何も言えなくなってしまう。次に振り向いた時、彼はいつも通りの優しい笑顔を浮かべていた。
「返事は花祭りの夜に聞かせて。それじゃあおやすみ」
一人残された少女は青い世界の中でしばらく佇んでいた。髪に差し込まれていた花を手に取り、青い光をぼんやりと見つめる。
(マキナくんは優しい、だけど本当はまだスミレさんのことを……)
フェイクラヴァーに誘惑されているから自分に惹かれているだけなのだろうかと一瞬考え、その思考に愕然とする。
(私、この種に寄生されてる限り、これからもずっとこんな疑いを持ち続けなきゃいけないの?)
人から向けられる好意を疑うなど失礼なのは分かっている。だけどそう思わずには居られなかった。
胸を抑えてうつむく彼女の目から、涙が一滴こぼれおちる。青く光る幻想的な風景の中で、少女はいつまでも立ち尽くしていた。
***
その頃、オズワルドは自分の部屋ではなく、なぜか村の通りまで来ていた。さすがにこの時間になると祭りの準備はしていないのかひっそりと静まり返っている。
彼は地面に片膝をつくと黒炭で簡単な魔法陣を描き始めた。迷い無く描き上げ最後の円をつなぐ。
「『契約の元に命ず 我が血を与えし者よ――』さっさと馳せ参じて仕事手伝えコラ」
短く命令を下すと黒い線が端から光り輝いていく。ひときわ眩しく光ったかと思うとその中から何かが飛び出した。
「呼ばれて飛び出てじゃっじゃじゃーん! ウルフィくんさんじょーっ」
シュタッと着地したオオカミはふぁぁ、と特大のアクビをした。
「ごしゅじーん、寝てたのにひどいよぉ。エリィとダグと一緒にぐっすりだったのにぃ」
「使い魔に休息があると思うなよ。手伝え」
「こんな時間に何するのー?」
「墓荒らし」
となりを歩いていたウルフィがガクッとコケる。ビビりで怖い話が大の苦手なオオカミは、体勢を立て直すと全身の毛を逆立てた。
「いやだよこんな時間に、絶対呪われるよ!! 明日の朝……いやお昼に晴れてたらやろうよ!! 雨不可! 曇りは要判断!!」
「人に見られたくないからこんな時間にやるんだ。真っ昼間に墓なんて掘り起こしてみろ、即効で村から追い出されるぞ」
「ぴゃー!! いやだああああ」
尻尾を掴まれてズルズルと引きずられる。いつの間に用意したのか、おそらくその辺りの納屋から拝借したのであろうスコップを男は担いでいた。
やがて着いたのは昼間ウルフィがお花さん、もといバイオレットを見かけた花畑だった。月明かりの下、花のじゅうたんは雄大に広がっていたが確かに元気が無かった。西の方から枯れているというのは本当のようだ。
「さて下僕、その自慢の鼻を使うときが来たぞ。この花畑のどこかに使用人一家の死体が埋まってるはずだ。探せ」
「ふがふがっ、きょおーは、お鼻、休店日、れーす」
「……」
スッと無言でスコップを上段に構えた主人に、使い魔が泣いて飛び上がった。
「嘘です嘘ですっ、うぅぅ……いやだよぉ」
仕方なしに鼻面を空中に向ける。しばらくクンクンと嗅いでいたオオカミは首をかしげた。
「花の匂いばっかりー」
「何年も前だからな。とっくに白骨化してると考えるのが妥当か……なら異質な臭いがしないか?」
「ちょっとまってー」
集中したウルフィは、咲き乱れる花の匂いの中に何かを嗅ぎ取った。
「ここらへんかな、鉄みたいな臭いがするよ」
「よし、掘るぞ」
しばらく掘り進めていた二人は、カツンと何かに当たり手を止める。
「何こ――骨ェェェっ!!!」
白く細長い骨がツメにひっかかったウルフィはパニックに陥る。ぴょんぴょんと跳ねるように走り始めた。骨が出てくることを予期していたオズワルドは淡々と掘り進めていく。
「やはり骨か。ん?」
黒い土の中から、薄紫色のものがチラリと覗く。それを掴んで引きずり出した男は顔をしかめた。
「これは……」
「ご主人とって! とっ――ぎょわあああ!! 死体!!」
オズワルドが地中から引きずり出したのは若い女性の遺体だった。スミレ色の髪、優美な曲線を描く頬のライン。だがその遺体は綺麗すぎた。力なく地面に横たわっているが今にも動き出しそうに見える。
「ほ、ほんとにその人、死んでるの?」
ビクビク後ろから覗き込むオオカミには応えず、オズワルドは懐から取り出したナイフをその綺麗な顔に突き立てた。
「ひぃっ!? 死体を冒涜しちゃダメなんだよご主人! って、あれ?」
ビィィーと布地を引き裂くような音がして死体の皮がベロンとはがれる。その中から出てきたのは綿と鉄芯だった。ご丁寧に重さ調節のための重りまで入っている。
「ひ、人じゃない?」
「よく出来た人形だ。やはりそう言うことか」
納得した様子の男は土まみれになった手をはたいた。おかしいと思ったのだ、あんなに完璧なホムンクルスが出来たのならとっくに公の場に発表されているはずだから。
「あのメイドは生身だ。おそらくそのスミレとか言う娘本人だろう。動機はわからんが――」
ふと冷たい気配を感じて振り返る。いつの間に来ていたのかバイオレットが両手をキチンと重ねて少し離れた花の中に佇んでいた。彼女は感情のない薄紫色の瞳でこちらをじっと見据えている。やがて開かれた口からは、やはり感情のない声が吐き出された。
「散歩には向かない時間でございますよ」
「そうか? あいにく日の光が苦手なものでね」
色とりどりの花びらを乗せた風に、薄紫の髪が揺れている。
その時、異変が起きた。揺れていた花たちが急速に枯れしぼんでいったのだ。そして花から放出されたわずかな魔力が可視化されバイオレットに吸収される。
「花を枯らしていた犯人もお前か」
「その人形をこちらにお渡し願えますか?」
質問には答えず、彼女は静かに言った。オズワルドは続けざまに質問を重ねる。
「お前とあの眼鏡小僧は恋仲だったんだろう? なぜ自分が死んだと偽装している?」
その問いに、スミレ色の瞳に初めて戸惑いの色が浮かぶ。苦し気な顔をしたかと思うと頭を抱えて何やらうめいた。
「あ……いや…やめて……」
「?」
彼女はしばらく前かがみになってしまう。だが次に顔を上げた時、いつも通りの生気のない眼差しに戻っていた。
「それがマキナ様の為だからです」
「……」
「わたくしのような卑しい女があの方と結ばれるなどあってはならない事。これで良いのでございます」
「なら、うちの脳天気でアホで考えなしの小娘なら良いのか?」
本人が聞けば怒りだしそうな事を言うオズワルドだったが、メイドはゆっくりと首を振った。
「ニチカ様は素晴らしい方でございます。素直で情が深くて……マキナ様もそのようなところにお惹かれになったのでしょう」
「……」
しばらく無言で居た男は、その場をスッと離れた。
「人形は好きにしろ、俺は他の方法を探す」
「ご、ごしゅじん」
「感謝いたします」
そうして後に残されたのは、女と人形だけだった。その頬を撫で、バイオレットは虚ろに言う。
「これで、終わる……私はもう、廃棄されたい」
***
翌朝、少女は息苦しさを覚えてまどろむ意識の底から強制的に急浮上させられた。
「ん、むぅ……!?」
目を開けると同時に新鮮な息が入ってきて、すぐ目の前にあった青い瞳がひとつ瞬いた。
「なんだ、起きたのか」
「うわぁ!」
慌てて後ずさろうとするがそこはベッドの上、オズワルドの体が檻のようにニチカを包囲していた。状況を理解すると同時に熱がカァッとこみ上げる。
「な、な、なっ、朝っぱらから何やってんのよ――っ!!」
「起きないお前が悪い」
至近距離で見つめられ、ドクン、ドクンと鼓動だけが加速していく。見とれてしまっている自分に気づいてやるせなくなる。
(ああ、やっぱり悔しいけど、顔だけはカッコいいんだよなぁ)
「スミレさん……のことは」
その名を聞いた途端、青年の表情がこわばった。握られた手にわずかに力が込められる。
「どこでその名前を」
「村の子供たちに話を聞いたの。バイオレットさんがそっくりだってことも」
ますます表情を凍りつかせるマキナだったが、ニチカは意を決して続けた。
「あの人、自分のことホムンクルスって言ってたけど本当? 彼女は一体――」
「彼女は実家から送られてきたただの人形だよ、父さんの嫌がらせであんな見た目に……」
手を放し背を向けた彼は、自らに言い聞かせるように呟いた。
「スミレは死んだ。死んだんだ」
そこに込められた様々な想いを汲み取ったニチカは何も言えなくなってしまう。次に振り向いた時、彼はいつも通りの優しい笑顔を浮かべていた。
「返事は花祭りの夜に聞かせて。それじゃあおやすみ」
一人残された少女は青い世界の中でしばらく佇んでいた。髪に差し込まれていた花を手に取り、青い光をぼんやりと見つめる。
(マキナくんは優しい、だけど本当はまだスミレさんのことを……)
フェイクラヴァーに誘惑されているから自分に惹かれているだけなのだろうかと一瞬考え、その思考に愕然とする。
(私、この種に寄生されてる限り、これからもずっとこんな疑いを持ち続けなきゃいけないの?)
人から向けられる好意を疑うなど失礼なのは分かっている。だけどそう思わずには居られなかった。
胸を抑えてうつむく彼女の目から、涙が一滴こぼれおちる。青く光る幻想的な風景の中で、少女はいつまでも立ち尽くしていた。
***
その頃、オズワルドは自分の部屋ではなく、なぜか村の通りまで来ていた。さすがにこの時間になると祭りの準備はしていないのかひっそりと静まり返っている。
彼は地面に片膝をつくと黒炭で簡単な魔法陣を描き始めた。迷い無く描き上げ最後の円をつなぐ。
「『契約の元に命ず 我が血を与えし者よ――』さっさと馳せ参じて仕事手伝えコラ」
短く命令を下すと黒い線が端から光り輝いていく。ひときわ眩しく光ったかと思うとその中から何かが飛び出した。
「呼ばれて飛び出てじゃっじゃじゃーん! ウルフィくんさんじょーっ」
シュタッと着地したオオカミはふぁぁ、と特大のアクビをした。
「ごしゅじーん、寝てたのにひどいよぉ。エリィとダグと一緒にぐっすりだったのにぃ」
「使い魔に休息があると思うなよ。手伝え」
「こんな時間に何するのー?」
「墓荒らし」
となりを歩いていたウルフィがガクッとコケる。ビビりで怖い話が大の苦手なオオカミは、体勢を立て直すと全身の毛を逆立てた。
「いやだよこんな時間に、絶対呪われるよ!! 明日の朝……いやお昼に晴れてたらやろうよ!! 雨不可! 曇りは要判断!!」
「人に見られたくないからこんな時間にやるんだ。真っ昼間に墓なんて掘り起こしてみろ、即効で村から追い出されるぞ」
「ぴゃー!! いやだああああ」
尻尾を掴まれてズルズルと引きずられる。いつの間に用意したのか、おそらくその辺りの納屋から拝借したのであろうスコップを男は担いでいた。
やがて着いたのは昼間ウルフィがお花さん、もといバイオレットを見かけた花畑だった。月明かりの下、花のじゅうたんは雄大に広がっていたが確かに元気が無かった。西の方から枯れているというのは本当のようだ。
「さて下僕、その自慢の鼻を使うときが来たぞ。この花畑のどこかに使用人一家の死体が埋まってるはずだ。探せ」
「ふがふがっ、きょおーは、お鼻、休店日、れーす」
「……」
スッと無言でスコップを上段に構えた主人に、使い魔が泣いて飛び上がった。
「嘘です嘘ですっ、うぅぅ……いやだよぉ」
仕方なしに鼻面を空中に向ける。しばらくクンクンと嗅いでいたオオカミは首をかしげた。
「花の匂いばっかりー」
「何年も前だからな。とっくに白骨化してると考えるのが妥当か……なら異質な臭いがしないか?」
「ちょっとまってー」
集中したウルフィは、咲き乱れる花の匂いの中に何かを嗅ぎ取った。
「ここらへんかな、鉄みたいな臭いがするよ」
「よし、掘るぞ」
しばらく掘り進めていた二人は、カツンと何かに当たり手を止める。
「何こ――骨ェェェっ!!!」
白く細長い骨がツメにひっかかったウルフィはパニックに陥る。ぴょんぴょんと跳ねるように走り始めた。骨が出てくることを予期していたオズワルドは淡々と掘り進めていく。
「やはり骨か。ん?」
黒い土の中から、薄紫色のものがチラリと覗く。それを掴んで引きずり出した男は顔をしかめた。
「これは……」
「ご主人とって! とっ――ぎょわあああ!! 死体!!」
オズワルドが地中から引きずり出したのは若い女性の遺体だった。スミレ色の髪、優美な曲線を描く頬のライン。だがその遺体は綺麗すぎた。力なく地面に横たわっているが今にも動き出しそうに見える。
「ほ、ほんとにその人、死んでるの?」
ビクビク後ろから覗き込むオオカミには応えず、オズワルドは懐から取り出したナイフをその綺麗な顔に突き立てた。
「ひぃっ!? 死体を冒涜しちゃダメなんだよご主人! って、あれ?」
ビィィーと布地を引き裂くような音がして死体の皮がベロンとはがれる。その中から出てきたのは綿と鉄芯だった。ご丁寧に重さ調節のための重りまで入っている。
「ひ、人じゃない?」
「よく出来た人形だ。やはりそう言うことか」
納得した様子の男は土まみれになった手をはたいた。おかしいと思ったのだ、あんなに完璧なホムンクルスが出来たのならとっくに公の場に発表されているはずだから。
「あのメイドは生身だ。おそらくそのスミレとか言う娘本人だろう。動機はわからんが――」
ふと冷たい気配を感じて振り返る。いつの間に来ていたのかバイオレットが両手をキチンと重ねて少し離れた花の中に佇んでいた。彼女は感情のない薄紫色の瞳でこちらをじっと見据えている。やがて開かれた口からは、やはり感情のない声が吐き出された。
「散歩には向かない時間でございますよ」
「そうか? あいにく日の光が苦手なものでね」
色とりどりの花びらを乗せた風に、薄紫の髪が揺れている。
その時、異変が起きた。揺れていた花たちが急速に枯れしぼんでいったのだ。そして花から放出されたわずかな魔力が可視化されバイオレットに吸収される。
「花を枯らしていた犯人もお前か」
「その人形をこちらにお渡し願えますか?」
質問には答えず、彼女は静かに言った。オズワルドは続けざまに質問を重ねる。
「お前とあの眼鏡小僧は恋仲だったんだろう? なぜ自分が死んだと偽装している?」
その問いに、スミレ色の瞳に初めて戸惑いの色が浮かぶ。苦し気な顔をしたかと思うと頭を抱えて何やらうめいた。
「あ……いや…やめて……」
「?」
彼女はしばらく前かがみになってしまう。だが次に顔を上げた時、いつも通りの生気のない眼差しに戻っていた。
「それがマキナ様の為だからです」
「……」
「わたくしのような卑しい女があの方と結ばれるなどあってはならない事。これで良いのでございます」
「なら、うちの脳天気でアホで考えなしの小娘なら良いのか?」
本人が聞けば怒りだしそうな事を言うオズワルドだったが、メイドはゆっくりと首を振った。
「ニチカ様は素晴らしい方でございます。素直で情が深くて……マキナ様もそのようなところにお惹かれになったのでしょう」
「……」
しばらく無言で居た男は、その場をスッと離れた。
「人形は好きにしろ、俺は他の方法を探す」
「ご、ごしゅじん」
「感謝いたします」
そうして後に残されたのは、女と人形だけだった。その頬を撫で、バイオレットは虚ろに言う。
「これで、終わる……私はもう、廃棄されたい」
***
翌朝、少女は息苦しさを覚えてまどろむ意識の底から強制的に急浮上させられた。
「ん、むぅ……!?」
目を開けると同時に新鮮な息が入ってきて、すぐ目の前にあった青い瞳がひとつ瞬いた。
「なんだ、起きたのか」
「うわぁ!」
慌てて後ずさろうとするがそこはベッドの上、オズワルドの体が檻のようにニチカを包囲していた。状況を理解すると同時に熱がカァッとこみ上げる。
「な、な、なっ、朝っぱらから何やってんのよ――っ!!」
「起きないお前が悪い」
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