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幕間3-永遠に誓いますか?

100.少女、持て余す。

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『グランドダッシャー!』

 ズン、と隆起した大地が手のような形になり大型のクマのような魔物を正面から張り飛ばす。数メートルは吹っ飛んだ青黒い生き物は、怯えたような悲鳴を上げながら森へと逃げ帰っていった。

 時刻は夕方、月はなくひんやりと肌寒い人通りの少ない街道での出来事である。

「また手加減したのか」

 そのまま殺れば良いものをとつぶやいた師匠に小さく首を振った。

「魔物たちはマナのバランスが崩れておかしくなってるだけなんでしょ。逃げるものに追い討ちをかけるような真似はしないわ」

 その答えがお気に召さなかったのか、オズワルドは皮肉めいた表情を浮かべた。

「ずいぶんと聖女らしくなったもんだ」
「なによ、そのトゲがある言い方」

 チラとこちらを見た師匠は、すべてを見透かしているかのように平然と言った。

「魔力もあんまりため込みすぎると毒だぞ。こういう戦いの場で発散しなくてどうする」

 顔をしかめた少女はため息をついて杖を水平に振ってみせた。たちまちの内に戦闘で荒れた大地に一面の花が咲き乱れる。甘酸っぱい瑞々しい香りが辺りに立ち込めた。

「傷つけるより、生み出すほうが私は好き」
「『模範的』な回答だな」

 鼻を鳴らし無言で歩き出した男の後を追う。

 獣人のテイル村を出てから半日経っただろうか。ニチカはオズワルドと二人で歩いていた。ウルフィにとっては久しぶりの故郷ということもあり、二人はゆっくりしていけと彼を置いて先に発つことにしたのだ。
 オオカミが本気を出して走れば、徒歩の人間になどすぐに追いつけるだろうし、さらに後ろから追いかけてくるランバールとも合流して貰った方が良い。

 曇りでうす暗いが、明かりを出すほどでもない。本当に微妙な暗さの街道を歩きながら、ニチカはテイル村での事を思い出していた。


 ノックオックが村に降り(説得するのはそれはもう凄まじく重労働だったそうだ)無意識とはいえ地震を引き起こしていたことへの謝罪をしたのが明け方。当然イケニエなんて制度も廃止されイヌ族はお祭り騒ぎになった。

『でも不思議なのよね』
『何がだ?』

 祭りのどんちゃん騒ぎから離れた少女は、隅で一人酒を呑んでいたオズワルドの横に座った。

『ウルフィの他にもイケニエに捧げられちゃった子って居たわけでしょ? どこに消えちゃったんだろう』

 ノックオックに聞いたところ、確かに捧げられた子たちは数匹居たが、解放してやろうと縄を解いてやった瞬間、恐怖で皆逃げ出してしまったそうだ。
 興味なさげに酒をあおっていた師匠は、輪の真ん中で奇妙な盆踊り(?)をするウルフィをアゴで指した。

『さぁな、アイツみたいにどこかでテキトーに生き延びてるだろ』

 口調と声はどうでもよさそうなのに、嬉しそうにはしゃぐ使い魔を見るその眼は少しだけ柔らかい。そんな些細な変化が分かるようになったことで、あぁこの人ともだいぶ長い付き合いになってきたのだなと心のどこかで思う。


 なのにやはりどこか近づけない。近寄らせないと言った方が正しいのだろうか。時たま優しいと感じることがあるのに、先ほどのように蔑んだような眼を向けられる。

 素直に声をあげて笑う彼と、皮肉ったような冷たい笑み。
 人は誰しも二面性を持っているというが、この男はどちらが本性なのだろうか。

 先を行く彼の背中に伸ばしかけた手が空を彷徨う。

(あなたの心が 見えない)

 深入りするなと頭のどこかで警告音が鳴る。
 知ってどうする。いずれ自分はこの世界から去る人物だ。
 それにもし踏み込んで、拒否されたのなら自分は――

「わっ!?」

 ぼんやりとしていたせいか、または闇に紛れるような衣装の男が悪かったのか、気づけばニチカはその背中に激突していた。

「ちゃんと前みて歩け」
「ふが、悪かったわよぉ……」

 痛む鼻をさすりながらも、なぜ急に止まったのかとにらみつける。立ち止まったその体の向こうから建物の影が見えてきた。

 大きくはないが小さくもない、平野のド真ん中にあるにしては不自然なシルエットは、正面から見て左部分が大きくえぐられていた。

「教会?」

 朽ち果てたそれは、風くらいはしのげそうだった。

***

 中に入ってみれば、思ったよりは荒れていなかった。
 左半分の屋根が無いせいで、石造りの床には枯れ葉や石などが散乱していたが、揃って同じ方向を向いている椅子などはしっかりとしている。払えば寝床ぐらいにはなるだろう。
 屋根のある右半分側に移り、祭壇横で拾い集めてきた枝やら葉っぱを燃やす。バチ当たりと言うなかれ、ここはすでにただの廃墟だ。

「……」

 食事も終えて壁に背を預けると風が窓枠をガタガタと揺らす音がした。

「……寒い? 燃えるもの集めてこようか?」
「いや、平気だ」

 オズワルドは先ほどから床に胡坐《あぐら》をかいてディザイアを分解していた。穴のあくほど部品を眺めては手元の用紙に何か書き込んでいく。こうなっては声をかけても生返事しか返ってこないだろう。

 しばらくそれをぼんやり見つめていたが次第に飽きてきた。何か面白いものは無いかと椅子から飛び降りる。

 整然と並べられた長椅子の上には簡単な燭台が取り付けられていて、チビたロウソクが残っている。入り口から祭壇へと続く道を歩きながら、気まぐれにニチカは片っ端から火を灯していった。

 2本の指で芯をそっとつまむとポッと火が宿る。
 ひとつ、ふたつ、みっつ……
 中ほどまで進む頃には教会内はすっかり明るくなっていた。

 祭壇までたどり着いた少女は厳かな雰囲気のまま正面を見上げた。曇り掛けたステンドグラスの前には女神ユーナを模した彫像が穏やかに微笑みながらこちらに両手を差し伸べている。慈愛に満ちた表情はよく出来ていて今にも声を発しそうだ。

「寝る前にちゃんと消しておけよ」
「うん」

 一段落着いたのか、師匠が伸びをしながら立ち上がる。首をボキボキ鳴らしながらこちらに来ると同じように彫像を見上げた。

「実際はこれより美人だったね」
「大抵偶像化されると実物より美化されるものだけどな。風の里にもそういうのが一体あったか」
「早めに忘れてくれないかしらその事は」

 イラッと来て語調にトゲを含ませる。人物の特定ができないように顔をぼかしてくれと頼んだが果たして実行されただろうか。そう思いつつ、はた迷惑なブロンズ像の事を脳内から消し去った。

「あの銃、調べて何か分かった?」
「ん? あぁ、あれは銃というよりは変換機だな。お前の予想通り、負の感情をエネルギー波に変える物だった」

 懐から紙を出した師匠は広げて見せる。そこには銃を横から見た図が描かれていて、指で差しながら説明してくれた。

「まず強い憎しみや恨みを込めながらグリップを握る。するとこの横の魔法陣がそこらに漂ってる闇のマナを勝手に集めて、本来なら弾倉に当たる部分に送り込んで混ぜ合わせるんだ。で、その場で出来た恨みたっぷりの銃弾をそのまま撃ちだす」
「うぇぇ~、もうそこまで分かったの?」

 たかだか数十分調べて居ただけではないかと舌を巻くと、オズワルドは微妙に悔しそうな色を瞳に浮かべた。

「構造自体は余りに単純すぎて拍子抜けした。問題なのはこの側面に彫られた魔法陣なんだ」
「この丸いマーク?」

 見取り図の端に描かれていた円を指さす。これぞTheファンタジーと呼べそうな物で、随所に月やら星が描かれていて何となくワクワクする。文字のような物もこの世界で使われている言語とは違うようだ。

「こんな複雑な図式は見たことがない。陣とはいえ、発動させる側にある程度の理解がなきゃ動かないのが普通なんだ」

 それがこの陣はどうだ、素人が握るだけで発現するだなんて聞いたこともない。

「くっそ、どうなってんだこりゃ……複雑すぎて『入り』がどこなんだかも分からん」

 男は悔しそうに頭を掻き毟る。
 興味深そうにその図を見ていたニチカは、こんなことを言った。

「じゃあ私も一緒に考えるから、教えて」
「は?」

 予想外の提案にそちらを見ると、思ったより近い位置に弟子のキラキラとした眼差しがあってのけぞる。

「一人で考えるより二人の方がいいでしょ? それに基本を教えているうちに思いつくこともあるかもしれないじゃない?」

 まっすぐな笑顔を向けられて、あぁそうだ、こいつは腹が立つほどのポジティブ思考だったと思い出す。

「……同じことを二度聞いたらつねる」
「よしきたーっ」
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