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12-ヒロイン症候群(シンドローム)
129.少女、思い返す。
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バッと飛び出したニチカは、杖を手に先ほどから爆発しそうだった魔法を解放した。行く手に待ち構える黒い集団を押しのけるように大地が隆起し敵陣の真っ只中に道ができる。
「すっげニチカちゃん!」
「僕たちも続け~っ!!」
仲間達と共に道の真ん中を突破していく。一瞬あっけに取られていた魔女達だったがすぐに激しい交戦が始まった。
壁をよじ登ってくる敵にはニチカが片っ端から炎を撃ち込んでいく、空を飛ぶ魔女たちはシャルロッテとランバールが応戦。ウルフィはわざと土壁の上に飛び乗り陽動してくれているようだ。
「喰らえっ!」
ふいに壁の上から銃撃隊が左右2人ずつ現れる。彼らがディザイアを撃ち込む前にオズワルドが動いていた。魔法陣封殺用のシールを氷のつぶてに乗せ放ち銃身に貼り付ける。不発に終わり目を丸くした彼らをニチカが風で外側に叩き落とした。
「とりあえずあの銃だけは全滅させた方がよさそうだな。ランバール!」
「合点!」
空中にバッと投げ上げたシールを半精霊が風に乗せる。ペペペペッと貼りついた銃は使い物にならなくなってしまった。あんぐりと口を開けた彼らに向かい、ランバールはすまなそうに片手を顔の前に掲げて見せる。
「いっぱい作ったのにごめんね~、この人のせいでもう完封できちゃうから生産は中止した方が良いと思うよ」
「もうここらでやめておけ会長。これ以上魔女の悪名を広めてどうする」
「あなたがそれ言う?」
ボソリと呟いたニチカの口を師匠は片手で捻り上げる。ぎゃあぎゃあとわめく弟子をよそに彼はウィズマックに向かって悟ったように言った。
「世界の頂点に立つだなんて野心は捨てるんだな。それをやって白と赤の国がどうなったか知らないわけでもあるまい?」
「っくぅ……!」
計画は台無しだ。切り札であったはずのディザイアが封じられ、しかもその原動力となる闇のマナがどんどん世界から薄らいでいる。
さらにこんな大地を割るような力量を見せられては数でねじ伏せるのも難しい。魔女は魔導のニガテな者が多数だ。すでに逃げ腰になっているのが三分の二と言ったところ。
状況は不利、ここで戦闘を続けるよりもう使い物にならぬ黒い武器ディザイアの痕跡を消す方が先だ。トップはそう判断した。さぁぁと波が退いていくような撤退の早さに一行は緊張を解かないまま見送る。
「これで諦めてくれるといいんスけど」
土壁の上に並び立つ一行は、ランバールのその一言に心底同意した。
***
それから飛び続けること一日と少し。平原の向こうから見えてきた深い森を一番に見つけたのはシャルロッテだった。
「あぁ懐かしの学び舎よ、私は帰ってきたわ」
「ロッテ先輩と学校の組み合わせとか、嫌な思い出しか甦ってこない……」
「何か言った? ランラン」
「いえーっ、何でも!!」
本気でわからなそうな顔をしているシャルロッテになぜかランバールは焦る。
その後ろ、師弟を乗せたホウキの上では、目的地を目前にしてある騒動が起こっていた。
「オズワルド、ずっと言いたかったことがあるの」
先ほどからずっと反応のない師匠についにキレたニチカは空中でくるりと一回転してみせた。後部座席に座っていたオズワルドが重たい人形のように落下して行き、地面スレスレのところでキャッチされる。ようやく覚醒した男は寝ぼけたように辺りを見回した。
「? なんだ?」
「寝るなーっ!! 落下しながら眠るとかどれだけよっ」
どなりつけても彼は目元をこすり小さくあくびをしただけだった。その様子にますます腹立たしさが募る。
「乗せて貰ってるんだから少しは遠慮して起きる努力をするとかさぁっ」
「俺が起きてたところでしてやれることは何もない。なら非常時に備えて体力回復しておくのが得策……だ……」
「ほらぁまた寝る! もうすぐ着くからしゃっきりしてっ」
しかしこれだけ不安定な体勢でよく眠れるものだ。そのバランス感覚を何かに活かせばいいのに、悲しいかな惰眠に有効活用されているのだ。
もう本気で振り落としてやろうかと思いながらエルミナージュの学校門前に降り立つと、森の中を駆け抜け先回りしていたウルフィがパタパタと尻尾を振りながら待っていた。
「あのねー話はしておいたよ! 入っていいって!」
いつだったか騙したことのある門番に会釈をしながら門をくぐると、城へと続くゆるやかな坂道のふもとで待ち構えている一団があった。
「ニチカさまぁっ!!」
「!?」
黄色い声と共に抱きつかれ「くえっ」とヘンな声が出る。
派手な赤い髪をツインテールにした美少女はその声を聞きとがめ、ショックを受けたようにニチカの首を掴んで揺さぶり始めた。
「どうなさいましたの!? まさかどこかにお怪我を! いっ、いやあああ!! しっかりなさって、わたくしを残して死んじゃダメですわぁぁ!!」
「あ、アンジェ、あんじぇりか、やめて」
相変わらず人の話を聞かないご令嬢を止めてくれたのはもう一人の学友だった。
「ハーイやめやめ。会えて興奮するのは分かるけどマジに死んじゃうって」
「メリッサ!」
名を呼ぶと彼女はピンクのくるくる髪を引っ張りながらはにかんだように手を上げた。
「久しぶり、って言っても二ヶ月も経ってないか」
「……ちょっと痩せた?」
記憶の中の彼女はややぽっちゃりしていたような気がするのだが、目の前のメリッサはその時よりもスリムになっていた。
「あぁ、うん、あの子の面倒見てたら自然と」
「わぁ……なんかゴメン」
学校に押し付けた申し訳なさを感じていると、その原因はまったく気にした様子もなく晴れやかに跳ねた。
「ニチカ様ぁーっ、早く学園へ参りましょ! わたくしがエスコートいたしますわ! ほらその他大勢も早くしなさいなっ」
振り向けば「その他大勢」は再会を喜ぶ女子三人を遠巻きに見守っていた。呼ばれてようやく寄ってきた彼らは軽く挨拶を交わす。
ぞろぞろと坂道を歩き出す一行を、街に下りてきていた学生や店の者たちが物珍しそうに見ていた。
「んもー、何じろじろ見てるんだか。精霊の巫女様のお帰りだってのに」
「いいよいいよ、このまま大人しく校長室まで行こう」
ん?と振り向いたメリッサは一行を見回して疑問を口にした。
「そういえばイニ様から頂いた金色の羽根は?」
あれこそ何よりの証拠になるのに。何しろ「杖を持った少女と金色の羽根をつけた同行者」が救世主だと大声で言って回ったのは自分なのだ。だが気まずそうに俯いたニチカはぼそりと小さく言った。
「それがその、この街を出てすぐに」
「すぐに?」
「オズワルドが燃やしちゃった」
極力目立ちたくないらしい彼は有無を言わせぬ内にウルフィとランバールの羽根をも回収してさっさと焼き捨ててしまった。ぽかんと口を開いたメリッサは口の端を引きつらせながら話題を変えた。
「まぁいっか。それより彼とはどうなったの? どこまで行った?」
「あはは、相変わらずだなぁ」
苦笑しながら前を向いたニチカはどこか遠くを見つめる。その横顔はどこかスッキリした穏やかな表情だった。
「別になんともなってないよ。あの人は師匠で私は弟子、それだけ」
「えぇぇ~っ」
ふふっと笑ったニチカはそれ以上言わなかった。
今はまだ師弟なだけ。それが変化するかもしれないのは自分がこの世界に再び足を踏み入れる時。だがその約束は自分とオズワルドだけの秘密なのだ。期待する彼女には悪いがこれだけは胸に秘めておこう。
「なになに? 何の話ですの?」
くるっとターンしたアンジェリカが首を突っ込んでくる。話がややこしくならない内にと先手を打つことにした。
「ブロニィ村の宿は順調?」
「えぇ、おかげさまで。クレナ染めの土産もすっかり定着して現在工場の増設を考えておりますの」
牢に閉じ込められ、そのお詫びに貰ったマントを見下ろす。これだけ見事な深い緋色は行く先々で評判がよく、しょっちゅうどこで手に入れたのかと聞かれたものだ。
ニチカを歩く広告塔にしたアンジェリカの目論見は大成功だったと言えるだろう。その経営手腕には恐れ入る。
「そういえば執事のウィルさんは?」
「元気も元気。ピンピンしてますわ」
最近胃薬が手放せなくなったみたいで、とメリッサの追加情報に静かに心の中で手を合わせる。腰に手をあてたご令嬢は髪の毛をさらりと搔きあげて愚痴をこぼした。
「まったく使えませんわ。アイツと来たら言いつけた仕事が終わらずに今も厨房を走り回ってますの」
「厨房?」
いつ執事からコックに転職したのだろうかと思っているとアンジェリカは慌てたように手を振った。
「あっ、いやっ、そう最近のウィルは料理にはまってますの、ホホホ」
「気にしない気にしない」
「???」
メリッサにも言われて背中を押される。懐かしの学校はすぐ目の前まで迫っていた。
***
以前にも来たことがある校長室は、ある一点を除いて変わりは無かった。
そのある一点の前で、ニチカは俯いたままプルプルと震えていた。
「よく無事にここまで戻って来ましたね、送り出したこちらも一安心です」
扉を開けてようやくグリンディエダ校長が入ってくる。勢いよく振り向いた少女は泣きつく勢いで彼女に迫った。
「何なんですかこれ! 何でこれがここにあるんですか!!」
ニチカの指し示す先、異常な存在感を放つそれは風の里にあるはずの巨大シルミアブロンズ像だった。
さすがにレプリカだがそれでも大きい。両手を広げて恍惚の表情を浮かべるシルミアの両脇に、凛々しい表情をしたランバールとだいぶ美化されたニチカがオプションでついてるところまで再現されている。
クラリと卒倒しかけた少女に弁解するようにランバールが後ろから声をかけた。
「ごめん、オレも止めたんだけどさ~」
「ラン君、何これ! 何の目的で!?」
「風のウワサポータル改良版。シルミアの提案でこの方がやる気が出るんだって。ほら、開けるとベースはマキナっちの作った機械装置」
「改良っていうか改悪じゃない!」
まさかと、嫌な予感がしたニチカは(どうか違いますように!頼みますから違いますように!!)と祈りながら恐るおそる聞いてみた。
「ポータル、各地の主要な都市に配置したって言ってたじゃない?」
「うん、全部これに差し替わった」
「ジーザス!」
ということは、桜花国にもサリューンにもこれがあるわけだ。なんてこったい
次に会ったらシルミアに肖像権という物をみっちり叩き込んでやると心に誓いつつ視界から追いやる。相変わらずの厳格さでやり取りを見守っていたグリンディエダと目が合った。
「よろしいですか?」
「あ、はい」
「イニより連絡がありました。翌朝、明けの明星が輝く頃。この学校の屋上に天界へと繋がる道を開けるそうです。ニチカさんにはそれに乗り魔導球を持って来て欲しいと」
いよいよだ。
部屋の隅で腕を組み、壁に寄りかかっていたオズワルドの方を向く。彼は目元を少しだけ和らげて一度だけうなずいた。
それだけで安心できる。再び校長に向き直ったニチカはこの旅の最終目標をハッキリと口にした。
「わかりました。明日、精霊の女神ユーナを復活させます」
「すっげニチカちゃん!」
「僕たちも続け~っ!!」
仲間達と共に道の真ん中を突破していく。一瞬あっけに取られていた魔女達だったがすぐに激しい交戦が始まった。
壁をよじ登ってくる敵にはニチカが片っ端から炎を撃ち込んでいく、空を飛ぶ魔女たちはシャルロッテとランバールが応戦。ウルフィはわざと土壁の上に飛び乗り陽動してくれているようだ。
「喰らえっ!」
ふいに壁の上から銃撃隊が左右2人ずつ現れる。彼らがディザイアを撃ち込む前にオズワルドが動いていた。魔法陣封殺用のシールを氷のつぶてに乗せ放ち銃身に貼り付ける。不発に終わり目を丸くした彼らをニチカが風で外側に叩き落とした。
「とりあえずあの銃だけは全滅させた方がよさそうだな。ランバール!」
「合点!」
空中にバッと投げ上げたシールを半精霊が風に乗せる。ペペペペッと貼りついた銃は使い物にならなくなってしまった。あんぐりと口を開けた彼らに向かい、ランバールはすまなそうに片手を顔の前に掲げて見せる。
「いっぱい作ったのにごめんね~、この人のせいでもう完封できちゃうから生産は中止した方が良いと思うよ」
「もうここらでやめておけ会長。これ以上魔女の悪名を広めてどうする」
「あなたがそれ言う?」
ボソリと呟いたニチカの口を師匠は片手で捻り上げる。ぎゃあぎゃあとわめく弟子をよそに彼はウィズマックに向かって悟ったように言った。
「世界の頂点に立つだなんて野心は捨てるんだな。それをやって白と赤の国がどうなったか知らないわけでもあるまい?」
「っくぅ……!」
計画は台無しだ。切り札であったはずのディザイアが封じられ、しかもその原動力となる闇のマナがどんどん世界から薄らいでいる。
さらにこんな大地を割るような力量を見せられては数でねじ伏せるのも難しい。魔女は魔導のニガテな者が多数だ。すでに逃げ腰になっているのが三分の二と言ったところ。
状況は不利、ここで戦闘を続けるよりもう使い物にならぬ黒い武器ディザイアの痕跡を消す方が先だ。トップはそう判断した。さぁぁと波が退いていくような撤退の早さに一行は緊張を解かないまま見送る。
「これで諦めてくれるといいんスけど」
土壁の上に並び立つ一行は、ランバールのその一言に心底同意した。
***
それから飛び続けること一日と少し。平原の向こうから見えてきた深い森を一番に見つけたのはシャルロッテだった。
「あぁ懐かしの学び舎よ、私は帰ってきたわ」
「ロッテ先輩と学校の組み合わせとか、嫌な思い出しか甦ってこない……」
「何か言った? ランラン」
「いえーっ、何でも!!」
本気でわからなそうな顔をしているシャルロッテになぜかランバールは焦る。
その後ろ、師弟を乗せたホウキの上では、目的地を目前にしてある騒動が起こっていた。
「オズワルド、ずっと言いたかったことがあるの」
先ほどからずっと反応のない師匠についにキレたニチカは空中でくるりと一回転してみせた。後部座席に座っていたオズワルドが重たい人形のように落下して行き、地面スレスレのところでキャッチされる。ようやく覚醒した男は寝ぼけたように辺りを見回した。
「? なんだ?」
「寝るなーっ!! 落下しながら眠るとかどれだけよっ」
どなりつけても彼は目元をこすり小さくあくびをしただけだった。その様子にますます腹立たしさが募る。
「乗せて貰ってるんだから少しは遠慮して起きる努力をするとかさぁっ」
「俺が起きてたところでしてやれることは何もない。なら非常時に備えて体力回復しておくのが得策……だ……」
「ほらぁまた寝る! もうすぐ着くからしゃっきりしてっ」
しかしこれだけ不安定な体勢でよく眠れるものだ。そのバランス感覚を何かに活かせばいいのに、悲しいかな惰眠に有効活用されているのだ。
もう本気で振り落としてやろうかと思いながらエルミナージュの学校門前に降り立つと、森の中を駆け抜け先回りしていたウルフィがパタパタと尻尾を振りながら待っていた。
「あのねー話はしておいたよ! 入っていいって!」
いつだったか騙したことのある門番に会釈をしながら門をくぐると、城へと続くゆるやかな坂道のふもとで待ち構えている一団があった。
「ニチカさまぁっ!!」
「!?」
黄色い声と共に抱きつかれ「くえっ」とヘンな声が出る。
派手な赤い髪をツインテールにした美少女はその声を聞きとがめ、ショックを受けたようにニチカの首を掴んで揺さぶり始めた。
「どうなさいましたの!? まさかどこかにお怪我を! いっ、いやあああ!! しっかりなさって、わたくしを残して死んじゃダメですわぁぁ!!」
「あ、アンジェ、あんじぇりか、やめて」
相変わらず人の話を聞かないご令嬢を止めてくれたのはもう一人の学友だった。
「ハーイやめやめ。会えて興奮するのは分かるけどマジに死んじゃうって」
「メリッサ!」
名を呼ぶと彼女はピンクのくるくる髪を引っ張りながらはにかんだように手を上げた。
「久しぶり、って言っても二ヶ月も経ってないか」
「……ちょっと痩せた?」
記憶の中の彼女はややぽっちゃりしていたような気がするのだが、目の前のメリッサはその時よりもスリムになっていた。
「あぁ、うん、あの子の面倒見てたら自然と」
「わぁ……なんかゴメン」
学校に押し付けた申し訳なさを感じていると、その原因はまったく気にした様子もなく晴れやかに跳ねた。
「ニチカ様ぁーっ、早く学園へ参りましょ! わたくしがエスコートいたしますわ! ほらその他大勢も早くしなさいなっ」
振り向けば「その他大勢」は再会を喜ぶ女子三人を遠巻きに見守っていた。呼ばれてようやく寄ってきた彼らは軽く挨拶を交わす。
ぞろぞろと坂道を歩き出す一行を、街に下りてきていた学生や店の者たちが物珍しそうに見ていた。
「んもー、何じろじろ見てるんだか。精霊の巫女様のお帰りだってのに」
「いいよいいよ、このまま大人しく校長室まで行こう」
ん?と振り向いたメリッサは一行を見回して疑問を口にした。
「そういえばイニ様から頂いた金色の羽根は?」
あれこそ何よりの証拠になるのに。何しろ「杖を持った少女と金色の羽根をつけた同行者」が救世主だと大声で言って回ったのは自分なのだ。だが気まずそうに俯いたニチカはぼそりと小さく言った。
「それがその、この街を出てすぐに」
「すぐに?」
「オズワルドが燃やしちゃった」
極力目立ちたくないらしい彼は有無を言わせぬ内にウルフィとランバールの羽根をも回収してさっさと焼き捨ててしまった。ぽかんと口を開いたメリッサは口の端を引きつらせながら話題を変えた。
「まぁいっか。それより彼とはどうなったの? どこまで行った?」
「あはは、相変わらずだなぁ」
苦笑しながら前を向いたニチカはどこか遠くを見つめる。その横顔はどこかスッキリした穏やかな表情だった。
「別になんともなってないよ。あの人は師匠で私は弟子、それだけ」
「えぇぇ~っ」
ふふっと笑ったニチカはそれ以上言わなかった。
今はまだ師弟なだけ。それが変化するかもしれないのは自分がこの世界に再び足を踏み入れる時。だがその約束は自分とオズワルドだけの秘密なのだ。期待する彼女には悪いがこれだけは胸に秘めておこう。
「なになに? 何の話ですの?」
くるっとターンしたアンジェリカが首を突っ込んでくる。話がややこしくならない内にと先手を打つことにした。
「ブロニィ村の宿は順調?」
「えぇ、おかげさまで。クレナ染めの土産もすっかり定着して現在工場の増設を考えておりますの」
牢に閉じ込められ、そのお詫びに貰ったマントを見下ろす。これだけ見事な深い緋色は行く先々で評判がよく、しょっちゅうどこで手に入れたのかと聞かれたものだ。
ニチカを歩く広告塔にしたアンジェリカの目論見は大成功だったと言えるだろう。その経営手腕には恐れ入る。
「そういえば執事のウィルさんは?」
「元気も元気。ピンピンしてますわ」
最近胃薬が手放せなくなったみたいで、とメリッサの追加情報に静かに心の中で手を合わせる。腰に手をあてたご令嬢は髪の毛をさらりと搔きあげて愚痴をこぼした。
「まったく使えませんわ。アイツと来たら言いつけた仕事が終わらずに今も厨房を走り回ってますの」
「厨房?」
いつ執事からコックに転職したのだろうかと思っているとアンジェリカは慌てたように手を振った。
「あっ、いやっ、そう最近のウィルは料理にはまってますの、ホホホ」
「気にしない気にしない」
「???」
メリッサにも言われて背中を押される。懐かしの学校はすぐ目の前まで迫っていた。
***
以前にも来たことがある校長室は、ある一点を除いて変わりは無かった。
そのある一点の前で、ニチカは俯いたままプルプルと震えていた。
「よく無事にここまで戻って来ましたね、送り出したこちらも一安心です」
扉を開けてようやくグリンディエダ校長が入ってくる。勢いよく振り向いた少女は泣きつく勢いで彼女に迫った。
「何なんですかこれ! 何でこれがここにあるんですか!!」
ニチカの指し示す先、異常な存在感を放つそれは風の里にあるはずの巨大シルミアブロンズ像だった。
さすがにレプリカだがそれでも大きい。両手を広げて恍惚の表情を浮かべるシルミアの両脇に、凛々しい表情をしたランバールとだいぶ美化されたニチカがオプションでついてるところまで再現されている。
クラリと卒倒しかけた少女に弁解するようにランバールが後ろから声をかけた。
「ごめん、オレも止めたんだけどさ~」
「ラン君、何これ! 何の目的で!?」
「風のウワサポータル改良版。シルミアの提案でこの方がやる気が出るんだって。ほら、開けるとベースはマキナっちの作った機械装置」
「改良っていうか改悪じゃない!」
まさかと、嫌な予感がしたニチカは(どうか違いますように!頼みますから違いますように!!)と祈りながら恐るおそる聞いてみた。
「ポータル、各地の主要な都市に配置したって言ってたじゃない?」
「うん、全部これに差し替わった」
「ジーザス!」
ということは、桜花国にもサリューンにもこれがあるわけだ。なんてこったい
次に会ったらシルミアに肖像権という物をみっちり叩き込んでやると心に誓いつつ視界から追いやる。相変わらずの厳格さでやり取りを見守っていたグリンディエダと目が合った。
「よろしいですか?」
「あ、はい」
「イニより連絡がありました。翌朝、明けの明星が輝く頃。この学校の屋上に天界へと繋がる道を開けるそうです。ニチカさんにはそれに乗り魔導球を持って来て欲しいと」
いよいよだ。
部屋の隅で腕を組み、壁に寄りかかっていたオズワルドの方を向く。彼は目元を少しだけ和らげて一度だけうなずいた。
それだけで安心できる。再び校長に向き直ったニチカはこの旅の最終目標をハッキリと口にした。
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