魅惑の出来ない淫魔令嬢

葛餅もち乃

文字の大きさ
21 / 42

#21 日常を歩む(5)

しおりを挟む
 レオナルドの申し出もあり、ライラは彼に魔術を教えてもらうことになった。殆ど講義の予習復習である。戦闘能力に優れているレオナルドに手合わせしてもらえるのは勉強になり、ライラの《怪力》の使い方も幅が広がった。反撃の仕方も、大狼族目線の指摘は参考になる。
 レオナルドの方は、「それ、《怪力》って言葉で片付けていいような性質じゃないと思う……知らずに魔術を使ってるんじゃないか? だから他の魔術をするのが下手とか――詳しく調べてもらうのがいいんだろうけど、適任がいねぇ。似非教師デヴォンは論外だしな」と頭を悩ませていた。見た目にそぐわず、ものすごく面倒見のいい男である。

 キャロンとは一緒に勉強したり、お茶会に誘われて行ってみたり、ライラが誘って人間界へ遊びに行ったりもした。夢の国のテーマパークで、キャロンは猫耳カチューシャをつけ、ライラは黒く丸い耳のカチューシャをつけて楽しんだ。人間界へのゲートはトゥーリエント家にあるものを使ったので、その日、ライラは自宅の夕食に招いたのである。

 屋敷に入ったキャロンは目を輝かせ、「トゥーリエント本邸なんて、レア! レアですわぁ!」と興奮冷めやらぬ口調であった。来客用の個室を使い、二人で夕食を食べていると次兄ファルマスも遊びに来た。妹の友達に挨拶したかったらしい。「妹をよろしくね、フォレストさん」と軽く頭を撫でられたキャロンは、頬を染めて睫毛を震わせた。こんな反応をする友人をライラは初めて見た。兄が去った後、「あんなお兄様がいたら、そりゃあ、そこらのイケメンエリックを見ても動じませんわね~。間近でお会いしたのは初めてですけどかっこいい~」と両手を握り合わせながら語ってくれた。

 エリックとは特に変わらず。たまに屋敷にやって来ては、持参してくれたお八つを食べ、世間話をして帰っていく。そそくさと帰るのは兄たちに見つからないようにだろう。
 そんな風に、平和に二ヶ月が過ぎた。予想外なことに、ヘルムとの接触も無かった。肩透かしを食らった気持ちだ。


 魔術基礎演習はやはり苦手である。心の中でため息をつきながら、ライラは先程の実習内容を反復する。水系統の魔術で、水球を飛ばすか、水流を出現させるかが課題であった。努力の末も、親指と人差し指で作れる程度の水球しか出来なかった。
 防御は論外である。デヴォンの操る荒れ狂った水流を、本来なら防除魔術で防がなければならないところを――魔術発動まで間に合わないし、できたところで無理だと観念したライラは、とっさに拳一つで相殺した。「……いやまぁ、見事なんだけど、ねー」とデヴォンも言葉が詰まる。最初こそ驚いていたクラスメイトたちであったが、最早見慣れた光景である。ライラは「本当すみません……」と言う他ない。

 どうしようか、なんかもうどうしようもない気がする……と諦めながら着替えていると、意を決したようにクラスメイトが喋りかけてきた。更衣室にはもう、ライラとキャロンと、そのクラスメイト二名しかいない。

「あのね……ずーっと気になってたんだけど、レオナルド君とどういう関係なのっ?」
「え」

 驚くライラの後ろで、キャロンは「まぁ、そうですわよね~聞いてくるの遅いぐらいですわよね~」と呟いている。

「さっきも、レオナルド君、ライラさんに親し気にデコピンしてたし。あんな笑顔向けるのライラさんにだけだし。ってか最初仲悪かったのに、ある日突然仲良くなってたし……!」

 デコピンは、防御魔術が上手くできなかった罰である。全然痛くはない。笑っていたのは、『無理に魔術で防がなくても、その拳で対処できるんなら、別にいいと俺は思うけどな』とライラを励ますためである。ライラの放課後先生は優しいのである。

「レオとは、お友達――」
「それ! いつの間にかレオって呼び捨てで呼び合ってるんだもん!」クラスメイトはテンションが上がった。
 戸惑うライラを見かね、キャロンが口を開いた。
「間に入ってごめんなさい。ええと貴方、レオナルドのことが好き、という訳ではありませんの?」
「えっ……違う違う! そりゃ、かっこいいなーって思うけど、好きとかではないし、獰猛っていうか強すぎてやっぱ怖いし。それより二人の仲が! 気になる! わくわく!」

 レオナルドのことを怖いと言い切った彼女は確かナナリーという。隣にいる彼女の友達が「ごめんね突然。ずっと聞きたくて仕方なかったみたいなの」とフォローを入れた。

「実際ライラさんはどうなの? レオナルド君、私から見るとさぁ、絶対トクベツ扱いしてると思うんだよね! わくわく!」

 ライラは瞳を大きく開き、二度瞬いた。肩の力を抜いて、へらりと笑う。

「それは私が、魔術が苦手だからだよ。ちょっと教えてもらってるの」

 そう、それだけだ。レオナルドは面倒見がいい。

「私を好きになる魔族なんて――必要だと思ってくれる魔族なんて、いないよ」
 にこりと笑った。なのに、キャロンをはじめ三人が黙り込む。
「も、もおお、私の可愛いライラ? 恥ずかしいからって何言ってますの!」
「ありがとうキャロンちゃん。えへ」

 キャロンがライラに抱きついてきて、クラスメイト二人がほっと息を吐く。四人で雑談しながら教室に帰った。

       〇

 放課後は、レオナルドによる魔術講義が行われる。魔術基礎演習の復習をし、ライラが望む魔術の反復練習をする。レオナルドは《怪力》を使った戦闘訓練をもっとした方がいいと考えているため、手合わせの時間もとる。
 場所はお昼休みに使っている構内の外れ。レオナルドが結界を張ったなかで行うので、魔術が漏れることはない。ライラは何かお礼を、と言ってくるのだが、好きでやっているので気にするなといつも言っている。
 今日もライラはカラカラになるまで魔力を使い、その上くたくたになるまで体術の稽古をした。ふらついている。

「いいから休め」
 レオナルドが言うと、ゆっくり頷いたライラが、物欲しそうに見上げてくる。
「……な、なんだよ」
 情熱的に輝く瞳でじっと見られ、レオナルドはたじろぐ。
「狼さんに、なってもらってもいい……?」
「……」

 そういうことかよ、とレオナルドは心のうちで石ころを蹴った。とは言えライラが望むのならばやぶさかではない。毛並みの美しい狼の姿をとると、ライラが嬉しそうに抱きついてくる。

(こいつ、人型の俺と獣型の俺、同じだと思ってないだろ)

 そしてライラは三秒で眠りに落ちた。狼はため息をつきながら、尻尾をまわしてライラの体を支える。三十分経ったら起こそうと決めた。

「ライラ、寝ていますの?」

 足音を忍ばせながら来たのはキャロンだ。苦手意識の強い彼女にも、この二ヵ月でだいぶ慣れた。面倒なのでお互い名前で呼び合うくらいには仲良くなった。

『さっきな。魔力切れギリギリだ』
「そうですの」

 レオナルドは、おや、と思う。キャロンの様子がいつもと違い、敵意が少ない。レオナルドに何かを話そうか迷っている――珍しい。

『何か、あったのか』
「貴方、案外空気読めるところありますよねぇ。そうね、何かあったといえば、あったのだと思いますわ」
『褒めてるつもりかソレ』
「ねぇレオナルド。貴方、ライラのことが好きですか」
『……は?』
「ごめんなさい、ナシにして下さい。どちらにしろ私に言いませんよね。今日ね、ライラは貴方とどういう関係なのか、尋ねられていたんですの。そのときライラ、『私を好きになる魔族なんていない』って言い切ったんです。曇りない笑顔で。あの言葉が、どうしても引っかかって……」
『そうか。俺も、ライラの自己評価がとてつもなく低いことは、気付いてる』
「もしも好意があるのなら、分かりやす過ぎるくらいじゃないと、伝わらないと思いますの」

 キャロンはそれを言いたかったのだろう。他でもないレオナルドに。

『気遣いに感謝する、キャロン』
「私が貴方にこんなこと言うなんて、今日は熱でも出てるのかもしれませんわ」

 当初こそ敵意丸出しだったが、今はそうでもない。レオナルドはキャロンの頭脳と魔術を認めているし、キャロンもレオナルドの圧倒的な強さを認めている。その間にあるのは、いつも笑顔を絶やさないライラだ。意図的なのか天然なのか、ポヤポヤした空気を醸し出して緩衝材の役割を果たし、いつの間にか二人は認め合う仲になっている。
 そのライラは安心しきったように眠っている。狼型のレオナルドの傍にいると、いい匂いに包まれて幸せな気分になるのだそうだ。そう言われたときのレオナルドの心中は複雑だった。喜んでいいのか、果たして異性としての意識は皆無なのではないか、何なのだこのとぐろを巻くモヤモヤは――。

「しかしまぁ、信頼されてますわねぇ」キャロンは苦笑する。
『……狼の姿の方が、こいつは好きそうだ』

 レオナルドの心中が分かったのか、キャロンはお腹を抱えて笑い出した。

「そのような弱音を私に吐くなんて、相当まいってるんですのね。ぷくくくく……」

 キャロンに対して取り繕うのも無駄なので、狼は静かに目を伏せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...