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後日編
#29 いざ北嶺プチ旅行(上)
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ライラ、レオナルド、キャロンに、エリック。休日の朝、四人は学園前に集まっていた。ライラは品の良いコルセットベストをあわせ、キャロンはフリルにレースのシャツでお洒落をしているものの、二人ともボトムスはロングパンツの軽装で、それぞれ一泊用の大きい荷物を持っている。
「ねぇ、俺ほんとに来ても良かったの?」
自信家のエリックが珍しく心もとない様子である。ライラは勿論だと笑い、レオナルドは少し眉を上げて頷く。
キャロンは大きく二度頷いた。エリックを呼んだのは他でもない彼女である。何故なら、ライラに好意を隠さず詰め寄るレオナルドの、なんやかんや甘い二人の空気に当てられるのが一人なのはキツイから。北嶺で一泊という密着取材行程は、誰かを道連れにしたかったからである。そう聞かされたライラは「いちゃついてない!」と反論したが、黙殺された。
「北嶺は初めてか?」
「あ、ああ……遠くの方から見たことはあるけど、踏み入れたことはないよ。さすがに領域違いだし」
「そうか。北嶺の夜空は綺麗だぞ。楽しんでもらえたらいい、な」
好意的なレオナルドに、エリックは目をしばたたいた。いつものメンバーで遊ぶ予定だったのに、部外者が入って内心は邪魔だと思っているのでは、と考えていたのかもしれない。そんなことないのに。
「それじゃ、行こうか。まず俺の家に行って、そこから《転移》していくから。みんな、手を」
レオナルドはライラの手を繋ぎ、ライラはキャロンと、キャロンはエリックと手を繋ぐ。それを見届けたレオナルドが息を吸い、小さく吐いた瞬間にはウォーウルフ邸に着いていた。巨木でできた門を一同はくぐり、屋敷の結界を抜けたところでレオナルドが手を離す。少し待ってて、と言い置いて玄関に入り、誰かを呼んでいる。
キャロンとエリックはウォーウルフ邸を見て唖然としていた。
「「でかい……」」
「大きいねぇ……」
そう、巨大なのである。ライラが前回来たときは気を失っていたし、帰りも慌ただしかったので正面からじっくり見られなかったのだが、トゥーリエント本邸よりも、舞踏会用のホールがある屋敷よりも、はるかに大きいのだ。大きく占められているのは小さな森の温室である。木や植物――自然に合わせて建てた要塞のようだ。
「大狼のねぐらだ。ウォーウルフ一族って、やっぱすげぇんだね……」
「いやいや、確かにでかいけど、そんなにすごい訳じゃないぞ。お前んとこのバーナード家の方がよっぽどだと思うけどな」
ひょっこり屋敷から出てきたレオナルドが、エリックの呟きに返事をした。一緒に出てきたのはきつね色の獣耳をもった女性である。二人で新たな大荷物を運び出していた。
「この屋敷は俺の一家だけが使うものじゃない。ウォーウルフ一族だったら誰でも使ってよくて、自由に共同生活を送る。元々はこんな大きくなくて、人数が増えたりドカンと稼いだりした時に増改築を繰り返したらしいんだよ――」
「じゃ、じゃあ、他の……あの有名なウォーウルフの方々もいらっしゃいますの?」
どこか期待に満ちた目でキャロンは屋敷を見上げる。レオナルドは苦笑しながら頭をかいた。
「それが……。今、学園の生徒なのが俺と姉貴だけで、両親は放浪戦闘職だし、そもそも一族中に放浪癖があるから定住しているのは従兄弟の一人だけ。そして住み込みで家政婦さんをやってもらっている、サツキさんだけだな」
そう言ってレオナルドはサツキを紹介した。軽くお辞儀をした彼女は、小さい星を散りばめたような柄の紺地の着物に、赤色の大きな花模様の帯を締め、暖かそうな真白いポンチョを羽織っている。足元はモコモコの黒いブーツ、防寒の装いである。
「初めまして皆さま。家政婦をしている妖狐のサツキです。この度の小旅行、私も同伴させていただきます。お料理はお任せください」
「初めまして、エリック・バーナードです。月の光のなかで舞う天女のようにお美しいですね」
「キャロン・フォレストです。よろしくお願いしますわ」
エリックの世辞に、サツキは目を細めて微笑み返した。淫魔とは違う得体の知れない艶やかさがぶわりと漂う。エリックは息をのんだようだった。その反応を見るとサツキは妖しげな笑みを引っ込め、キャロンに向かい会釈した。
「サツキさん、先日はありがとうございました」
「いえいえライラさん。坊ちゃんの将来の伴……お客様ですもの、当然のことです。お元気になられて何より」
(まさか坊ちゃんと呼ばれていますの?)
(今絶対『坊ちゃんの将来の伴侶』って言おうとしてレオナルドに睨まれてたな)
(お前ら、思ってること全部顔に出てるからな)
「さて。皆さんにはこれを着てもらいますね。防寒の魔術がかかっている優れものですよ~」
サツキとレオナルドは三人に分厚いコートを手渡していった。黒色でずっしり重く、裏地はモコモコ、チャックとボタンを全て留めてフードをかぶると、顔の露出部分は目と鼻のあたりだけになる。ずんぐりしたフォルムだ。
「ズボンもありますが、魔術もかけていますし、とりあえず別荘まではそれで大丈夫だと思います」
レオナルドは勝色のモッズコートをすらりと着こなしている。ライラ達に比べて明らかに軽装である。
「お前が着てるやつ格好良くね?」
エリックがぽろりと漏らした。
「俺はこれくらいでいいの。お前はそれ着ないとまじで凍るぞ」
「なんてったって大狼族ですからね。別にコート着なくても大丈夫は大丈夫なんですよね。かく言うサツキも寒さには強いのですよ。大猫のキャロンさんはどうですか?」
「あ~……本性になれば、ライラとエリックよりは大丈夫ですの。でも、寒いのは苦手です」
「そう言えば、キャロンちゃんのまだ本性見たことない」
ライラははっと思いつき、目を輝かせて言う。
「……見たいですのね?」
ライラは勢いよく頷き、それを想像して恍惚に言う。「もふもふ触らせてほしい……」もふもふに目がないのである。その呟きにぎょっとしたのはレオナルドだ。
「おいライラ……?」
その言葉に続くのは『俺のもふもふは飽きたのか……?』であるかもしれない。呟きを聞いたキャロンは愉し気な笑みを浮かべた。
「いくらでももふもふして良いですわ。ふふふ。ふふふふふふふっ」
やったぁ! とライラは喜んだが、横から何やら切なそうなレオナルドの視線を感じた。サツキは手を口に当てて忍び笑いをしている。
ライラが狼姿のレオナルドをもふもふしてきたことを知らないエリックは蚊帳の外である。
「あれ……俺なんか仲間外れ……? ほんとに来てよかった……?」
――頑張るのだエリック。
ウォーウルフ邸に《転移》したときと同じように手を繋ぐ。サツキはエリックと繋いで殿をつとめた。安全に進むために細切れに《転移》する。見知らぬ森の中、荒廃した雰囲気の漂う乾いた大地の上、薄雪かぶる小さな池のほとり、その次に着いたのが北嶺の入り口である。輝くほど白い雪に覆われた山々がそびえ、その険しさと厳格さ、こちらを圧倒する雄大さに一同は呼吸を忘れた。
ライラは人間界の名峰に連れて行ってもらったことはあったが、ここまで心臓に打ち込まれるような畏怖の念を感じる感覚は初めてだった。
皮膚を刺す感覚も違う。とてつもなく透き通っている空気であるのに、重圧を感じるように濃くもある。大地全体から溢れ出る魔力濃度が高いのである。
降り立ったのはまだ緑のある麓だが、防寒魔術のかかったコートを着ていても寒さを感じた。
「こっからは《転移》出来ないんで走って行く」
こともなげに言ったレオナルドに、客人三人は目を剥いた。あまりのことに絶句する。どこまで行くのか知らないが、別荘のようなものなど見えるところには一つもない。
「あ、待て。走るのは俺だけだから、大丈夫。そんなことさせない、大丈夫」
三人がよほど酷い顔をしていたのか、レオナルドは落ち着かせるようにゆっくり言った。
一呼吸おいて天を見上げたレオナルドの周囲に、蒼く白い無数の光のホログラムが現れ、輝きながら螺旋を描く。煌めきで視界が埋め尽くされるほど巨大化したのち、光が霧散すると顕現したのは、北嶺の地に似つかわしい威風堂々たる大狼である。
「かっこいい……」
「デカイですわ」
「(格好良くて)ずるい」
透明度の高い水色の毛並みが、北嶺の空気に触れて光を弾く。荘厳な美しさがあった。
『全員乗ってくれ。サツキさん、補助お願いします』
「段取り通りいきますね~」
この大きな獣に乗るとはどういう意味? と尋ねる暇もなく、サツキが三人を抱えて飛んだ。ライラ、キャロン、エリックを三人まとめて優しく抱きしめただけで、煙が上がるようにふわりと飛び、大狼の背に乗る。
「皆さま、膝をつくようにして伏せて下さいな」
三人は言われたとおりにした。草丈の高い草原にいるように、ふわふわの毛並みが皆を包む。狼の時とは少し違うもふもふ感に、ライラはうっとりした。
三人の背後に位置したサツキが、鈴を転がすような声で詠った。
「“はりつきたもれ。ぬくもりたもれ”」
大狼の背に乗って、軸が不安定だった体が、石になったかのようにその場に固定される。そしてぽかぽか暖かくなった。サツキの魔術のおかげだろう。
「坊ちゃん、準備いいですよ~」
『ありがとう。どういうコースで行くのがいいと思う?』
「折角ですから、“まるで大狼みたいな気分”で行きましょう」
何それ嫌な予感がする、と思ったが、口に出さなかった。『オッケー』と軽い調子の返事の直後、駆け出した大狼の揺れに、喋ると舌を噛みそうだったからである。
レオナルドが決して本気ではなく、ごくごく軽く駆けているのは分かっていた。なだらかな麓部分はまだ大丈夫だった。問題は本格的な山の斜面に入ってからである。
上下左右に飛びながらの登山、突然吹雪く横殴りの氷雪――防寒コートとレオナルドとサツキによる三重の護りがあってしても、見ているだけで寒く痛い――、口から心臓が吐き出るのではないかと思った飛び降りるような下山。
雪山を一つ越えて進んだ先に、ゴールである山荘に着いた。赤茶色の外壁に、窓枠は白色、十数人の大所帯でも泊まれそうな大きさである。一階には大きな窓が少しばかり、二階には小さな窓が沢山ついている。
ここに来るまでの所要時間は一時間もなく、数十分ほどである。現在はちらちらと雪が舞う程度の好天候だが、三角屋根には雪が降り積もっていた。
魔術を解除したサツキが、大狼の背から三人をふわりと降ろす。そして三人全員が雪の地面に手をついてへたり込んだ。
「頭がガクガクする」
「信じられませんの」
「……酔った」
全員、顔が青ざめている。
「大狼の背に乗るなんて滅多にないことですから、良かれと思ったのですけど……間違えました。すみません」
申し訳なさそうにサツキは謝り、先に準備してきます、と山荘に入っていった。
魔力の粒子を煌めかせながら、レオナルドが大狼から人型に戻る。ばつが悪い様子で謝られた。
「えーと、その……ごめん」
〇
先に山荘に入ったサツキは、建物全体にかけておいた現状保存の魔術を解き、状態を確認した。魔力濃度の高い土地であるので、長期的な魔術は特に綻びが出やすい。埃などは手早く掃除しながら、一階の水回りやキッチンが使用可能か確認する。二階にある小部屋を見回り、リネン室から使えそうな寝具を出す。すぐに使える状態の部屋にそれらを運び、ドアのネームタグを裏返した。廊下を真ん中にして、左右対称に小さい部屋がいくつもあるため、宿泊者が間違えないように設置しているのだ。ネームタグは、魔力を流すと文字が浮き出る魔道具である。三室分準備して一階に下りると、客人三人はリビングのソファに座ってぐったりとしていた。レオナルドはキッチンで湯を沸かしている。
「皆さま、お部屋に荷物持って行きますね。落ち着いたら上で休んでください。お昼過ぎにまた起こします」
「「「はぁい……」」」
レオナルドが薬草茶を入れ、三人のいるローテーブルに運んだ。白みの強い木製カップから湯気が立つ。
「多分ちょっとはスッキリすると思う」
ライラとキャロンが手に取り、冷ましながら一口飲む。鼻腔をすっと通る爽やかな香りと、ほんの少しの甘みが丁度良い、サツキ直伝のお茶である。
「エリック、大丈夫?」「飲んだ方がマシになると思いますわよ」
女子二人に心配され、内心複雑であろうエリックがカップに手を伸ばす。両手で大事そうに包む姿が何とも可愛らしかった。
「……あれだったら、二階の部屋まで運んでいくが……」
「丁重にお断りする」
レオナルドによる親切心百パーセントの申し出はすげなく断られていた。ライラとキャロンはちょっぴり笑っている。
「大丈夫だから……。お前に気遣われる方が、なんかよっぼど……ダメージ負うわ」
「応……」
〇
二階の各部屋は同じ作りになっている。ベッドと小さな書き物机でスペースが占拠され、こじんまりとしている。山荘の内壁は淡い色の木材を使われており、ベッドやテーブル等はそれに少し茶色を混ぜた風合いで、ほっと落ち着く心地がする。
ライラはベッドにころんと横になって数十分眠ったあと、ぱちりと目を覚ました。頭はすっきりと冴えている。階下に下りることにした。
一階は大きなリビング、キッチン、水回りの設備がある。煉瓦に囲まれた黒紅色の暖炉の前には分厚い絨毯が敷かれ、そこに座って温まることも出来るようだ。また、数人掛けのソファがそれを囲むようにして並んでいる。一人用の安楽椅子も数脚あり、うたた寝用か、それぞれに毛布が畳んで置いてあった。ぐっすり眠るとき以外は一階で過ごす仕様なのだろう。
キッチンではサツキが料理をしていた。ライラが下りてきたことに気付いたようで、顔を上げる。
「もう大丈夫ですか? キャロンさんとエリックさんはまだ寝ているみたいです」
「はい、すっかり。ありがとうございます。レオはどうしてますか?」
「坊ちゃんは周辺の見回りに行っていますよ。異変がないか毎回調べるんです。そろそろ帰って来るころだと思います」
ライラはキッチンの方に近づく。魚介と野菜が煮込まれるいい匂いがする。
「何か手伝えることはありますか?」
「あら嬉しい。普段お料理されるんですか?」
「日常的にはしないけれど、我が家の料理人がたまに教えてくれるんです。学園にあがってからは御無沙汰ですけれど」
「それはいいですねぇ。お昼ご飯はもう作ったのですよ。折角ですし、夕ご飯の準備を手伝ってもらえますか? 簡単にシチューにしようかと」
「美味しそうですね!」
サツキが手早く野菜の皮を剥き、それをライラが切っていく。手慣れていますね、と褒められると危うく指を切りそうになる。じゅわじゅわ炒め、煮込む段階でサツキが薄黄色く光る葉を瓶から取りだした。どこかで見たことがあるような気がする。
「これはね、北嶺の地で育つツートランフィの葉ですよ。ちょっと光って見えて不思議でしょう。一緒に煮込むと魔力の回復が早くなる作用があるんです」
「へぇぇこれが」
薬学の本で見たことがあるのだと思い出した。北嶺に育つ植物は種類こそ少ないが、貴重な作用を持つものが多いのである。
「北嶺の外に出すとすぐに品質が落ちるので、あまり出回りませんね。薬草などにご興味が?」
「学園で薬学基礎をとっているんです。私は……あまり魔力がないし、魔術も上手く出来ないから、他でカバーしたいんです」
「いいですね。こういうお料理のことでしたら少々お力になれるかもしれないです。いつでもウォーウルフ邸に来てくださいな。坊ちゃんも喜びます」
流し目で微笑むサツキに、ライラはぱっと下を向いた。顔が少し熱い。
「ねぇ、俺ほんとに来ても良かったの?」
自信家のエリックが珍しく心もとない様子である。ライラは勿論だと笑い、レオナルドは少し眉を上げて頷く。
キャロンは大きく二度頷いた。エリックを呼んだのは他でもない彼女である。何故なら、ライラに好意を隠さず詰め寄るレオナルドの、なんやかんや甘い二人の空気に当てられるのが一人なのはキツイから。北嶺で一泊という密着取材行程は、誰かを道連れにしたかったからである。そう聞かされたライラは「いちゃついてない!」と反論したが、黙殺された。
「北嶺は初めてか?」
「あ、ああ……遠くの方から見たことはあるけど、踏み入れたことはないよ。さすがに領域違いだし」
「そうか。北嶺の夜空は綺麗だぞ。楽しんでもらえたらいい、な」
好意的なレオナルドに、エリックは目をしばたたいた。いつものメンバーで遊ぶ予定だったのに、部外者が入って内心は邪魔だと思っているのでは、と考えていたのかもしれない。そんなことないのに。
「それじゃ、行こうか。まず俺の家に行って、そこから《転移》していくから。みんな、手を」
レオナルドはライラの手を繋ぎ、ライラはキャロンと、キャロンはエリックと手を繋ぐ。それを見届けたレオナルドが息を吸い、小さく吐いた瞬間にはウォーウルフ邸に着いていた。巨木でできた門を一同はくぐり、屋敷の結界を抜けたところでレオナルドが手を離す。少し待ってて、と言い置いて玄関に入り、誰かを呼んでいる。
キャロンとエリックはウォーウルフ邸を見て唖然としていた。
「「でかい……」」
「大きいねぇ……」
そう、巨大なのである。ライラが前回来たときは気を失っていたし、帰りも慌ただしかったので正面からじっくり見られなかったのだが、トゥーリエント本邸よりも、舞踏会用のホールがある屋敷よりも、はるかに大きいのだ。大きく占められているのは小さな森の温室である。木や植物――自然に合わせて建てた要塞のようだ。
「大狼のねぐらだ。ウォーウルフ一族って、やっぱすげぇんだね……」
「いやいや、確かにでかいけど、そんなにすごい訳じゃないぞ。お前んとこのバーナード家の方がよっぽどだと思うけどな」
ひょっこり屋敷から出てきたレオナルドが、エリックの呟きに返事をした。一緒に出てきたのはきつね色の獣耳をもった女性である。二人で新たな大荷物を運び出していた。
「この屋敷は俺の一家だけが使うものじゃない。ウォーウルフ一族だったら誰でも使ってよくて、自由に共同生活を送る。元々はこんな大きくなくて、人数が増えたりドカンと稼いだりした時に増改築を繰り返したらしいんだよ――」
「じゃ、じゃあ、他の……あの有名なウォーウルフの方々もいらっしゃいますの?」
どこか期待に満ちた目でキャロンは屋敷を見上げる。レオナルドは苦笑しながら頭をかいた。
「それが……。今、学園の生徒なのが俺と姉貴だけで、両親は放浪戦闘職だし、そもそも一族中に放浪癖があるから定住しているのは従兄弟の一人だけ。そして住み込みで家政婦さんをやってもらっている、サツキさんだけだな」
そう言ってレオナルドはサツキを紹介した。軽くお辞儀をした彼女は、小さい星を散りばめたような柄の紺地の着物に、赤色の大きな花模様の帯を締め、暖かそうな真白いポンチョを羽織っている。足元はモコモコの黒いブーツ、防寒の装いである。
「初めまして皆さま。家政婦をしている妖狐のサツキです。この度の小旅行、私も同伴させていただきます。お料理はお任せください」
「初めまして、エリック・バーナードです。月の光のなかで舞う天女のようにお美しいですね」
「キャロン・フォレストです。よろしくお願いしますわ」
エリックの世辞に、サツキは目を細めて微笑み返した。淫魔とは違う得体の知れない艶やかさがぶわりと漂う。エリックは息をのんだようだった。その反応を見るとサツキは妖しげな笑みを引っ込め、キャロンに向かい会釈した。
「サツキさん、先日はありがとうございました」
「いえいえライラさん。坊ちゃんの将来の伴……お客様ですもの、当然のことです。お元気になられて何より」
(まさか坊ちゃんと呼ばれていますの?)
(今絶対『坊ちゃんの将来の伴侶』って言おうとしてレオナルドに睨まれてたな)
(お前ら、思ってること全部顔に出てるからな)
「さて。皆さんにはこれを着てもらいますね。防寒の魔術がかかっている優れものですよ~」
サツキとレオナルドは三人に分厚いコートを手渡していった。黒色でずっしり重く、裏地はモコモコ、チャックとボタンを全て留めてフードをかぶると、顔の露出部分は目と鼻のあたりだけになる。ずんぐりしたフォルムだ。
「ズボンもありますが、魔術もかけていますし、とりあえず別荘まではそれで大丈夫だと思います」
レオナルドは勝色のモッズコートをすらりと着こなしている。ライラ達に比べて明らかに軽装である。
「お前が着てるやつ格好良くね?」
エリックがぽろりと漏らした。
「俺はこれくらいでいいの。お前はそれ着ないとまじで凍るぞ」
「なんてったって大狼族ですからね。別にコート着なくても大丈夫は大丈夫なんですよね。かく言うサツキも寒さには強いのですよ。大猫のキャロンさんはどうですか?」
「あ~……本性になれば、ライラとエリックよりは大丈夫ですの。でも、寒いのは苦手です」
「そう言えば、キャロンちゃんのまだ本性見たことない」
ライラははっと思いつき、目を輝かせて言う。
「……見たいですのね?」
ライラは勢いよく頷き、それを想像して恍惚に言う。「もふもふ触らせてほしい……」もふもふに目がないのである。その呟きにぎょっとしたのはレオナルドだ。
「おいライラ……?」
その言葉に続くのは『俺のもふもふは飽きたのか……?』であるかもしれない。呟きを聞いたキャロンは愉し気な笑みを浮かべた。
「いくらでももふもふして良いですわ。ふふふ。ふふふふふふふっ」
やったぁ! とライラは喜んだが、横から何やら切なそうなレオナルドの視線を感じた。サツキは手を口に当てて忍び笑いをしている。
ライラが狼姿のレオナルドをもふもふしてきたことを知らないエリックは蚊帳の外である。
「あれ……俺なんか仲間外れ……? ほんとに来てよかった……?」
――頑張るのだエリック。
ウォーウルフ邸に《転移》したときと同じように手を繋ぐ。サツキはエリックと繋いで殿をつとめた。安全に進むために細切れに《転移》する。見知らぬ森の中、荒廃した雰囲気の漂う乾いた大地の上、薄雪かぶる小さな池のほとり、その次に着いたのが北嶺の入り口である。輝くほど白い雪に覆われた山々がそびえ、その険しさと厳格さ、こちらを圧倒する雄大さに一同は呼吸を忘れた。
ライラは人間界の名峰に連れて行ってもらったことはあったが、ここまで心臓に打ち込まれるような畏怖の念を感じる感覚は初めてだった。
皮膚を刺す感覚も違う。とてつもなく透き通っている空気であるのに、重圧を感じるように濃くもある。大地全体から溢れ出る魔力濃度が高いのである。
降り立ったのはまだ緑のある麓だが、防寒魔術のかかったコートを着ていても寒さを感じた。
「こっからは《転移》出来ないんで走って行く」
こともなげに言ったレオナルドに、客人三人は目を剥いた。あまりのことに絶句する。どこまで行くのか知らないが、別荘のようなものなど見えるところには一つもない。
「あ、待て。走るのは俺だけだから、大丈夫。そんなことさせない、大丈夫」
三人がよほど酷い顔をしていたのか、レオナルドは落ち着かせるようにゆっくり言った。
一呼吸おいて天を見上げたレオナルドの周囲に、蒼く白い無数の光のホログラムが現れ、輝きながら螺旋を描く。煌めきで視界が埋め尽くされるほど巨大化したのち、光が霧散すると顕現したのは、北嶺の地に似つかわしい威風堂々たる大狼である。
「かっこいい……」
「デカイですわ」
「(格好良くて)ずるい」
透明度の高い水色の毛並みが、北嶺の空気に触れて光を弾く。荘厳な美しさがあった。
『全員乗ってくれ。サツキさん、補助お願いします』
「段取り通りいきますね~」
この大きな獣に乗るとはどういう意味? と尋ねる暇もなく、サツキが三人を抱えて飛んだ。ライラ、キャロン、エリックを三人まとめて優しく抱きしめただけで、煙が上がるようにふわりと飛び、大狼の背に乗る。
「皆さま、膝をつくようにして伏せて下さいな」
三人は言われたとおりにした。草丈の高い草原にいるように、ふわふわの毛並みが皆を包む。狼の時とは少し違うもふもふ感に、ライラはうっとりした。
三人の背後に位置したサツキが、鈴を転がすような声で詠った。
「“はりつきたもれ。ぬくもりたもれ”」
大狼の背に乗って、軸が不安定だった体が、石になったかのようにその場に固定される。そしてぽかぽか暖かくなった。サツキの魔術のおかげだろう。
「坊ちゃん、準備いいですよ~」
『ありがとう。どういうコースで行くのがいいと思う?』
「折角ですから、“まるで大狼みたいな気分”で行きましょう」
何それ嫌な予感がする、と思ったが、口に出さなかった。『オッケー』と軽い調子の返事の直後、駆け出した大狼の揺れに、喋ると舌を噛みそうだったからである。
レオナルドが決して本気ではなく、ごくごく軽く駆けているのは分かっていた。なだらかな麓部分はまだ大丈夫だった。問題は本格的な山の斜面に入ってからである。
上下左右に飛びながらの登山、突然吹雪く横殴りの氷雪――防寒コートとレオナルドとサツキによる三重の護りがあってしても、見ているだけで寒く痛い――、口から心臓が吐き出るのではないかと思った飛び降りるような下山。
雪山を一つ越えて進んだ先に、ゴールである山荘に着いた。赤茶色の外壁に、窓枠は白色、十数人の大所帯でも泊まれそうな大きさである。一階には大きな窓が少しばかり、二階には小さな窓が沢山ついている。
ここに来るまでの所要時間は一時間もなく、数十分ほどである。現在はちらちらと雪が舞う程度の好天候だが、三角屋根には雪が降り積もっていた。
魔術を解除したサツキが、大狼の背から三人をふわりと降ろす。そして三人全員が雪の地面に手をついてへたり込んだ。
「頭がガクガクする」
「信じられませんの」
「……酔った」
全員、顔が青ざめている。
「大狼の背に乗るなんて滅多にないことですから、良かれと思ったのですけど……間違えました。すみません」
申し訳なさそうにサツキは謝り、先に準備してきます、と山荘に入っていった。
魔力の粒子を煌めかせながら、レオナルドが大狼から人型に戻る。ばつが悪い様子で謝られた。
「えーと、その……ごめん」
〇
先に山荘に入ったサツキは、建物全体にかけておいた現状保存の魔術を解き、状態を確認した。魔力濃度の高い土地であるので、長期的な魔術は特に綻びが出やすい。埃などは手早く掃除しながら、一階の水回りやキッチンが使用可能か確認する。二階にある小部屋を見回り、リネン室から使えそうな寝具を出す。すぐに使える状態の部屋にそれらを運び、ドアのネームタグを裏返した。廊下を真ん中にして、左右対称に小さい部屋がいくつもあるため、宿泊者が間違えないように設置しているのだ。ネームタグは、魔力を流すと文字が浮き出る魔道具である。三室分準備して一階に下りると、客人三人はリビングのソファに座ってぐったりとしていた。レオナルドはキッチンで湯を沸かしている。
「皆さま、お部屋に荷物持って行きますね。落ち着いたら上で休んでください。お昼過ぎにまた起こします」
「「「はぁい……」」」
レオナルドが薬草茶を入れ、三人のいるローテーブルに運んだ。白みの強い木製カップから湯気が立つ。
「多分ちょっとはスッキリすると思う」
ライラとキャロンが手に取り、冷ましながら一口飲む。鼻腔をすっと通る爽やかな香りと、ほんの少しの甘みが丁度良い、サツキ直伝のお茶である。
「エリック、大丈夫?」「飲んだ方がマシになると思いますわよ」
女子二人に心配され、内心複雑であろうエリックがカップに手を伸ばす。両手で大事そうに包む姿が何とも可愛らしかった。
「……あれだったら、二階の部屋まで運んでいくが……」
「丁重にお断りする」
レオナルドによる親切心百パーセントの申し出はすげなく断られていた。ライラとキャロンはちょっぴり笑っている。
「大丈夫だから……。お前に気遣われる方が、なんかよっぼど……ダメージ負うわ」
「応……」
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二階の各部屋は同じ作りになっている。ベッドと小さな書き物机でスペースが占拠され、こじんまりとしている。山荘の内壁は淡い色の木材を使われており、ベッドやテーブル等はそれに少し茶色を混ぜた風合いで、ほっと落ち着く心地がする。
ライラはベッドにころんと横になって数十分眠ったあと、ぱちりと目を覚ました。頭はすっきりと冴えている。階下に下りることにした。
一階は大きなリビング、キッチン、水回りの設備がある。煉瓦に囲まれた黒紅色の暖炉の前には分厚い絨毯が敷かれ、そこに座って温まることも出来るようだ。また、数人掛けのソファがそれを囲むようにして並んでいる。一人用の安楽椅子も数脚あり、うたた寝用か、それぞれに毛布が畳んで置いてあった。ぐっすり眠るとき以外は一階で過ごす仕様なのだろう。
キッチンではサツキが料理をしていた。ライラが下りてきたことに気付いたようで、顔を上げる。
「もう大丈夫ですか? キャロンさんとエリックさんはまだ寝ているみたいです」
「はい、すっかり。ありがとうございます。レオはどうしてますか?」
「坊ちゃんは周辺の見回りに行っていますよ。異変がないか毎回調べるんです。そろそろ帰って来るころだと思います」
ライラはキッチンの方に近づく。魚介と野菜が煮込まれるいい匂いがする。
「何か手伝えることはありますか?」
「あら嬉しい。普段お料理されるんですか?」
「日常的にはしないけれど、我が家の料理人がたまに教えてくれるんです。学園にあがってからは御無沙汰ですけれど」
「それはいいですねぇ。お昼ご飯はもう作ったのですよ。折角ですし、夕ご飯の準備を手伝ってもらえますか? 簡単にシチューにしようかと」
「美味しそうですね!」
サツキが手早く野菜の皮を剥き、それをライラが切っていく。手慣れていますね、と褒められると危うく指を切りそうになる。じゅわじゅわ炒め、煮込む段階でサツキが薄黄色く光る葉を瓶から取りだした。どこかで見たことがあるような気がする。
「これはね、北嶺の地で育つツートランフィの葉ですよ。ちょっと光って見えて不思議でしょう。一緒に煮込むと魔力の回復が早くなる作用があるんです」
「へぇぇこれが」
薬学の本で見たことがあるのだと思い出した。北嶺に育つ植物は種類こそ少ないが、貴重な作用を持つものが多いのである。
「北嶺の外に出すとすぐに品質が落ちるので、あまり出回りませんね。薬草などにご興味が?」
「学園で薬学基礎をとっているんです。私は……あまり魔力がないし、魔術も上手く出来ないから、他でカバーしたいんです」
「いいですね。こういうお料理のことでしたら少々お力になれるかもしれないです。いつでもウォーウルフ邸に来てくださいな。坊ちゃんも喜びます」
流し目で微笑むサツキに、ライラはぱっと下を向いた。顔が少し熱い。
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