魅惑の出来ない淫魔令嬢

葛餅もち乃

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後日編

はじめての長期休暇(6)

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 レオナルドの魅力よりも彼の力の方を怖がるのは、箱庭のなかで競い合う同期だからであろう。一歩学園の外を出れば、この会場から集まっている視線のように、レオナルドを欲しがる魔族はわんさかいるのだ。予想はしていたものの、そのことにライラはようやく実感を持った。現にライラを見遣る視線がどんどん棘っぽくなっている。

「……それはさ、ライラと一緒に来てるからだけど」
 少し屈んだレオナルドがライラの耳元で囁いた。ぞわっ、と痺れに似た衝撃が耳から爪先まで届く。右耳を抑え、ライラはレオナルドを振り仰いだ。どくどくと心臓が打たれている。顔もそれに似た赤いものになっているだろう。
 レオナルドは満足げな、ご馳走を前にした狼を彷彿とさせる獰猛な光を瞳に宿していた。
「ほんと、美味そう」
「なに、が」

 心底愉しそうに艶やかに笑うレオナルドが、ライラの下唇を人差し指で押した。こちらを注視していた魔族たちは息をのみ、ライラも同様だった。むしろ心臓が止まりかけたので千切る勢いで噛みついてやろうかと思った。
「あ~……いまキスしたら怒る?」
「こっ、ここで!?」
 肯定したレオナルドの笑みは蜂蜜のようにとろけて甘い。いつの間にやら正面にレオナルドが立って前方が見えなくなり、背後は壁、ダメ押しに右耳の傍の壁に左手を突かれて追い詰められている。見られなきゃいいだろ? とでも言いたげだが、何をしているかはバレバレである。
「だめだめだめだめ」

 グラスを持っていない手でレオナルドの胸板を押すがびくともしない。力が入っていないから当然である。彼はそういうライラを眺めて愉しんでいる。たまにスイッチが入る意地悪モードだった。そういうレオナルドもあながち悪くないと思ってしまうあたり、どうすればいいのか判断がつかない。
 上半身を屈めてくるレオナルドに、どうあってもジュースは零してはなるまいとグラスも持つ手に力を込めたそのとき、入り口のあたりが騒がしくなった。
 どうしたのだろう。
 囚われていた甘ったるい拘束が解けた。

「なにかな。レオ、見える?」
「……チッ。あともう少しだったのに」

 小さく舌打ちしてレオナルドは姿勢を正し、ライラの隣に並ぶ。会場にいる皆の視線の先には、今入ってきたらしい男女の姿があった。二人とも白地に金で装飾している夜会服に身を包み、シャンデリアの光を反射しているのかやけにキラキラしている。
「キャロンちゃんとエリックじゃん」
 キャロンはイリュージョン・ネックのドレスで、軽い生地を使っているのか歩く度にさらさらふわりとスカート部分が揺れ、まるで生地についている無数の鱗が反射しているように光り輝く。エリックの白い夜会服は金の縁取りが上品で、刺繍が豪勢に刺された揃いのマントを翻していた。
 衣装を合わせたペアだが婚約はしてないぞという証なのか、キャロンは髪に赤白オレンジとカラフルな生花を飾り、エリックは胸ポケットに黒い薔薇を一輪挿している。
 しかし何だかとっても目立っていた。エリックに対しては黄色い歓声も上がっているし、キャロンが現れたのを見て身なりを整えはじめた男性もいる。

「エリックめっちゃモテてんじゃん……」
「キャロンもすごいな。流石、一目おかれている」
 二人は優雅に会場を見回して、ライラたちに気付いた。あとで行くわとアイコンタクトを受ける。
「ペアで行くんだったら注目を浴びようぜ、って言ってたエリックの試み、大成功だねぇ」
「キャロンものるとは思わなかったけど、あいつらほんと社交界慣れしてんのな」
 はぁー、と二人で感嘆の溜め息をついた。
 これから挨拶に向かうであろう彼らが合流してくるまで、もう少し軽食を戴くかと皿を取る。




「おまたせしましたの! どうですかライラ、夜会の方は。楽しめています?」
 夜会用に化粧をしたキャロンはいつもより大人っぽい。きらきらしてどこぞのお姫様のようだった。レース生地の向こうに見える鎖骨がまた色っぽい。
「うん。身構えていたよりも全然大丈夫。楽しいよ! 料理も美味しいし、こういうきらきらしたキャロンちゃんを見れるんだしね。すごく可愛くて、綺麗」
「それを言うなら私もですわ! ライラの夜会服、黒もいいですわね。レオと二人で揃えるとなると尚更ですの。神秘的な妖しさと無垢さが相まって非常に良いです」
「ありがとう! この格好のレオ、めちゃくちゃカッコイイよね」
「ねぇ、俺は?」
 ぶすっとして言うエリックはワインを飲んでいる。いつの間にかレオが持っているのもアルコールだ。ライラは兄たちから何故か止められているので我慢している。屋敷内では飲んでもいいのだが。
「エリックもかっこいいよ。そんな真っ白で金色な服似合うのもなかなかいないと思う」
「でしょう!」

 キャロンとエリックが合流したことで、ライラたちはちらちらと注目を浴びている。何人かはキャロンに挨拶に来たし、エリックは黄色い声援に手を振って応えたりしていた。滅多にこういう場にこないというレオナルドも、顔は知られているようなのだ。そんなところにライラである。学園の者ならいざ知らず、『あの子だれ?』状態になっていた。
 そこに薄茶の髪をした、赤茶の夜会服をぴしりと着こなした青年が近づいてきた。キャロンとは顔見知りらしく少し話したあと、ライラの方を見た。視線があってビクリとする。

「キャロンさん、こちらの方をご紹介いただいてもいいのかな?」
 キャロンはライラに確認するように見遣り、次いで少し離れたところでエリックと料理を食べまくっているレオナルドを面白そうに見た。
「どうしますか?」
 キャロンの知り合いで気さくそうな方だし、断る必要もないだろう。
「あの、はじめまして。ライラ・トゥーリエントです」
「トゥーリエントってもしかして、淫魔族の、あのトゥーリエントですか?」
「そうです」
「! こんな可愛いお嬢さんだったとは。僕はサイラス・マクドナルドと申します。キャロンさんと同じ大猫族で、遠い遠い親戚に当たります」
「だいぶ遠いですけどねぇ」
「ライラさんとお呼びしても? よければ一曲、踊りませんか」
 サイラスは優しく笑った。聞き心地の良い声の持ち主だ。さきほどからかかっている曲はゆったりしたワルツ、ちゃんと踊れるだろうが――

「失礼。次の曲は俺との先約があるんで」
 いつもより幾分低い声で言うレオナルドに、ぐっと肩を抱き寄せられた。突然の乱入にサイラスが目を丸くしている。
「きみは、ウォーウルフ一族の」
「レオナルドです」
 サイラスとレオナルドの視線がぶつかり合い、小さな火花が生まれている幻覚が見えた。キャロンは口元を扇子で隠しているが、確実に面白がって笑っている。エリックの方を見ると、レオナルドに押し付けられた料理の皿を持ち、やれやれと肩を竦めていた。
「ライラさん、そうなの?」
 サイラスにそう問われ、頭頂部にじりっと焼け付くような視線を感じる。
「えーと、そう、です」
「……それなら仕方ないな。またの機会にとっておくよ」
「よし、行こう」

 苦笑したサイラスに会釈しながら、半ば強引にダンスホールへ連れて行かれる。ずんずん歩くレオナルドの前は、皆が不思議と道をあけてくれる。
 レオナルドのエスコートで、ダンスをしている輪のなかもスムーズに入った。この中で黒一色に身を包むペアはライラたちだけである。

「ふふ。レオ、ダンスしたかったの?」
「そう」
「私も一緒に踊りたかったよ」
 自分たちが密かに注目を浴びているのは分かっていたが、踊っていると他のことは気にならなくなるから不思議だ。ステップを踏み、ターンをして、レオナルドのことしか見えなくなる。螺旋を描くような三拍子の旋律だけが耳に入って、雲の上を踏んでいるような気持ちになる。
 ライラもレオナルドもダンスがすごく上手いわけではなく、多少のミスはするけれども、ただただ楽しい。

「今日ね、来て良かった。すごく楽しい」
「それは良かった。俺も楽しいけど――、ちょっと大変だったな」
「何が?」
「虫除けの牽制が」
「……レオナルド、困っちゃうくらいモテるんでしょう」
「何で俺の話? 違う、ライラの虫除けが大変だって言ってんだけど」
 レオナルドがこてんと首を傾げ、ライラも同じく首を傾げた。
「サイラスさんはキャロンちゃんの遠い親戚なんだって。ダンス誘ってくれたのも、だからだよ」
「……他の野郎共が近づいて来なかったのは、俺が追い払ってたからだぞ」
「そんなまさか」
「俺以外の奴とも踊りたいんなら、やめてみるけど?」
 ライラは急いで首を振った。するとレオナルドがほっとしたように表情を緩める。
「あ、でもエリックとは踊りたいかも」
「そうだな。でないとあいつ、いじけるぞ」
 二人でくすくす笑い合う。二曲目のワルツが始まる。
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