血の記憶

甘宮しずく

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拒絶

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 蒼依の考えは甘かった。
 あくる日、会社を出ると、自信たっぷりの晃聖が目の前に立ちはだかった。これまでの拒絶を気にしている様子はなく、とがめる視線にもどこ吹く風だ。

 蒼依は決意も忘れていら立った。自制心は風前の灯だ。親し気な挨拶を無視して、脇をすり抜けた。

 前日と同じく、彼は話しかけながらついてくる。無視し続けても、今回は短気をおこしたりはしなかった。そうやって駅までついてきて、改札の前で蒼依を見送った。
 その日、晃聖は一度も彼女の声を聞けなかった。

 さらに翌日、晃聖は現れた。彼はただひたすら話をしたいと言う。

 だが、それさえ蒼依には我慢ならなかった。彼とは一切かかわりたくない。姿を見るのさえいやだ。何を企んでいるのかわからない彼の行動が、彼女を不安にさせる。
 その日、蒼依は彼を完全に無視することができなかった。

 「真崎さん」話をさえぎって、向き直った。

 晃聖は面くらい、話の途中で固まっている。

 「この間のことは、もういいです。ですからお仕事に戻ったらいかがですか?」

 彼はにっこり笑った。男っぽい顔が幼く見える。
 「それじゃ今度、飯食いに行こう。おごるよ」

 今度は蒼依があっけに取られる番だった。あまりの図々しさに、呆れて返事を返す気にもなれない。

 「許してくれたんだろ?なら、行こうよ」しつこく誘ってくる。

 「お断りします」

 「彼氏が怒るとか?」

 「行きたくないので、行きません」これで話は終わりとばかりに、改札をくぐった。

 しかし、それくらいで晃聖はめげなかった。彼女に続いて改札を抜けてきた。

 「あなたみたいな人を何て言うか知ってる?」忍耐も限界だ。敬語を保っていられない。

 「さあ?粘り強い人?」

 いけしゃしゃとよくも言えたものだ。
 「ストーカーって言うのよ」歯を食いしばって答えた。

 「僕は嫌がらせしたつもりはないよ。お詫びに、食事に誘っただけだ」

 「それで私は断ったでしょ?あなたと食事したくないんです」平静を取り戻そうと必死だった。

 「それじゃ、ドライブは?」

 「行かないってばっ!」堪忍袋の緒が弾け飛んだ。「人の話を聞きなさいよ!近づくのもいやだし、見るのもいや。私に話しかけないで!」
 言ってしまってから、ハッとした。今のは言いすぎだ。

 さすがの晃聖もムッとしたようだ。鋭い目をぎらつかせ、歯を食いしばっている。

 蒼依は内心怯えながら、彼がここまま立ち去ってくれるよう祈った。

 しばらくして、ようやく晃聖が踵を返した。大股に来た道を戻っていく。

蒼依は震える息を吐き出した。張りつめた身体から力が抜ける。

 酷いことを言ってしまったが、元はと言えば彼が悪いのだ。そう自分に言い訳したが、胸をチクリと刺す罪悪感は消えなかった。

 蒼依は逃げるように滑り込んできた電車に乗った。

 それから二日たっても、晃聖は現れなかった。彼が諦めてくれたことにホッとした。傷つけたのは悪かったけど、どうしても追い払わなければならなかったのだから、仕方がない。もう、私とすれ違うのもごめんだろう。

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