Day of the Necromancy

キャスケットボーイ

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プロローグ

紫炎の魔女

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「なあ、この少女を知っているか?」
 月明かりが照らす夜中の教会。警備任務で暇を持て余した白衣の僧兵が、仲間に一枚の羊皮紙を見せる。

「討伐命令の布告か? ・・・まだほんの子供に見えるがな。十四才くらいか?」
それは、魔女を殺害せよという布告であった。布告書の中央には大きく該当魔女の人相が描かれている。
首筋を隠す程度の髪に、大きな瞳。髪の色はマホガニーだろうか。整った顔立ちの少女だ。
証言を元にした人相書きであるから、正確であるかは定かではないが、これを見る限り人畜無害そうな印象を受ける。

「ああ、一見可愛いお嬢ちゃんに見える。だが・・・ここを見てみろよ」
彼が指さしたのは"容疑"の欄であった。仲間は眉を顰め、薄暗い教会内でパピルス紙の下方に目を凝らせた。

「おいおい、何かの冗談か? "推定悪行マレフィキア百五件"?  教会放火十件、聖職者殺害三五件、教会内物資の強奪二十件・・・聖遺物強奪一件? 一体何者なんだ」
「わからない。"紫炎の魔女"と呼ばれている。紫色の炎と死霊術を操ると報告されているが、未だ正体がはっきりしない。司教様方は随分手を焼いているようだぜ。どうやら秘密裏にこの魔女を処理したいらしい」
「ああ、当然だろうな。たった一人の魔女に、あろうことか教会がここまで被害を被るなんざ、アストレウス教会全体の威信に関わる」

二人は一枚のパピルス紙を一緒に眺め、この魔女に関する噂について語り合っていた。
・・・しかし、この噂を影の中から聞いている者がいることに、彼らは気が付かないのだろうか?

「影に潜み、呼吸を止めよ」静かに囁く。

「ん? なにか言ったか?」僧兵が仲間に尋ねる。
「いや、俺は何も言っていない。きっと風の音を聞き間違えたんだろう。なんだか急に風が強くなってきたようだからな」
 直後、夜風が強く吹き込み、彼らが持っている松明の炎が闇に浚われた。
僧兵がうんざりした様子で愚痴を溢す「ああ、司教殿にいい加減にランタンを導入するべきだと具申するべきだな。風が吹くたびにいちいち火をつけ直すのはもううんざりだ」

「じゃあ、私が代わりにつけてあげるわ」
 私が親切に彼の松明に手をかざすと、綺麗な紫色の炎が彼らの視界を照らした。

あまりに突然の出来事に、僧兵は一瞬思考に硬直が起きたようだった。
だがすぐに我に返ると「何者だ!」と叫びながら背中に掛けた戦槌を振り下ろした。直線的な攻撃、それを躱すのはとても簡単だった。

 私はひらりと身を翻して教会の暗がりに姿を隠した。
僧兵たちは私がいたはずの場所を松明で照らしたが、すでに私はそこにはいなかった。

「どこへ消えた?」
僧兵は慎重に暗がりに目を凝らした。でも、一体何が見えているというのだろう?
陰に潜む無数の屍人アンデットにさえ気が付かないなら、夜が明けたって私を見つけるのは不可能だ。
私は暗がりから彼らをあざ笑った。

 僧兵たちは声がした方に松明をかざした。
松明の炎がゆらゆらと揺れ、壁の色を赤と黒に移ろわせている。
私が付けてあげた紫色の炎が気味悪いらしく、一人は松明を捨ててしまった。

「そこにいるのはわかってる」僧兵は隅の暗がりに人影を見つけ、警戒しながら歩み寄った。「いつまでも隠れられると思うな」

直後、暗がりで沈黙していた影は突如として唸りをあげ、四つ足で灯の元へ飛び出してきた。
もちろん私ではない。それは私の従者であり、眷属。それは屍人アンデットだ。
僧兵の反射神経は素晴らしいものだった。なにせ、急に襲い掛かってきた屍人の頭を戦槌で叩き潰したのだから。並の兵士なら恐慌で固まり、その間に首元から食われてしまったに違いない。

「ハッ! 魔女の対処には慣れてるぞ! もう一回やってみろ!」
その言葉が単なる挑発ではないことは、すぐにわかった。わざと大きな声で"魔女"について叫ぶことによって、教会内の他の仲間に危機を知らせているのだ。
でも、無意味だ。既に全員に眠ってもらっている。今夜は誰も起きない。"栄光の手"に灯がともっている限り。

「影より出でよ」
 命令に呼応し、屍人達が影より這い出る。
僧兵たちはその数の多さに瞠目どうもくしたが、戦意を失うことはないらしく、強く戦槌を握り直した。
「卑怯者めが! そこから出てこい!」
私を挑発しているつもりなのだろうか? 生憎、私は馬鹿ではないし、自分の手を汚すのも好きではない。だから、彼らが私の可愛い屍人と遊ぶのを、物陰から見ていることにする。

「前進し、虐殺せよ」
屍人に命令を出す。それに従い、屍人達が唸りをあげて僧兵たちに襲い掛かった。


 勝負は僅か数十秒でついた。
訓練された僧兵と言えど、数の力には敵わない。
一人は食い殺され、一人は殺される直前に私がやめさせた。彼に聞きたいことがあるのだ。

私は、教会の白いカーペットの上で屍人に四肢を抑えられている彼を見下ろした。
「ホプキンス神父について知っている?」
「なんだって?」
「ホプキンス神父よ。どこにいる?」

僧兵が私の顔に向けて唾を吐こうとしていたので、私はおもいきり彼の顔を蹴飛ばした。

「知らないなら知らないって言ってよね」

 私は懐から紫色の炎が灯ったままの"栄光の手"を取り出し、彼の前に置いて、屍人達に拘束を解くように命じた。
もう彼を拘束するものはなかったが、彼は炎を見ると身動きが全く取れなくなり、うつ伏せで寝たままぶるぶる震えていた。

「それを見ている限りあなたは動けないわ。そういう呪術なの」
私は薄く笑い、わざと足で"栄光の手"を倒した。紫色の炎がカーペットに燃え広がり、彼に迫っていく。

「まあ大変! 教会で火事が起こっちゃった」わざとらしく少女の口調であざける。ああ、神の信徒をいたぶるのは本当に楽しい。時間が許すならもっと楽しいことができるけれど、生憎、私はすぐにでもここから逃げなければならない。犯行にかけた時間の短さこそが、ここまで私を生き永らえさせてきたのだ。

 私が屍人達を連れて教会から立ち去ろうとした時、背後から苦し気な呻きが追いかけてきた。
「紫炎の・・・魔女・・・」僧兵が歯を食いしばって声を漏らしている。

私は振り返り、床に寝たままの彼を一瞥いちべつした。まだぶるぶる震えている。その震えが体を動かそうとして起きているものなのか、それとも炎に焼かれる恐怖によるものなのかはわからないけれど、さっきよりも大きく震えているように見えた。

教会あなたたちが好きな火刑よ。楽しんで」私は最後に僧兵に向けてにっこりと微笑みかけ、夜の街に影を溶かした。


 背後で煌々と教会が燃えている。綺麗な紫色だ。
何度見ても、私はこの光景以上に美しいものがあるとは思えなかった。もちろん偏屈な趣味だと理解しているし、人格を否定されても仕方ないとは思うけれど、でも美しいものは美しいのだ。
 鑑賞もそこそこに路地裏に滑り込み、ずっと奥に進んでいく。
ある場所で立ち止まり、暗い壁に目を走らせる。そこにある小さな文字列を見つけ、指で触れた。
静かに呪文を唱えると、文字列が光り、人ひとりが通れるほどの大きな光の割れ目となった。ここに飛び込めば別の場所・・・・に行くことができる。魔女はこういった路地裏に秘密の隠し通路をいくつも持っているのだ。
光の輪をくぐると、他の街の路地裏につく。私はまた複雑な路地裏を歩き回り、同じような文字列を見つけ、また別の街にとんだ。
 
 五回目に光をくぐると、青と白の花々が咲く美しい庭園に出た。
地面に埋め込まれた黒いレンガに沿って進むと、遠くのガーデンテーブルに黒髪の美しい女性が腰かけ、紅茶を楽しんでいるのが見えた。

私は女性に近づき、カーテシー──片足を後ろに引き、もう片足の膝を軽く曲げる挨拶──をした。
「ごきげんよう。ノワール様」

彼女は手に持っていたカップをソーサーに戻し、頬杖をついて微笑みかけた。

「相変わらず早いわね」
「ええ、今頃は全員、夢の中で業火に焼かれているはずです」 ただ一人を除いて。
「なかなか箔が付いてきたんじゃない?」

私はつまらないお世辞を言う我が師匠に向かって肩をすくめた。
「箔っていうのが返り血の事を言うんでしたら、そうでしょうけど」

ノワール様はいつものように、私のにべない・・・・返事にクスクスと笑った。

 さて、と前置きし、あの方は足を組みなおした。
「"狂人"の行方はわかったかしら?」

私は事実を端的に報告した。
「いいえ。今回も外れです。誰も行方を知らないようでしたし、狂気の痕跡もありませんでした」
私はすでに十回以上、これと同じ報告をしていた。私達はホプキンス神父と呼ばれる男を追って無造作に教会を捜索し、今のところ何の成果も得られていない。なぜ彼を追っているのかについては、今はどうでもいいことだ。

「神父と名乗っているからと言って、安直に教会を探すというのがそもそも間違いなんじゃないですか?」
これは前々から考えていた事だ。私達は、ターゲットの名前だけを頼りにこの広い世界でたった一人の人物を探している。しかも地道に"聞き込み"でだ。ただ報告を待っているだけのノワール様はいいかもしれないけれど、やる方の私はいつも命懸けなのだ。嫌気がさしてきたとして、一体誰が私を咎められよう?

「じゃあ、他になにか手があるの?」
師匠のこの言葉も、いつもの事だった。私はこれを言われると、いつも返事に窮してしまう。

「ただ言っただけですよ」
結局私は肩を落とし、次に"聞き込み"をする教会の場所をうことになった。




「ただいま」
家の扉を開ける。誰かが私が帰ってくるのを待っていたのか、鍵はかけられていなかった。

「ああ、セリナちゃん。おかえりなさい」
暗い玄関で、燭台に灯を灯したエミリー夫人が迎えてくれた。
「今日もお仕事は大変だったでしょう」

「うん。もうクタクタだわ」
 夫人の言葉に、私はくたびれた笑顔で返事をした。
私は表向き、昼から夜遅くまで酒場の手伝いをしているということになっている。もちろん、夫人は実は私が魔女で、今しがた教会を燃やしてきたなどとは夢にも思っていない。
 帰るべき家を失った私をこの家が家族として迎えいれてくれた日から、もう二年が経つ。
私が故郷を失ってから、二年。

 ついニ年ほど前まで自分がただの村娘だったとは、とても信じがたい。
では、二年後の私はどうなっているのだろうか。死んでいるのかもしれない。まだ生きているかもしれない。どちらでも、ないかもしれない。

 そんなことを考えている私に、エミリー夫人が声をかけてきた。
「少しだけでもご飯をつくってあげましょうか」
「ううん。いらない。実はまかないを食べてきてしまったの」
 嘘だ。私は今日、何も食べていない。人を殺すと食欲が失せる。やっている時は楽しいけれど、終わってからしばらくすると自己嫌悪に苦しむことになるのだ。だから、人を殺した日は何も食べられない。

今頃はあの僧兵も、安らかに主の元に旅立てただろうか。炎に焼かれて、きっと苦しかったに違いない。ああ、今思えば、あんなに苦しませる必要はなかったんじゃないかな──そんなことが頭の中をぐるぐる回って、食事を摂る気になど到底なれない。
でも、仕方ないのだ。私は"紫炎の魔女"を制御できはしない。今はようやく落ち着いてきたけれど、しばらくすればまた嬉々としてノワール様の指示を請い、あの方の猟犬となって夜の街に飛び込むだろう。
私の身体に刻まれた、忌々しい呪いのせいで。

「どうかしたの?」
エミリー夫人が心配そうに顔を覗かせる。
「あ・・・いや・・・。ちょっと疲れてて、ボーっとしてた」
私はすぐに素直な女の子の仮面を被り、エミリー夫人を安心させた。

「じゃあ、すぐに寝てしまった方がいいわね。今日は貴方のベッドを洗ったのよ。きっとお日様の匂いがするんだから」
冗談を言って笑う夫人に、私も作り笑いを見せてあげた。そしてすぐに階段を駆け上がり、自分の為の手狭な部屋に逃げ込んだ。

 ベッドの上で膝を抱え、自己嫌悪に身を浸す。意味もないのにフードを被って、塞ぎこんでいたかった。
なぜ私はこうなってしまったのだろう。お父さんやお母さんは、今の私を見たら悲しむに違いない。自分の在り方を変えられる瞬間は、私にはいくらでもあったはずなのだ。二年前に時を戻せるなら、私はこんな未来を変えられたのだろうか? 
 
 二年前・・・ 暗い部屋で、一人想い返す。私の故郷・・・
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