Day of the Necromancy

キャスケットボーイ

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第一話:二年前

輝かしきあの日

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 その日の早朝は、涼しい風が吹き込んでいた。
私は窓辺に立ち、村が少しづつ騒がしくなっていく様を楽しんでいた。
一番早起きなのは狩人達で、その次が酒屋・・・とはいっても、朝早くから葡萄酒を提供しているというのではなく、兼業の風呂屋の準備をしている。
 教会の鐘が鳴る。
一斉に村が活気づき、敬虔な人々がまだ薄暗い外を教会に向かって歩いていく。それは次第に列となり、次々に教会の門をくぐっていった。

 それを見送るのは、私の習慣だった。朝が好きなのだ。
一日の始まりは、とてもわくわくするし、皆が眠い目をこすりながら、たまに欠伸あくびなんかもしつつ、わざわざ教会へ行くのは、なんだか見ていて面白い。
 その内、教会の中から聖歌"主は盾なり"が聞こえてくる。私の部屋には、それが良く届く。美しい歌だ。私がまだ夜の内から起きているのは、本当はこの歌の為なのだ。
軽くハミングをしながら歌を聞く。荘厳な女性のコーラスが、歌が佳境に入ったことを告げる。男性のベースが盛り上がりを見せ、二つの音はまじりあい、共鳴する。
その内、歌は静かに終わっていく。余韻に鳥たちの囁きが重なり、歌に呼び寄せられたかの如く、輝く太陽が顔を覗かせた。
パンの焼けるいい香りが私の鼻をくすぐった。私は誘われるまま、一回への階段を下っていった。

「おはよう、お母さん!」
母の胸に飛び込む、凝縮されたパンと太陽の香りが、私を包んだ。

「あらあら、セリナ。いつまで経っても甘えん坊さんね」
母が優しく笑う。その笑顔が、私の心を満たした。
母は太陽だ。美しくて、温かい。芯が強くて、それでいて優しい。顔立ちは端正だし、私の髪よりも少し明るいマホガニー色の髪は、太陽に透かすと金色に光る。だから、母は今でも、村の皆に"稲の娘"と呼ばれている。私の自慢の母なのだ。

「もうすぐパンが焼けるわ。その後に、一緒にご馳走を買いに行きましょう。今日はアストレウス祭ですもの」
「ねえ、家にデイリーさんを呼んでいい?アトラと、レイニ―と・・・あとシノンも!」
「大丈夫、きっとみんな来るわ。だから呼ばなくてもいいのよ」
「じゃあ、私も何か手伝うわ! じっとしているなんてできない!」
私が足踏みしてはしゃぐのを、母は肩を掴んで制した。
「その前に、セリナ。お祈りは済ませたかしら?」
「あ・・・」

 私は母から目を逸らした。
母はそんな私の鼻を軽くつまみ上げた。

「また、サボっていたのね?」
「だって、神様なんてあてにならないって、お父さんがいつも言っていたもの」

 父はいつだって正しい。
私の父は、昔戦争で徴収された時に大きな戦果を上げ、それをがきっかけで国の常備軍に騎士として迎えられた。だから、普段は国王の膝元であるアイゼンという街で兵士達と生活している。家にいることは殆どないけれど、私は父が好きだった。男前だし、優秀で、誰からも羨まれる人なのだ。
だから、父が神様を信じないなら、私だって信じない。

 母は額に手を当て、ため息をついた。
「だめよ。確かにお父さんはただの一度も神様には祈らなかったかもしれないけれど、それはあの人がそれでも良いほどに優秀で、強いからよ」
「なら、私だってそうするわ!神様になんて頼らなくても、強くて賢くなればいいんでしょう?」
「いいえ。だめよ」

母がまっすぐ私の目を見つめる。
その目に見つめられると、私は何も言えなくなる。結局、私は観念して教会に行くことになった。
母は最後に私の頬にキスをして送り出してくれた。

 外では完全に日が昇り、村の皆は互いに軽く挨拶などを交わしていた。
皆、私が通りがかると手を振って挨拶してくれた。誰もがご機嫌な様子だ。私も嬉しくなって、いろんな人と立ち話をしていた。
 その内、ふらっと教会に立ち寄った。朝方には多くの人がいたのだろうけれど、今は静かな様子だ。
薄暗い教会の中で、ステンドグラスの天窓から差し込む虹色の光をバックに浴びるアストレウス──人間種族の聖人──の像が盾と剣を掲げて立っている。
その足元で神を仰ぎ見る少女の背中に、私は声をかけた。

「また教会にいたのね。シノン」

私が声をかけると、彼女は静かに振り向いた。
童顔ではあるけれど、透けるような青い瞳と、珍しい真っ黒な髪が合わさり、とても清廉な印象を受けた。

「セリナ」
彼女は私の顔を見ると、嬉しそうに笑った。

「何を祈っていたの?」
私が尋ねると、彼女はよくぞ聞いてくれましたとばかりに私の手を取った。

「皆がね、平和に暮らせますようにって」
「そうなんだ」

私は無関心に笑顔を重ねた。
内気な彼女にとって、私はほぼ唯一といっていい友達なのだと、私は知っている。だから、彼女が私に必要以上の好意を寄せていたとしても、私はそれを邪険にするようなことはしない。
それに、過去に彼女を深く傷つけた経験の後ろめたさから、私は彼女が私に好意を寄せていてくれなければ安心できないという、ある種の呪いにかかっていた。

「神父様はどうしたの? 見当たらないようだけれど」
さりげなく、教会についての話題を振る。というのも、彼女の人生の大半は、教会で過ごしていた思い出のみで構成されている。だから、シノンは教会や、神についての話題しか話すことができない。
おいしいお菓子や、魅力的な男子の話を彼女に振っても、困ったように笑うだけなのだ。

「神父様は、今日は告解室にいらっしゃるの」
「はあ、ご苦労なことね。誰も懺悔になんて来ないわよ。そんなの、村の皆に"私は何か罪を犯しました"って触れ回るようなものじゃない」
実際、この村ではみんなが相互に顔を見知っている。だから、普段さほど信心深くない人が頻繁に教会に出入りするようになれば、それはもっぱら噂になる。

「うーん、そうかな? でも、さっきフードを被った大きな人が来て、懺悔室に入っていったのを見たよ」
「フードを被った大きな人? デイリーさんかな」
「ううん。デイリーさんよりも、ずっと大きくて、剣を持っていたの。曲がった剣。あんなので本当に斬れるのかな」
「曲がった剣・・・?」

私はその単語を聞き、思わず瞳を輝かせた。

「それって、サラドの戦士かも!」

私がそう言っても、シノンは小首を傾げるばかりだった。
私は彼女の手を取り、教会の裏の図書室に連れていき、そこで一冊の本を開いた。
"戦士"とだけ題されたその本は、世界中を放浪したという学者が著した本で、世界中の戦士について挿絵付きで詳しく解説されている。
その中腹部分を開くと、ちょうどそれは私の目当てのページだった。

「ほら、これ!こんな感じだったんでしょう?」
私は"サラディア"のページを指さした。サラディアというのは、私達が住むレーナランドよりもずっと東にある、サラディア朝を指す言葉だ。
サラディアの人々は肌が浅黒く、髪は生まれつき白髪はくはつで、琥珀色の美しい瞳を持つという。
荒野と砂地の中で生きるその民族は、頑強かつ剛毅ごうきで、平民であっても戦士と見まがえるほどに力強く、そして戦士は、世界最強と誉れ高い。

「確かに、すごく似ていた・・・かも」
シノンは興味深げにサラディアの挿絵を見つめた。草木も生えないような荒野で、背中に腫瘍ができている変な馬──ラクダ──に乗っている険しい面持ちの戦士の絵だった。

「サラディア人はね、すごく強いの! 戦士達は"自由の剣"という称号を与えられていて、指揮官を得ずに己の意思で戦って勝利するのよ!」
「へぇ。セリナは物知りだね」
「お父さんが教えてくれたの! お父さんにはサラディア人の友達がいるのよ」

そうなんだ。と一瞬、シノンが悲しげに笑った。そして私は、自分が過ちを犯したと気が付いた。なぜ私は自分の父の話などしてしまったのだろう。シノンには、父がいないのに。

「あ・・・えっと、その」
どもる私の様子を見て、シノンは少しハッとした様子だった。

「ねえセリナ。もっとサラディアの事を教えて」

それは暗に、気にしなくてもいいと言っているのだと思った。"お互いの家族の話など気にしないで、楽しく語らっていよう?"と。
私は内心で安堵した。

「ええ、その・・・なんの話だったかな」
「サラディアの戦士には、指揮官がいないんでしょう?」
「ああ・・・そうだったわね。そう、それでね──」

私達は、今日が祭りだということも忘れて、涼しい図書室で語り合った。
その文化や食事の話をしたり、私はいつかこの国に行ってみたいのだと話した。シノンが、その時は一緒に連れていってほしいと言うので、私はそれを約束した。
一緒に一つの本を広げ、遥か東の砂の地に思いを馳せる。とても楽しかった。

「ねぇ、シノン。ここを見て」
ふと、私はページの一文を指し示した。

"サラディアの兵士が勇敢な理由の一つに、彼らの信仰がある。サラディア人は勝負の途中で逃げ出すと勝利の神に見放され、加護を受けられなくなると考えており──"

私は率直な感想を述べた。
「とても興味深いと思わない? これが戦争に限らず、テーブルゲームなんかでもそうなんだとしたら・・・」私が話しているのを遮って、シノンが呟いた。
「勝利の・・・神?」

シノンの目は大きく見開かれていた。
私は、ページに釘付けになっているシノンの横顔に向かって話した。

「そう、勝利の神。サラディア人はね、私達とは違う信仰を持っているの。多神教で、それぞれを司る神がいて──」
シノンが不思議そうに私の顔を見た。「でも、神様は一人でしょう?」

私はうんざりしてため息をついた。
シノンはアストレウスの敬虔な信者なのだ。サラディアの宗教の事を話して通じるかは、はなはだ疑問だ。

「ほら、アストレウス教にも"聖霊"がいるでしょう? 火を司る聖霊とか、雷を司る聖霊とか・・・」
「じゃあ、彼らは神様じゃなくて、聖霊を信仰しているの?」

なんと言っていいかわからず、私は項垂れた。

 その時、教会内のすぐ近くで鐘がなった。
アストレウス祭の開始時刻を告げる鐘だ。

「大変!もうそんな時間なの?」

私はシノンの手を取り、本をそのままにして礼拝堂に向かった。
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