Day of the Necromancy

キャスケットボーイ

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第一話:二年前

終わり

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 礼拝堂まで戻ると、いつの間にか教会には多くの人が集まっていた。
アストレウス祭の開催にあたり、神父が登壇して説教をするのだ。
教会内は静粛な雰囲気で、物音を立てるのも はばかられるようだった。
 人々の中に、母の姿を見た。母は私の姿に気が付くと、軽く手を振って、隣に座りなさいと合図した。
私は面倒だと感じながらも母の言うとおりに隣に座り、そして私の隣にシノンも続いて座った。

母が私の耳元で囁いた。
「ちゃんと教会に居たのね。どこかへ遊びに行ってしまったのかと思ったわ」声を潜め、冗談めかしく笑う。
私は後ろめたい気持ちで押しつぶされそうになり、母の顔を見ることができなかった。
 視線を逃がして見上げると、アストレウスの像が私を見つめていた。固い表情で私達を見下ろすその像の顔を、私は改めて観察した。毛髪の生えていない頭と、頭蓋骨みたいにはっきりした顔立ち。堅苦しくて、重苦しい。その頑固さが目に見えるようで、どうにも私は彼の事を好きにはなれなかった。

 しばらくすると、この村で唯一の老神父が入場し、登壇した。
彼は大切そうに聖書を開き、そこに指を這わせた。固い肌と紙が触れ合う音が聞こえるほどに、教会内は静かだった。
後光が差し込み、ただの老人に冷たい威厳を吹き込む。ああ、人々はこういう時に神様の存在を身近の感じるのだな、なんて、そんなことを考えた。

 老神父は静かに私達を見渡すと、にっこりと老人特有の優しい笑みを浮かべた。

「無事にアストレウス祭を迎えられたことを、嬉しく思います──」

そこから始まった説教ときたら!
あんまりにも長くて、あまり眠りが深い方ではない私でさえもウトウトとしてしまうほどだった。
なんとか あぶたをこじ開けていたけれど、とても耐えられそうになかった。周りの様子を見ると、そこにいる人たちの半分以上が既に眠っている。また半分は、退屈そうにしているか、それとも熱心に話を聞いているかのどちらかだ。後者は私のすぐ隣にいた。母とシノンだ。
二人とも熱心に老神父の話に耳を傾け、時にはうなずいたり、時には言葉を反芻したりしている。一体この話の何がそんなに面白いのだろう? 神様は偉いと百回言ったとしても、本当に神様が偉いかどうかは、実際に会ってみないとわからないのに。
私も眠ってしまいたかったけれど、シノンがそれをさせてくれなかった。私がうとうとし始めると、肩をゆすって「ちゃんとお話を聞かなきゃだめだよ」なんて注意してくる。普段は他の子を遊びに誘う事さえできないくせに、教会の中ではシスター気取りなのだ。

「皆寝てるじゃない。他の人にも注意してみなさいよ」神父に聞こえないように小さく言い返すと。シノンはひどく悲しげな表情になり、今にも泣き出しそうになっていった。

「わかった!  寝ないから泣かないでよ」私が呆れながら呟くと、シノンはホッとしたような表情をして、今度はニッコリと微笑みかけてきた。 全く、こちらの気も知らないで。

 なんとか興味を持とうと、老神父の話に耳を傾ける。
でも、聞けば聞くほどに退屈だ。神が昔何をしたのかなんてどうでもいいし、関係ない。大事なのは、この後のお祭りなのだ。おいしいお菓子を食べ、歌って踊ることの楽しさを共有する。私にとって、それ以上に大事なことなどない。

「やっぱり退屈だわ」右隣の母に語り掛かける。「早く終わればいいのに」


 突然、教会の窓が激しい音を立てて割れた。

見ると、ガラスの破片の中で、一人の男性が うずくまっている。
窓から教会内に投げ込まれたのだ。

一瞬、誰もが呆気にとられた。少し間をおいて、悲鳴が響き渡る。
今まで寝ていた人は状況が呑み込めていないようで、老神父の顔を見て不思議そうな表情をした。

「最近の説教では、窓から人を投げ入れるのですか?」

老神父も、何がどうなっているのかわからないという様子で首を横に振った。
「これは一体、どうしたというのだ」老神父が目を見張る。

 窓の外を見ると、無機質な黒い仮面を被った男達がずらりと教会を取り囲んでいるのがわかった。
彼らが人を投げ込んだのだろうか。
そのうち、何人かの見知った村人が教会内に入ってきた。彼らは黒い仮面の集団に剣を突きつけられ、脅されて教会に入れられたようだ。
次々に教会に人が入れられ、ついには、私が知る限り村人全員が教会内に閉じ込められた。教会から出ようにも、教会の外を仮面の集団が剣を抜いて待ち受けているので、それもできない。
剣を向けられていると知った村人達が恐れ慄き、混乱した様子で中央に集まっていた。私は狭苦しい思いをしながら、どうしていいかわからず、ただ母の手を握っていた。

黒い仮面の集団は、だれも一言も発さず、教会の外から黙って私達に剣を向けていた。
その内の一人が教会の出入り口に立ち、ゆっくりと全員の顔を見回したのち、こう言った。

「祈れ。神が応えないことを知るがいい」

勢いよく扉が閉められる。
同時に、教会の全ての窓が何かの板で外から閉じられた。窓から陽の光が差さなくなり、天窓から差し込む虹色の光だけが室内を照らしている。

今度はその天窓が割れ、ガラス片がバラバラとアストレウスの像に降り注いだ。黒い仮面の集団のうちの一人が、天窓から中を覗き込んでいる。

「なんと無礼な!神を見下げるか!」
老神父が男に向かって怒鳴ったが、男は全くの無反応だった。
男はしばらく私達を見下ろした後、何かの瓶を教会の中に投げ込んだ。
瓶が割れ、黒くねばついた液体が床に敷かれていた緋色のカーペットにしみ込んでいく。異臭が鼻を突き、その液体の正体を伝えた。

「油・・・?」

直後、カーペットが勢いよく燃え上がった。
 村人たちが悲鳴を上げ、教会が狂乱に包まれる。
みんな必死に外に逃げ出そうと出入り口や窓を叩いたけれど、外から押さえつけられているのか、ビクともしない。私達は完全に閉じ込められていた。

 ついに誰かの服に火が付き、一瞬で燃え上がった。あまりに一瞬で、彼が誰だったのかもわからない。彼の顔は炎の中に黒く消え、苦痛に呻きながらもがいている。
彼が助けを求めて近くの女性に抱き着くと、女性も炎に包まれ、悲鳴と共に苦痛に喘いだ。

「い・・・いや・・・こんなの嘘・・・」
私はあまりに残酷な光景に目を伏せた。見たくない、怖い。でも、悲鳴が私の頭の中に入ってきて、耳を塞いでも出て言ってはくれなかった。

 教会内で炎が広がり、それは火柱になった。身体に火がついてしまった人も、そうでない人も、みんな悲鳴をあげていた。
悲鳴をあげられるだけまだいいのかもしれない。私は恐怖で固まり、声を発することすらできなかった。逃げ出すこともできず、ただ惨い苦痛を待つことしかできない。こんなに残酷なことがあるなんて・・・。
周りの人々も、恐怖で顔を歪ませていた。あの母でさえ、涙を流している。それがなによりも堪えた。母が泣いている姿など、想像したこともなかった。
母は私を ひし・・と抱きしめ、泣きながら嘆願するように私にこう言った。

「ごめんなさい。こんなことになるのなら、あなたを生むんじゃなかった」

その一言を聞くと、自然と涙が溢れてきた。

やめてよ。そんなこと言わないでよ。そう言いたかったけれど、恐怖で動けなかった。

「お、落ち着きなさい」老神父が"慌てた様子で"そう言った。「アストレウスは善良なる民をお見捨てにはならない! 絶望の中にある今こそ、祈るのです」

それを聞いた途端、村人の殆どが我先にとアストレウス像の足に すがりついた。
誰しもが懺悔とも祈りともとれない文言を呟きながら必死に祈っていた。
 母もだった。母は常に敬虔な信者だった。そうだ、きっと母なら助かる。神様はきっと、母やシノンのような敬虔な信者なら助けてくれるだろう。でも、わたしは? 今日の日までに、祈ったことなど殆どない。そんな私は、助けてもらえないのだろうか。
私は恐る恐るアストレウスの像に近づき、その足に触れた。

「た、助けてください。良い子に、なるから・・・」心からの嘆願だった、と思う。

突然母が私を抱きしめて、アストレウス像の前で ひざまずいた。
「この です。この娘だけでよいのです・・・。どうか、この娘をお助けください」

心臓が抉られるような、そんな気がした。この母は、私の愛しい母は、いまわの際になっても私の事を第一に考えてくれているのだ。
では私は? 私は母に助かってほしいなどと、自分以外の誰かに助かってほしいなどと、一度でも考えただろうか。いや、そんなこと、微塵も思わなかった。私には、助かる資格などないのかもしれない。それでも・・・

「助けて・・・ください」
 自分の心がどんなに醜いのかを自覚しながら、私は涙ながらに訴えた。
死ぬのが、何より怖かった。理屈ではない。生きていたい。例え死ぬとしても、苦しんで死にたくない。炎に焼かれ、苦しみ、醜く焼けただれていくなんて、絶対に嫌だ。

 でも、救いは与えられなかった。

 母の様子がおかしいのに気が付いて、私は彼女の肩をゆすった。
母は、静かに、茫然と顔を上げ、アストレウス像を見上げていた。そして今度は足元に目を落とし、そこにあるひと振りの祭儀用の剣を見つめた。
母はその剣を拾い上げ、私の首元に重ねた。

「ごめんね・・・」

母の表情から、絶望が見て取れた。祈るのを諦めたのだ。

「きっと、こっちの方が楽だから・・・」母が生気のない瞳で微笑んだ。私を安心させるために、無理に笑顔を作っているのだ。

「うん。私も、そっちがいいな」私も、笑った。不思議な安心感があった。でも、涙は止まらなかった。

母が持つ剣が、目に見えて震え始めた。 私は、自ら剣に首を差し出し、目を瞑って待った。母が私を殺すのを。

 でも、何秒経っても死は訪れなかった。
戦々恐々、目を開ける。

母が、燃えていた。私を怖がらせまいと、悲鳴の一つも上げずに。

「そんな・・・」もう死んでいる。私を殺すのを躊躇って、間に合わなくなってしまったのだ。

最早炭と化していたけれど、剣は握られ、私の方に向いたままだった。
私はその刃先を見つめた。きっと、こっちのほうが楽だ。そう、楽なのだ。これは救いなのだ。楽に死ねるのだ。
そう自分に言い聞かせながら、私はその剣を掴んだ。手が少し切れて、血が刃を伝い、母だったものの方に流れていく。
 自分の首を刃に近づける。きっと、少しづつだと痛いだろうから、一気に首に突き立てなきゃいけない。
時間が迫っている。早く死なないと、苦しい思いをする。
息をするのもままならないまま、覚悟を決める。

 目を固く閉じ、一気に首に突き立てた。

一瞬冷たく、そして激痛が走る。予想以上の痛みに、私は思わず剣から逃げてしまった。そしてそれは、最悪の結果を招いた。

だくだくと、滝のように血が流れ、私の服を濡らしていく。息ができず、苦しい、首が切れて、痛い。しかも、死にきれない。
痛みでのたうつ私の身体に炎が燃え移った。まずは足元から、そしてそれは一気に私を包んだ。

痛い!痛い、痛い!

 叫びたかった。でも、切れた喉からヒュウヒュウと息が流れ出てしまい、それもできなかった。

どうして!

私は心の中で叫んだ。

どうしてこんな目に!

ああ、どうして。なぜ私はこんな目にあわなければならないというのか。全て奪われ、絶望し、苦しみ、死ぬ。これが私に与えられた運命だと言うのか。
母の言うとおりだ。生まれなければよかったのだ。そうならば、こんな目に合わずに済んだのだ。今はただ、すぐにでも死んで楽になりたい。

"祈れ。神が応えないことを知るがいい"

朦朧とする意識と絶望の中で、誰かの声が聞えたような気がした。
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