Day of the Necromancy

キャスケットボーイ

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第一話:二年前

レイブンスケール

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 アイゼンを出立して五日目、その日は暴風雨だった。
 
御者は近くの宿場町で一日泊るように提案したが、私は先を急いで無理を言った。
そのせいで今、私達は濡れ鼠になって不気味な枯れ木の森の道なき道を駆っている。風は幽霊の悲鳴みたいに辺りを漂っているし、雨は私の肩で罵詈雑言を叫んでいた。霧が視界を奪い、すぐ近くの木々が亡霊のように見えた。
 
「もうすぐレイブンスケールだ」
御者が雨音に負けないように声を張る。

 雨が目に入らないように手で覆いながら頭上を仰ぐと、眼前にレイブンスケール山脈が黒い怪物のように立ちはだかった。

「あれを見ろ!」
御者が指さす方を見ると、山脈の頂点に巨大な城のシルエットが窺えた。

「あれがローゼンクライツだ。吸血鬼の館だ。お前さんはあそこに行きたいんだろう?」

私も雨に負けじと叫んだ。
「ええ! そうよ」
「なんだって? 良く聞こえないぞ」
「そうだって言ったの!」

御者は私の声が聞こえているのかいないのか、とにかく頷いた。多分、聞えていなかったと思う。

 突然馬車が音を立てて止まり、私の身体が投げ出された。

「大丈夫か!」
御者が御者台を降りて私に駆け寄る。幸い、地面がぬかるんでいたおかげでどこも痛くはなかった。
私に怪我がないのを確認すると、御者は今度は馬車の車輪を調べた。
「まいったな。ぬかるみに車輪が嵌っちまったらしい。先を急ぐんだろ?」

私はゆっくりと身を起こし、体中についた泥を払いながら答えた。
「ええ・・・どうにかして泥から車輪を出さないと」
私は身をかがめて周りのものを注意深く見渡した。

「何をしてる?」御者が尋ねてきたので、私は答えた。
「丈夫な棒と、石を探して。車輪を出すのに必要なの」

すぐに御者は私に従って大きな石と頑丈な木の枝を見つけて来てくれた。

「石を支点にして、棒で車輪を持ち上げるの。簡単に大きな力を加えることができるわ」
私はぬかるみに片足を突っ込み、そこに石を置いた。そして木の棒の端を車輪の下側に配置し、掘り起こすようにして車輪を持ち上げた。
その隙に御者は御者台に乗り込み、馬を叩いて歩かせた。

「よし! 抜け出せたぞ」
御者が雨の中でもろ手を挙げて喜びを叫んだ。

「さあ! 先を急ぐぞ! 早く荷台に乗り込め」
御者が笑顔のまま振り返ったが、私は首を横に振った。

「ありがとう。ここまででいいわ」

御者は無言で私を見つめた。笑顔は消え、まるで死にゆく人を見ているかのような眼差しだった。
「まだ少しは馬車で行ける。連れていってやるよ」

彼はそう言ってくれたが、私は少し笑い、もう一度首を振った。

「いいの。ここからは歩くわ。ありがとう」
私は最後に三枚の金貨を取り出し、御者台に座る彼に差し出した。彼は金貨を受け取ったが、何か思い直し、すぐに返してきた。

「本当に行くのか?」
「ええ、行かなきゃ」

御者は何か言いたげな顔をしていた。本当は私を止めたいのだ。
私自身、これ以上彼に優しい言葉をかけられたら、心が折れてしまいそうだった。

「あなたは反転して前の村に帰った方がいいわ」

雨が小降りになり、もう叫ぶ必要はなかった。

 私は背伸びして手綱を握る彼の手をとった。

「本当にありがとう。ここまで連れて来てくれて」
心からの感謝の言葉だった。しかし、御者は居心地悪そうに身をよじった。

「仕事をしただけだ」
彼はそう呟き、雨よけのフードを目深に被り、表情を隠した。

「しばらく前の村にいる。お前が戻ってきたら、お前をアイゼンまで送ってやる」
「その必要はないわ。新しいお客さんを見つけて、その人の為に仕事して頂戴」

しばらくの沈黙の後、御者は短く「そうか」と呟いた。

 彼は少し先にある木々の間を縫うようにして存在する獣道を指さした。
「あの道を行け、山頂近くまで続いている。途中で道が途切れるから、そしたら太陽を頼って東に進め。迷わなければ夜になる前にローゼンクライツ城が見えてくるはずだ」

「親切にしてくれてありがとう」
私が笑顔でそう言うと、彼は悲しげな眼をした。そして、彼が着ている雨よけのフードを私に着せてくれた。

「俺にはもう必要ない」

最後にそう言うと、彼は馬を反転させ、来た道を戻っていった。
灰色の霧景色の中に馬車が消えていくのを、私は静かに見送った。彼の姿が見えなくなっても、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。一人になった瞬間、泣き出しそうなほど心細くなった。でも、ここで引き返してはだめだ。先に進まねば。私の運命を鍵を握っている、黒の魔女に会わなければ。
彼女に会って何が得られるのかはわからない。私は今、悪魔の助言に従っているに過ぎないのだ。もしかしたら無駄骨なのかもしれない。でも、これ以外にあてはない。
 私は決意し、深呼吸をして振り返った。私の目の前に、細い獣道が続いている。何の獣が作った道なのかはわからないが、道であることに変わりはなかった。
私は霧雨の中を歩き始めた。

 
 数時間後、雨は止んだ。
しかし、太陽は私の頭上を照らしてはくれなかった。この場所は深い霧に包まれた吸血鬼の巣なのだ。この地において、例え昼であれ、陽の光は歓迎されない。
無数のカラス達が高い木の上から私を見下ろしている。この場で私が行き倒れたら、その死肉をむつもりなのだろう。生憎、そんな予定はない。

 近くでけたたましい獣の咆哮が聞こえた。狼だろうか、それにしては、随分大きな声だったように思うけれど。

 私は薄暗い森の中で一人、紫炎を呼び出した。
この孤独の森の中で、この炎は唯一の私の味方だった。すぐに必要なわけではないけれど、とにかく近くにいて欲しかった。
獣は炎を恐れる。急に物陰から狼が飛び出して来たとしても、この炎で脅せばきっと大丈夫なはずだ。脅しても退かないならば、その時は実力でねじ伏せる。私にはそれができる。

 しばらく進む間、辺りには私の荒い呼吸だけが響いていた。
カラスは頭上に大量にいるはずなのに、一匹も鳴きはしなかった。
 だが次の瞬間、私の呼吸は止まった。何かの足音が聞えたのだ。
 周りを見渡す。まだ姿は見えない。木々の中に隠れているのか、それとも霧の中にいるのか、とにかくその存在だけは確かだった。
私がゆっくりと身をかがめて近くの枯れ木に姿を隠す間にも、足音は少しづつ近づいてきた。今度はそれに呼吸の音も合わさり、その生物の体躯の大きさを伝えた。
 人間ではない。人間よりもずっと大きく、荒い呼吸。獣の匂いがする。
足音は私と木々を挟んですぐ向こう側に来た。私は恐れながらもその正体を確かめようと、息を殺して、ゆっくりと身を乗り出した。

 その正体を見た瞬間、私はホッと胸を撫でおろした。
ただの鹿だ。二つの巨大な角を持つ、立派な牡鹿。
私は深くため息をつき、その場に立ち上がろうとした。

刹那、巨大な咆哮と共に物陰から黒い体躯が飛び出し、瞬く間に牡鹿を捕らえた。
鮮血をまき散らし、まるで血の海を泳ぐように臓物に喰らいつく。カラス達が悲鳴をあげ、一斉に飛び立った。

 それは、狼のようだった。だが、違う。狼はあんなに巨大ではないし、二本足で立ったりしない。あれは・・・

人狼ウェアウルフ・・・」

私は木の物陰に身を隠し、体が震えるのを必死に抑えた。
 ──人狼。狼のような見た目ながら、人間のように二本足で立ち、手足には鋭い鍵爪を持つ。人間のように賢く、狼の如く獰猛。
私が読んだ本にはそう書かれていた。

人狼は夢中で仕留めた牡牛を貪っていた。
奴がまき散らす牡鹿の臓物が私の足元に転がる。

咆哮。狼よりもずっと巨大で猛々しい咆哮が響く。

私は恐怖で悲鳴を漏らさないよう口を塞ぎ、必死に自分を落ち着かせた。
大丈夫、まだ見つかっていない。奴が鹿に夢中になっている隙にこの場を離れるのだ。私はおぼつかない足を奮い立たせ、ゆっくりと立ち上がった。
すぐ近くで骨を砕く音と、新鮮な肉を噛む水音が鳴っている。

 一歩、踏み出す。

ゆっくりと木陰から人狼を見る。幸い、奴は私に背を向けていた。
大丈夫、大丈夫。何度もそう自分に言い聞かせ、私は二歩目を踏み出した。じっと人狼を見つめ、何かあればすぐに身を隠せる場所を常に探す。

三歩目、私は愚かだった。

鹿の臓物に足を滑らせ、その場に派手に転んでしまったのだ。
しかも強く頭を打ち、小さく悲鳴を漏らしてしまった。

 人狼が捕食を止め、鼻をヒクつかせた。
奴は訝しむように辺りを窺い、私のいる方向を見た。私は草陰に倒れていたので姿までは確認されていないが、確実に怪しまれていた。
私は這って別の木の物陰に隠れ、じっと息を殺した。
見ると、ついさっきまで私がいた場所を人狼が踏みしめて歩いていた。あの場に留まっていたら、今頃私ははらわたをまき散らして死んでいただろう。間一髪だった。

 しかし、次に奴がとった行動に、私は驚嘆した。
私が踏んでしまった鹿の臓物を見つめ、そしてその匂いを嗅ぎながらこちらに歩いてきたのだ。

まさかそこまで鼻がいいなんて!
私は絶望に涙をにじませながらその場に蹲っていた。ダメだ。奴は私の匂いを覚えた。もう逃げられない。

胸元で両手を握り、紫炎を呼び出す。

・・・戦うしかない。
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